二日酔いの登校路、推しのおんぶを拒否した結果。限界を迎え、講義中にスマホを仕込む
歩き出した瞬間、世界がぐらりと揺れた。
一歩踏み出すたびに、頭の奥で誰かが金槌を振り下ろしてくる。
まっすぐ歩こうとしても、世界がゆらゆら揺れる。
頭はズキズキするし、胃はむかむかする。体は鉛みたいに重い。
昨日は十分くらいで着いた学院までの道が、今日は砂漠の縦断に思える。
……二日酔いって、こんなに地獄なんだ……
「それにしても、ミュウってお酒が入るとあんな風になるんだね。
酒場の真ん中で踊ってたの、楽しそうだったよ」
「……えっ……踊ってたの……?」
……そんなことまでしてたとは……泣きたい……
「キレがあって良かったよ!」
「えっ……キレ……?」
「うん、シャープな動きだったね!
あれ、絶対素面じゃできないやつ!」
(やだ……どんな風だったんだろう……)
脳裏に蘇るのは、人工的な光が波打つように揺れる、近未来のステージ。
浮遊感のあるデジタルサウンド。
身体のラインを正確に刻む、機械仕掛けみたいなウェーブ。
一ミリの狂いも許されない、まるで精巧なマシーンが波打つように美しくシンクロするあのダンス。
(嘘……お酒の勢いで、あの複雑で機械みたいに正確なダンスを、一人で踊りきっちゃったの!?
恥ずかしすぎて消えたい……!)
「アン、その話はまたあとにしてやれ。頭に響くはずだ」
「あっ、ごめんごめん!具合悪いもんね。
そうだ、このグミ食べる?スッキリするかも!」
アンがカラフルなグミを差し出してきた。
……目がチカチカする……
「気持ちだけもらっておくね……ありがとう……」
半分もいかないうちに、私は街角の塀にへたりこんだ。
「ちょっと休憩……」
「ミュウ」
ジークが私の前にしゃがみ込んだ。
目線を合わせてくる。
「もう限界だろう。やはり無理は良くない……大人しく、俺の背に乗れ」
ジークの声が、いつもより少しだけ低くて優しい。
(……だめ。爽やかないい匂いがする。別の意味でクラクラして倒れそう……)
「……ううん……大丈夫だよ……ありがとう……」
推しの背中に二日連続で密着するなんて、私の理性がもたない。
あと半分よりかなりあるけど、なんとか頑張って自力で学校に行くんだ……!
私はフラフラと立ち上がった。
ジークは仕方ないなという風に、すぐ隣に寄り添って歩いてくれる。
その後も休憩を挟みつつ、なんとか学院までたどり着いた。
「今日も迎えにくるからな」
「一人で帰らないようにね!」
「……ありがとう……」
二人に見送られて、私は学院に入っていった。
昨日と同じ講義室に向かう。
扉を開けたら後ろの方の席で、昨日仲良くなったリサが椅子にもたれて寝ていた。
今日はシルク素材のゆったりしたロングワンピースを着て、大きな縁無しメガネをかけている。
……寝不足でも気品があるの、いいなあ……
「おーい、リサー……起きた方がいいよ……」
呼びかけたら、リサはゆっくり目を開いた。しばらく瞬きを繰り返している。
「……美優?
いやだ私、寝ていたのね……今日は睡眠不足なのよ。
ギリギリまで寝ていて、家を飛び出したからお弁当も無いの」
「私もそうなの。時間が無くて……」
「それなら講義のあとにニ階のレストランへ行くのはいかがかしら?」
「うん、いいね……体にやさしいものがあるかな……?」
「たしか、お粥があったはずよ。しんどいから私もそれにしようかしら……ところで美優、今日はハーブの匂いがすごくするわね?」
「……実は二日酔いで……それを隠すためなの……」
ミントガム、息清涼カプセル、衣類用消臭スプレー。
現代科学の力を全部使ったけれど、ハーブの香りが強すぎて逆に怪しいかもしれない。
「そんなに沢山飲むように見えない……くしゅん!」
リサが小さなくしゃみをした。
「寒いの?」と私が聞くと、
「一番楽な服を、と言って出されたのがこれなのよ。少し寒かったようね」
「じゃあ……上着貸そうか?」
「異世界の服は気になるわね。有り難く借りようかしら」
私はリュックから防風防水のシェルパーカーを取り出し、リサに渡した。
「ありがとう……まあ!軽いのにとても暖かいわ!」
「裏地が体温を逃さないようになっているんだよ」
「服もすごいのね!これも是非、うちの商会で取り入れたいわ!」
「リサ、今しんどいんじゃなかったの?」
「しんどくても利益は逃せないわよ」
(リサ、しんどいって言いつつ、さすが商人の娘。ビジネスチャンスは逃さないなぁ……)
「はい、みなさん席について」
エーリヒ先生が入って来た。
「今日も昨日のおさらいから始めます」
エーリヒ先生の優しい声が、子守唄みたいに脳に染み込んでくる。
まぶたが勝手に落ちる。
魔力の循環についての話が始まる。
私は一行だけ必死にメモを取った。
『精神の乱れは魔術の乱れに━━』
(……寝る……これはもう……無理……)
私はコヨリ様に神改造してもらったスマホを取り出し、録音アプリを開いてボタンを押した。
……ごめんなさい、先生……帰ってから聞きます……
意識がふわりと沈んでいった。
「美優、終わったわよ。絶妙な体勢で寝ていたわね」
リサに起こされ、私はゆっくり目を開けた。
……少しだけ、気分がマシになったかも。
「それでは、ご飯を食べに行きましょうか。
食欲はないけど、午後からレッスンがあるものね」
「うん、私も食欲ない……」
二階のレストランへ向かう。
入り口にはごつい顔の像が置かれていた。初代料理長のローマンさんらしい。
「これを撫でるとその日のメニューがおいしくなると言われているわ」
「へぇ〜面白いね」
鼻がつるつるになるくらい撫でられていた。
リサと一緒に像を撫でてから店に入る。
『星見のテラス』は、テラス席からの眺望が最高だった。
ナニヴァルの街と遠くの山々が、太陽の光にきらきら輝いている。
本来なら優雅に食事をする場所だけど、今の私たちはよれよれだ。
隅の席に倒れ込むように座り、お粥を注文する。
待っている間、話す元気もない私の耳に、隣の席の男子学生たちの賑やかな声が勝手に飛び込んでくる。
「おい聞いたか?
昨日、東エリアの酒場に“伝説の歌姫”が現れたらしいぞ」
「例のクジャクみたいな歌手がいる店だろ?」
「そうそう。
そこに突然現れた女の子が、聞いたこともない異国の曲を歌って、
酒場全体が静まり返ったとか」
「しかも、浄化魔法みたいな現象までおきたんだってな」
「荒くれ冒険者が全員ボロ泣きしたらしい」
「そういえばロビーの花、見たか?」
「昨日から飾られてる白い花だろ?
あれ、すげえよな」
「それがカサンドラ先生のレッスンで、新入生が咲かせたっていう……」
「まじか。今年の新入生、濃くないか?」
(……みんな、元気だなぁ。
お腹が空いてる時に、よくそんなに喋れるよね……)
私はズキズキする頭を押さえながら、完全に他人事として聞き流していた。
お粥はすぐに出てきた。
「いただきます……」
スプーンでそっとすくい、ふぅふぅと息を吹きかけて口に運ぶ。
「あ、おいしい……」
お米の甘みの中に、コラーゲンぽい謎のお肉と少しだけ焦がした木の実が溶け込んでいる。上には塩漬けの薬草が乗っていた。
(……これ本当に何肉なんだろう……魔物とかじゃないよね……?)
でも、弱った胃袋にじわぁっと染み渡っていく。五臓六腑が生き返るみたい……
「……初めて食べたけど、これは染み込む美味しさだわ……」
リサも満足そうだった。
昨日とは違い、口数少なく食べ終え、リサと別れた。
お粥のおかげで、なんとかエネルギーは補給できた。
……よし。次は、午後からのカサンドラ先生の鬼レッスンだ。私の胃と体力、がんばれ……!
読んで下さり、ありがとうございます。
前回の更新でPVがぐっと増えていて驚きました。本当にありがとうございます。励みになります。
これからも美優たちの物語を楽しんでいただけるように頑張ります。
さて、怒涛の夜遊びから明けた第33話は、美優の「消えたいほどのやらかし発覚」からスタート。
まさか異世界の酒場で、あの機械のように正確でキレッキレな現代のダンスを一人で踊りきっていたとは……
後半は、現代科学(消臭成分)を総動員してハーブの塊と化した美優が学院へ。
商魂たくましいリサにシェルパーカーのビジネスチャンスを見出されつつ、エーリヒ先生の講義ではコヨリ様製スマホでちゃっかり録音して爆睡!
レストランの『星見のテラス』で美味しいお粥に救われる二人ですが、隣の席からは「伝説の歌姫」や「ロビーの神々しい花」の噂話が……
次回、第34話。
お粥でなんとか少しだけ復活した美優を待ち受ける、カサンドラ先生の午後レッスン。
二日酔いの頭に、先生の情熱的な魔術指導は耐えられるのか……
34話も同時に更新しています。よろしければ一緒にお楽しみ下さい。




