夢の中の粘着執事と、再現されたマヨネーズ。現代お菓子の包装が異世界で家宝になる!?
宿に着き、ジークにおやすみを言って別れた。
胸の奥がまだじんわり温かい。
甘い余韻に浸りながら寝支度をして、ベッドに潜り込む。
(……ジーク……)
その名前を思い浮かべながら、私は眠りに落ちる。
夢をみた。
静かな月光が射し込む、どこかのお屋敷。
重厚なカーテン、磨かれた床、静寂。
「カティア様、お茶が入りました」
黒髪に眼鏡の執事。
いつも背後に控え、影のように寄り添う男。
差し出されるハーブティーの香りが、胸の奥をくすぐる。
「アルト、ありがとう」
「お師匠さま、もっとお話をして下さい」
サラリとしたボブカットの少女、リアーネがこちらを見上げる。
無表情なのに袖だけきゅっと握っている。
「もう子供は寝る時間よ、リアーネ。お茶を飲んだら寝なさい」
「……はい」
その声は素直で、でもどこか寂しげだった。
場面が変わる。
執務室。
私は疲れ果てて椅子でうたた寝をしている。
眼鏡を外したアルトが、音もなく近づいてくる。
迷いのない指先が、私の頬をそっと撫でた。
指先は驚くほど熱を帯びている。
私の髪を愛おしげに耳にかけ、首筋に彼の熱い吐息が吹きかけられた。
逃げることを許さないような、低く甘い、呪縛のような囁きが鼓膜を揺らす。
「カティア様……私はすべて貴女のもの。
そして……貴女は私のものです」
その声は、執事のものとは思えないほど熱を含んでいた。
再び場面が変わる。
歩き疲れてベッドに腰掛け、足を投げ出している私。
そこへアルトが膝をつき、丁寧にブーツを脱がせる。
「アルト、いいわ、自分で━━」
止める間もなく、彼は私の足の甲に、恭しく、しかし情熱的に唇を落とした。
絹の長靴下越しでもわかる、執拗なほどの熱。
「っ……!」
息が詰まる。
「……私には、これくらいしか許されておりませんので」
眼鏡の奥の瞳が潤み、
まるで祈るように私を見上げていた。
私は何か言おうとして━━
世界が白く滲んだ。
━━そこで、目が覚めた。
「ギャアアアアアーー!!」
叫んで飛び起きた。
(なに、今のは!?)
色も匂いも温度も、やけに生々しい夢だった。胸がドキドキしている。
(ジークのことを考えて寝たのに……なんで……
アルト……リアーネって誰……?)
しばらくベッドの上で、呆然としたまま固まってしまった。
着替えて階下へ降りると、ジークとアンが座っていた。
「おはよう」
隣に座ると、ジークがこちらを見た。
「ミュウ、今朝はどうしたんだ?
いつもより元気がない。寒くて風邪でもひいたのではないか?」
そう言うジークの視線が、一瞬だけ私の肩や唇に泳いで、弾かれたように顔を赤くしてポトフの器へと戻った。
(……っ、ジークも、昨日の夜のことを意識してる……!)
普段は冷静沈着な推しが見せるその隙だらけの態度に、私の心臓がまた大きく跳ね上がる。
「ううん、なんでもないよ。ありがとう。
ちょっと……変な夢みちゃって」
「夢?」
「なんか……お屋敷にいて、ちょっと偉い人みたいで……」
「へぇ〜前世だったりして!
そういうの、聞いたことあるよ!」
「ぜ、前世ぇ!?」
アンの言葉に声が裏返った。
(あれが……前世……!?
あんな濃厚な執事……?)
「ねえそれならさ、ミュウが学校から帰ってきたら、前世占いに行かない?
今流行ってるんだよ!」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
「普通の占いもやってくれるんだけどね」
「面白そう!」
「女は占いが好きだな。まあ、それで気晴らしになるならいい」
「うん、楽しみ」
そんな話をしているうちに朝食が運ばれてきた。
オムレツは濃厚な卵に採れたばかりのハーブを使っている。
黒パンは外がカリッとしていて少し酸味のある本格派だ。どちらもおいしい。
アンは私と同じオムレツ、ジークは塩漬け肉のポトフを食べている。
根菜がじっくり煮込まれているようで、おいしそう。
ジークの横顔を見ているうちに、やっと今に帰ってきた気がした。
講義室に着くと、リサがもう来ていた。
今日は眠そうでもないし、普通に間に合ったみたいだ。
周りは編み物をする女性がいたり、騒ぐ男の子たちがいたりと、初日と変わらない。
「おはよう、リサ」
「おはよう、美優。今日はお互い元気で良かったわね」
おかしそうに笑う。
「今日は美優の“さんどいっち”を再現したのよ!
うちの料理人が寝ずに頑張ったの!」
「わあ、ありがとう!それは楽しみ!」
今日の私はお弁当を作る気になれなくて、昨日と同じくレストランにするつもりでいる。
「今日はレストランで食べるつもりで来たんだ」
「そうなの。
昨日のお粥は美味しかったものね」
「うん、お菓子は持ってきてるよ。一緒に食べよう」
「まあ、異世界のお菓子ね!楽しみだわ」
話しているうちにエーリヒ先生が来て、講義が始まった。
「昨日のおさらいをしてから、今日は魔力の流れと魔力干渉についてをやっていきます」
……昨日はすみませんでした……!
心の中で先生に謝った。
「生物の魔力は温かい流れ、魔物の魔力は冷たい流れ、魔導具の魔力は均一で無機質です」
必死に書き留めているうちに、講義は終わった。
「魔力干渉の術に嵌まると、自分の魔力の温かい流れが断たれて一瞬で意識を失うこともある。
気をつけなさい」
というエーリヒ先生の講義を頭の隅で思い出しながら、私は教科書をリュックに詰めた。
先生が出ていき、講義室が一気にうるさくなる。
「レストランに行きましょう」
「うん。リサのサンドイッチ、楽しみ!」
席につくなり、私はスープだけ注文した。
「これなのよ」
リサがうれしそうに豪華なお弁当箱を開ける。
「わぁっ……!」
ぎっしり詰まった白いふわふわパン。
「小麦粉を何度もふるって、不純物を全部取ったんですって。
ミルクとバターも贅沢に」
「再現度すご……!」
「『まよねーず』も、前に聞いたレシピで作ってもらったのよ。
さ、召し上がって」
「ありがとう、いただきます!」
白いふわふわパンに、塩漬け肉とシャキシャキ野菜。
マヨネーズの酸味が全部をまとめてくれる。
(ちゃんとサンドイッチになってる……!)
「高級って感じ!
めちゃくちゃおいしい!」
「良かったわ。料理人に伝えておくわね」
「うん、是非!」
「それにしても……美優の持つ瓶、本当にすごいわね」
リサはペットボトルを宝石みたいに眺めている。
「今日の飲み物は?」
「ミルクティーだよ。砂糖入り」
「まあ!濁りがなくて、こんなに美しい色の紅茶……!
砂糖まで入ってるなんて贅沢だわ!」
「砂糖ってそんなに?」
「蜂蜜は使うけど、砂糖は高級品よ」
「仲間に冷気の魔術で冷やしてもらったんだ」
「魔術の使い方が贅沢すぎるわ……!
こちらも参考にさせていただくわね」
リサの働きかけで飲み物も変わっていくといいなあ。
「お菓子もあるよ。はい」
「まあ!一個ずつ包装されてるなんて……!」
「チョコチップクッキーだよ」
「冷めてるのに中がしっとり……!魔術で時間止めてるの?」
「いや、ただの市販品……」
「なんて技術力なの……!」
「こういうのもあるよ」
「紫の包装は高貴ね……噛んだ瞬間に消えたわ!?
薄い層を重ねる技術、ドワーフでも無理よこんなの!」
こちらの世界では相当すごいものなんだなあ。
「美優、この包み……紙より薄いのに水を弾くの!?
この素材で防風マントを作ったら、我が商会は国一番になれるわ!」
「ただの消耗品だし、ゴミだよ」
「ゴミ!?国宝級の防水素材を!?
捨てるの!?」
リサの声がレストラン中に響いた。
周りの学生たちが一斉にこちらを見た。
「どうした?」
「珍しい魔導具か?」
「買い取らせていただくわ!」
「いや、ゴミにお金出す人はいないよ……」
「こんなに素晴らしいものを……!」
リサは渋っていたけれど、捨てる予定のものだから無理やりタダにした。
「これほど軽くて丈夫な瓶と包装、一生ものの家宝にするわ!
以前の紙も、開発部に回して、残りは額縁に入れてあるの」
(ひえ〜!ただのルーズリーフが額縁に!)
「そんなに大事にしてくれてありがとう……」
「こちらこそよ。再現できたら商会がひっくり返るわ」
そんなこんなで、昼休みはあっという間に終わった。
読んで下さり、ありがとうございます。
今回、39話の前半はジークのことを考えながら眠ったはずが美優がみた夢は……
私のお気に入りの新キャラクターの登場でした。
後半は豪商の娘リサとの楽しいランチタイム。
彼女とのやりとりは書いていてとても楽しかったです。
次の話の調整のために、今回はこの39話のみの更新になります。
40話もまた違うお気に入りのキャラクターが登場し、新たな展開が……
次回は7/5(日)19時頃の更新予定です。




