二日酔い明けの絶品ポタージュと二人きりの約束。異世界の夜、彼ともう一度イヤホンを分け合う
「何か食べて帰ろう」
三人で話しながら、夕暮れの通りを歩く。
あ、この店……石造りだ。
しかも入り口には足拭きマットまである。
私は木の扉をほんの少し開け、獲物を狙うハンターのように中を覗いた。
床は磨かれた石畳。
古い油の匂いじゃなくて、ハーブの香りがする。
「床が綺麗だし、今日の夕飯はここにしない?」
「ミュウ、床をじっと見てどうしたの?」
アンがクスクスと笑い、ジークも悪戯っぽく目を細める。
「昨夜はあんなに木屑まみれの床の上で、キレッキレに踊っていたのにな」
「うっ……昨日は昨日!今日は胃腸の平穏のために、床の清潔さが最優先なの」
窓からはオレンジ色の光が漏れ、焼きたてのパンとハーブの香りが通りまで漂ってくる。
中に入ると、魔石の明かりが柔らかく灯っていた。
頑丈そうな長いテーブルにベンチシート。
火が見えるオープンキッチンで、どこかアットホーム。
メニューを見て、体に優しそうなものを選ぶ。
回復してきた体に優しいものがいいな……
「白身魚とハーブの蒸し焼き、それから野菜のポタージュを下さい」
「俺は骨付き肉だな」
「私はミートパイ!」
注文を終えると、アンがトイレへ向かった。
(……この世界のトイレ、なんだか吸い込まれそうでちょっと怖いんだよね……
アンは平気そうだけど……)
メニューを眺めていると、ジークが口を開いた。
「さっき聞こえてきたんだが……ミュウは歌を作ったりするんだな」
ルカとの会話のことだ。
「うん、気が向いた時にね。
さっきのは元の世界で作ったものだけど……
こっちに来てから作った歌もあるよ」
「それは、もう誰か聞いたのか?」
「ううん、まだ誰にも……これなんだけど」
私はテーブルの下で、コヨリ様神改造スマホの画面を少しだけジークに見せた。
液晶のバックライトが、暗めの店内で私の手元を淡く照らす。
画面に並ぶのは、私がこちらの世界へ来てから、夜な夜な書き留めていた自作の曲のタイトル。
ジークの琥珀色の目が、その光を反射して眩しそうに細められた。
「そうか……聴いてみたい」
その低くて真剣な一言だけで、私の心臓はうるさいほど高鳴った。
あの“見張りの夜”みたいに、片方ずつのイヤホンで、また二人で音楽を聴けるかもしれない……
「……じゃあ、聞く?どこか、いい場所で」
少し勇気を出して言ってみた。
するとジークが、
「そうだな……魔術学院の前庭なんてどうだ?あそこなら静かだからな」
……うれしい。絶対行きたい!
「うん、いいね。帰ったら行こう」「ああ」
(……楽しみすぎる……!)
アンが戻ってきて、料理が運ばれてきた。
「いただきます」
白身魚はタラみたいで、白ワインと香草の香りがふわっと広がる。
「それは食べられそうか?」
「うん、大丈夫」
野菜のポタージュは、とろりと濃厚な黄金色していた。
スプーンを口に運ぶたび、甘い根菜の旨味とバターのようなコクが、疲れた胃の奥をじんわりとほどいていく。
少し硬めの黒パンをスープにたっぷり浸し、くたくたに柔らかくして口に含むと、もう最高のご馳走だった。
ジークの皿からは、滴る脂と焦げた肉の匂い。
(……昨日なら喜んで食べたけど……今日はちょっと無理……)
「わーおいしそう!いただきます!」
アンのミートパイは、サクサクの生地に濃い味の挽き肉。
「これ熱っ!
ちょっと食べる?」
「気持ちだけもらっておくね……」
体調が万全ではないから、やんわり断った。
食べ終わって少し休んでから店を出た。
風が吹いて、スカートの裾がふわりと揺れる。
今日習った魔術の話をしながら歩くけど、心はどうしてもソワソワしてしまう。
(……帰ったら、ジークと二人きりで音楽……!)
宿に着き、二人と別れて部屋に入る。
イヤホンをリュックに入れ、スマホも確認して、深呼吸をした。
(……ただ音楽を聴くだけなのに、すごく緊張する……)
ドキドキする胸を押さえながら部屋を出て、ジークの部屋の扉をそっとノックする。
トントン。
「ジーク、準備できたよ」
「ああ。じゃあ行こうか」
「うん」
(……行くんだ……二人で……)
読んで下さり、ありがとうございます。
少しずつ体調が回復してきた第37話は、ちょっぴりお高めな石造りのレストランでのディナーでした。
次回、38話も同時に更新しています。あの見張りの夜(第18話)以来となる、音楽共有です。
よろしければ、一緒にお楽しみ下さい。




