恋を語る方法。お詫びのお菓子と、推しの前での赤面作詞講座
夕方の風が、大通りをやさしく吹き抜ける。
私の髪がふわりと揺れた。
その瞬間、ジークが足を止めた。
どうしたんだろう?
「ジーク、何かあった?」
「ミュウ、お前から春の朝風のような、淡く優しい香りがする」
「……えっ?」
私が目を丸くすると、ジークはハッとしたように口元を押さえ、不自然に視線を泳がせた。
(剣士のわりに、表現がちょっとロマンチストすぎない……!?)
心臓がドクンと跳ね上がる。褒められてるのか、心配されてるのか、判断が難しいけれど、とにかく恥ずかしくて顔が熱い。
「え、変な匂いだった?」
「いや……悪い匂いではない。変わった魔法でも使ったのか?」
「そういえばミュウ、いい匂いするね。花の匂いみたいな」
アンが私の髪に鼻を近づけてくる。
「シャンプーの匂いだよ。髪を洗う専用の石鹸みたいなもの。
こちらはどんな石鹸を使うの?」
今日私が使っているのはサクラとシトラスが混じったフローラルなものだ。
「ハーブと獣の脂を使ったやつだよ。そんな優しい匂いはしないよ。
洗ったあとは草原みたいな匂いになるよ」
「そうだな、機能的で力強い匂いだ」
「ふーん、そうなんだ」
(……シャンプー無くなる前に、自作できるか調べてみよう……)
昨日の酒場についた。扉の前で深呼吸をする。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ!みんな楽しかったんだし」
アンは軽いけど、私は胃がキュッとなる。
(……だって、あんな醜態を晒したんだよ……?)
「こんにちは〜!」
アンの影に隠れるようにして入る。
今日の床の木屑は綺麗だ。
「まだ準備中だよ……あれ、あんたらは昨日の!
どうしたんだい?今日は随分と違うね」
五十代くらいのがっしりした男性が声をかけてきた。
息を吸い込んで前に出る。
「あの……昨日は騒いで本当にすみませんでした……
これ、お詫びに作ってきたお菓子です」
百均パックに詰めたドーナツを差し出す。
「なんだ、そんなこと気にしなくていいのに。
大盛り上がりだったし、売り上げも増えてたからこっちとしては大助かりだよ。
……おお、見たことない綺麗な容れ物だな!
中が見える容れ物か。売り物にも使えそうだ」
(……怒ってなくて良かった……)
「それと、ルカって人はいますか?」
「ああ、もう来てるよ。呼んでこようか?」
「お願いします」
「あっ師匠!来てくれたんだ!
今日は昨日とまた違った感じでかわいいスね!」
ひえええええ……本当に“師匠”って呼んでる……!
今日のルカは昨日のクジャク衣装とは違い、落ち着いたシンプルコーデ。
ピーコックグリーンのカーディガンに黒シャツ、ゆるい黒パンツ。
裾だけミルクティーベージュのカラーが入った髪が揺れる。
(……昨日のクジャクよりこっちの私服の方が、百倍今風のイケメンなのに……!)
「あの……ルカ、さん?昨日はごめんなさい。
謝りにきたの……お菓子も作ってきたから、良かったら食べてね」
「ルカでいいスよ!おお〜師匠の手作り菓子!最高!」
「それでね、“師匠”っていうのは……流石に辞退しようと思って……」
「なんで!?師匠は師匠スよ!
俺、あんな胸がぎゅっとなる歌、初めて聴いたんス!
作詞の極意を!そしてあの魂のビブラートを!ぜひ教えて下さい!」
(……ビブラート……?私、何歌ったの……?)
前に作った歌を見せることにした。
……ちょっと恥ずかしいけど……
端のテーブルを借りて、ルカと向かい合わせに座る。
ジークとアンは斜め前に座った。
私はスマホと筆記用具を取り出す。
「おおっ!師匠!光る魔道具すげー!
そのペン、インクいらないんスか!?
紙もめちゃくちゃ綺麗スね!」
「うん、いつも持ってるものなの。
じゃあ、始めようか」
「作詞はね、まず“核になる感情”を決めるの。
「恋しか書いたことないっス!」
「恋でも友情でも悔しさでもいいよ」
「それで、強く感じているものを一つ選んで」
「愛しい君は〜美しい〜とか?」
「“美しい”を使わずに表現してみて。
夕日に透ける髪、とか……
笑った時の細められた目、とか」
(…………)
(待って、これ全部ジークのことじゃない!?)
自分で言ってから気づいて、カッと顔が熱くなる。
「うわっ……それだけで胸がぎゅっとするっス……!」
ルカが胸を押さえて悶えている。
アンがニヤニヤしている。
ジークは気まずそうに目を逸らした。
(やめて……恥ずかしい……)
「次に“揺れている気持ち”を書き出す。
歌詞は矛盾が多いほど深くなるよ」
「矛盾……?」
「一緒にいたい。でも帰らなきゃいけない。
離れたくない。でも帰れなくてもいいと思ってしまう自分が怖い……とか」
「うわああ……師匠、それ……刺さる……!」
ルカが机に突っ伏した。
アンが肩を震わせて笑っている。
ジークは何かを深く求めるような、どこか切ない目で私を見つめ、何か言いかけて……静かに口を閉じた。
彼の大きな手が、心なしか拳を固めるように身を固くしている。
(……ジークの前で恋の歌の話するの、死ぬほど恥ずかしい……)
「それで、情景を決める。
春の夜風とか、触れそうで触れない距離とか。
いきなり歌詞にしなくていいよ。詩の断片を作るの」
「春の風が胸を揺らす……あなたの横顔が遠くなる……とか?」
「そうそう。そんな感じ」
「流石は師匠!ためになったっス!」
ルカはメモを見返している。少しは参考になったかな?
「じゃあ、最後に昨日の歌をもう一度聴かせて下さい!
最後から二番目のやつを!」
スマホの履歴を見る。
(……うそ……
よりによって、あの甘酸っぱくて切ないラブソングを歌っちゃってたの……!?)
逃げ出したい気持ちを堪えて私は歌い、酒場に大きな拍手が響いた。
「師匠〜!また来てください〜!」
「あんた、あの菓子最高にうまかったよ!
見た目もすごいしな!
歌担当かデザート担当か考えておいてくれよ!」
「師匠が歌う日は絶対満席っス!」
「あ、はい……」
(……どうしよう……そんなことになってるとは……)
ルカと店主さんに見送られて、私たちは酒場をあとにした。
読んで下さりありがとうございます。
第36話は、まさかの「公開処刑(?)作詞講座」でした。
次回、37話は6/21(日)の19:00頃の更新予定です。




