落ちた写真と光る黒板。魔術学院で広がる新しい縁
目の前にそびえる魔術学院を見上げて、私は小さく息を吸った。
━━ここから、私の新しい日々が始まる。
(大丈夫。ここでも、うまくやれる)
昨日の夜には動いていなかった浮遊リフトが、今日は魔術師たちを乗せてゆっくりと上昇している。
噴水広場では、本を読んだり魔術の練習をしている学生たちの姿。
私は胸の奥がドキドキしながら、扉を押した。
中に入ると、昨日は気づかなかった学院の全貌が目に飛び込んできた。
中央が大きく吹き抜けになっていて、底から天辺まで光が通っている。
一階には屋内庭園があり、各階の教室は吹き抜けを囲むように配置されている。
上からのぞくと、庭園の緑がゆらゆらと揺れていた。
吹き抜けの庭園では、魔力で育つ花が静かに光っている。
時折、パチパチと小さな魔力が弾けるような音がして、空気が澄んでいる気がする。
階段も螺旋状だけど、急いでいる生徒は吹き抜けに浮かぶ上昇気流の魔法陣に乗って、ふわりと上の階へ移動していく。
ローブの裾が光の粒を散らしていて、見ているだけで魔法の世界に来たんだと実感する。
(私はまだ怖いから、階段で行こう。いつか、あれにも乗れるかな……)
「教室は……ここかぁ……」
扉を開けると、大教室だった。後方からも教壇が見やすい段床式だ。螺旋の外壁に沿っているため、窓が斜めに並んでいる。
空がよく見えて、開放感がある。
私は後ろの方に座った。
見渡すと、年齢も立場もバラバラな人たちが集まっていた。
身なりのいい老紳士や老婦人、私と同じくらいの人、目つきの鋭い中年の男性、落ち着きの無い子供たち。
耳を傾けると、あちこちから声が聞こえてくる。
「ワシは商売も隠居したし、若い頃の夢だった魔法を始めてみたのじゃ」
「私は魔法を覚えたら、家事が楽になると思ったの」
「私は手に職をつけたくて」
夢を語る老紳士、穏やかな老婦人、二十代くらいの女の子。
「めんどくせー!早く帰りたいー!」
「俺もー!帰りに駄菓子屋寄ろうぜ!」
「君たちうるさいよ、静かにしたまえ」
小学生くらいの男の子たちと、真面目そうな中学生の男の子。
教科書を開いている姿が微笑ましい。
その時、後ろの扉が勢いよく開いた。
「はぁー……間に合ったわ……」
裕福そうな、私より少し年下の女の子だった。
長い金髪に青い目。走ってきたのか、髪が少し乱れている。
私の隣に座ると、慌ててカバンを開き━━
「み、水……あっ!」
手が当たって、カバンの中身が一気に床に散らばった。
「大変!」
インク壺やペンがこちらまで転がってきたので、拾ってあげる。
「どうもありがとう、ごめんなさい!」
小さなアルバムも落ちていて、ふと目に入った写真に気づく。
「あれっ……これはマリア?」
ドレス姿のマリアが、何人かの女の子と笑って写っている。
「あなた、マリアを知っているの?」
女の子は目を丸くした。
「ええ、冒険中色々とお世話になってて……もしかして、マリアが言ってた“お金持ちのお友達”さん?」
そう言うと、彼女はぱっと表情を明るくした。
「それが私かはわからないけど、マリアは仲のいい友人よ。そう、あなたが同じパーティーの人なのね!色々話が聞きたいわ!
私はリサ。親が商人をやっているから、珍しいものが大好きなの」
「私は美優。私も色々話したいな」
彼女につられて、自然と敬語が抜けた。
リサは落ちた写真を拾いながら、私のペンケースにちらっと視線を落とした。
「その筆記具の生地、見たことのない光沢ね……素晴らしいわ!あとで見せて?」
「うん、いいよ」
その時━━
「はい、みなさん席に着いて」
先生が入ってきた。
途端に、教室の空気が一瞬で引き締まった。
「残念!あとでゆっくり話しましょう」
「うん!」
リサと話すのが、今から楽しみだ。
先生はエーリヒといって三十代後半に見える、落ち着いた雰囲気の男性だ。
「じゃあ、教科書を開いて。昨日のおさらいから始めます」
先生が空中に指を走らせると、光の文字がふわりと浮かび、そのまま空中に定着した。
「魔術とは、世界の流れに触れて、ほんの少しだけ形を変える技術です」
光の文字が淡く揺れる。
こういう“魔法の黒板”みたいなの、ちょっと感動する。
「最初は精神を鍛えないといけませんが、感情に流されず、冷静な意思を持つことが大事です」
(このあたり、アンにも教わったな……)
「魔術は便利ですが、扱いを誤れば自分も周囲も危険に晒します。特に初期段階では、他者への攻撃・干渉魔法は絶対に使ってはいけません」
先生の声は穏やかだけど、言葉の端々に“本気の警告”が滲んでいた。
「まず最初は魔力を認識し、全身に循環させることが始まりです」
(巫女舞を踊るときの、足の裏から頭の先まで、一本の線で繋がるような感覚に似ているかな)
私は必死にルーズリーフに書き込み、教科書の大事なところにマーカーを引く。
周りからは羽根ペンのカリカリという音と、インクの匂い。
(……やっぱり羽根ペン、使いづらいよね。私はシャーペンでいこう……)
ふと視線を感じて隣を見ると、リサが驚いたように私の手元を見ていた。
「あとで見せてね」と小声で言われたので、こっそり頷く。
「魔力は血液や空気と同じように、誰の中にも、そして世界中にも流れています」
「詠唱」は自分を集中させるための“スイッチ”に過ぎないらしい。
「大事なのは『結果の解像度』です。火を出すなら、どれくらいの熱さで、何色で、何を燃やすのか。どれだけ鮮明に描けるかが重要です」
(ここもアンとの特訓でやったな……)
「魔力酔いに気をつけましょう。使いすぎると二日酔いのような症状が出ます。頭痛、吐き気……そして慢心は暴発の元です。『出せる』と思うことと『制御できる』ことは別物です。
最悪の場合、意識を失うこともあります」
先生の言葉が胸にストンと落ちる。
(……ためになることがいっぱいだなぁ)
「はい、今日はここまで。次回までに『自分にとって一番身近な自然現象』を一つ選んで、その感触を思い出してきてください」
(自然現象……私なら実家の神社の御神火や、キャンプでジークたちと囲んだ火の温かさかな)
講義が終わり、先生がパチンと指を鳴らすと、光の文字がサラサラと流れるように消えていった。
教材を片付けて教室を出ると、途端に騒がしくなる。
(……実はこっそりルーズリーフの影に隠しながら、スマホで動画を撮ってたんだよね。
あとでじっくり見よう……本当はダメかもしれないけど……)
読んで下さり、ありがとうございます。
ついに始まった魔術学院での講義。
螺旋の学院、浮かぶ光の文字、そして上昇気流の魔法陣……。
憧れの「魔法の世界」を肌で感じる美優ですが、授業スタイルは意外と本格的。
羽根ペンが主流の世界で、一人シャーペンとルーズリーフで爆速メモを取る美優の姿は、周囲にはかなりシュールに映っていそうです。
そして、新たな出会い。
マリアの友人、リサ。
お金持ちの商人のお嬢様ということで、美優の持っている「現代の文房具」に興味津々な様子。
次回、第27話は5/17(日)の19時頃に更新予定です。




