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胸の奥に響く、深呼吸の隣で灯された声

 食事会も終わり、馬車の停車場までやってきた。マリアを見送るためだ。


「ミュウ、魔術の練習を頑張って下さいね。ジーク、アン、ミュウをよろしくお願いします」

「まかせて!」

「しっかり見ておくからな、安心してくれ」


「ジークはお酒を飲みすぎて羽目を外すことがありませんように」

「……極力気をつける」

 ジークの語尾が小さくて、笑ってしまった。


「アンはちゃんとお布団をかけて寝るように。昨日もお腹が出ていました。寝る前のジュースは控えて。それから……」 

「うんうん、わかってるよ!」

 貴族のお嬢様なのに、マリアは本当に“お母さん”みたいだ。



「おーい、姉さんそろそろ乗ってくれないか?出発できない」

 馬車のおじさんに急かされ、マリアは慌てて乗り込む。

「すみません!」



「それでは皆さん、よろしくお願いしますねー!」

 馬車がゴトゴトと走り去り、姿が見えなくなるまで見送った。



「行っちゃったね……」

 いつもマリアが隣でニコニコしてくれていた空間が、急にスカスカになったみたいで心細い。

 でもその横で、

「さあ、次は魔術特訓の準備だよ!」

 アンは張り切っている。

「今からだとギリギリ間に合うだろうし、ちょっと覗いてみる?

個人レッスンの予約もしたいし」

「うん、そうだね」



 アンが行っていた魔術学院に私も行くことになっていた。一度基礎からきちんと受けた方がいいと、アンからの勧めだ。


 私はずっと通うわけではなくて、短期で授業を受けたいわけだけどそれも可能らしい。大学の聴講生のようなものだ。



 北エリアは学生向けの店が並んでいる。


 今は閉まっているけれど、魔石の量り売り、古書と喫茶、杖の修理屋……どれも聞くだけでワクワクする。


「楽しそうな店が多いよね」

「明日の朝、案内してあげるよ」

「わぁ、ありがとう!」


 ジークは「女の子二人を夜道に歩かせられない」とついてきてくれている。


(……護衛のつもりなんだろうけど、なんだか心強いな……)



 魔術学院は大通りの噴水の奥にあった。巨大なドリルのように渦を巻いた建物だ。

 外壁に沿って階段やバルコニーが巻き付いていて、まるで空に向かって伸びる塔のよう。

 窓からはたまに、魔法の煙がぷしゅーっと出ている。

 アンが「あ、誰か爆発させたね」と笑っていた。



「この辺は学校だから、誰もいなくてちょっと怖いね……」

「……何か起きたら、俺が守るから大丈夫だ」

「えっ……ありがとう……」


 ジークの瞳は、いつも以上に真剣だった。

「護衛だから」と付け加えられてもおかしくない言葉なのに、彼はただ短く、けれど揺るぎない温度でそう告げた。

 その熱が、夜風に冷えた私の指先をそっと溶かしていくようだった。

 さっきまで感じていた夜道の心細さがすっと溶けていった。



 アンに続いて学院に入ると、古い紙と甘い匂いが混ざった空気が漂っていた。嗅ぐだけで少し頭がスッキリする、ミントとハチミツが混ざったような不思議な香りだ。

 遠くで小さな爆発音がするけれど、アンは気にしていない。どうやら日常らしい。



 入口すぐにある受付の窓口には、ローブ姿の若い女性が座っていた。


 アンが声をかける。

「こんばんは!」

「こんばんは……あら、アンじゃない。どうしたの?」

 受付のお姉さんとは話しやすい間柄のようだ。


「新しい生徒の紹介に来たの!明日、基礎の座学と個人レッスンを予約したくて」


「よろしくお願いします」

 良い先生が空いてたらいいな。


「出来れば、褒めて伸ばしてくれる先生がいいです!」


 私の言葉に、お姉さんはくすっと笑った。


「午前の基礎講義はまだ空きがありますよ。個人レッスンは……午後にベテランの先生が空いています。褒めて伸ばすタイプです」


 その先生はカサンドラと言う名前で、60代の先生らしい。


「では、その先生でお願いします」


 無事に予約が取れた。



 一応、正規の「子供向けコース」はあるけれど、午前の初歩講義は誰でも参加できる仕組みになっているようだった。


「結構、お金がかかるもんだね」

「そうみたいだね。私は特待生だったからお金はかからなかったけど。

田舎から出てきてお金が無かったから、助かったよ」


 なんとアンは学費免除の特待生だったらしい。



 教材を受け取ると、革表紙の本がずっしり重かった。


(……これを使いこなせるようになったら、私も魔術師の仲間入りかな)



「……これから忙しくなるな、ミュウ」

「うん。でも頑張るよ」

「……俺も、できる限り支える」


 その言葉に、思わず顔を上げた。 ジークの視線はまっすぐだった。


「……ありがとう……」

 ジークの言葉が、胸の奥に静かに響いた。




 『まどろみ亭』につき、私は取ったお部屋に戻った。

 ジークが立て替えてくれてたお金も返せたし、これでやっと心置きなく過ごせる。


 アンは女将さんと話し始めた。ジークはこの後、持ち物の点検予定らしい。



 気づけばジークと二人、宿屋の廊下を並んで歩いていた。



 部屋の前まで来た。

「ミュウ……」

「なあに?」

「……無理はするな」

「……うん。おやすみなさい、ジーク」

「……おやすみ」


 扉がゆっくりと閉まった。



 私は先程の会話を思い返しながら、明日の準備をする。胸が少し熱くなっていた。


ルーズリーフにペンケース。ペットボトル入りの水や個包装のお菓子も入れる。

 午後にレッスンがあるから、サンドイッチも作るつもりだ。

 異世界のローブ姿のまま、見慣れたルーズリーフとペンケースを鞄に詰める。そのちぐはぐさが、なんだか少しおかしかった。



 1階にある共同大浴場に入りに行く。

 石造りで、魔導具で温められたお湯がライオンのような動物の口からジャバジャバ流れ出していた。

 聞いたところによると、魔力が枯渇している人が入るとお湯の色が変わり、癒やし効果が高まるらしい。

 部屋で一人入りたかったけれど、これはこれで良かったと思う。


 私は部屋に戻った。

 異世界の文字は少し自信がないから、スマホの翻訳機能と睨めっこしながら教材を読み終え、わからない用語に付箋を貼った。


 魔術の理論に書かれている精神統一の方法を読む。

 これ、お父さんに教わった瞑想のやり方に似てるかも。

 実家の神社の空気、思い出しちゃうな……


 神社の朝の空気っていつも澄んでいて、何かに守られているみたいで好きだった。

 もしかして……あの頃から、私の中にも“何か”あったのかな……



 布団に潜り込む。 初めての学校に備えて、早めに眠りにつくことにした。

 今日一日の出来事が、ゆっくりと頭の中を巡っていく。


 マリアの優しい声。魔術学院の不思議な匂い。革表紙の重たい教材。アンのはしゃいだ笑顔。

そして━━ジークの「支える」という言葉。


(……なんだろう。胸が、まだ少しドキドキしている)


 でも、嫌なドキドキじゃない。

むしろ、明日が楽しみになるような、そんな温かさだった。


「……明日、頑張ろう」


 ぽつりと呟いて、目を閉じる。

 魔導具の灯りがふわりと揺れ、静かに消えた。


 眠気がゆっくりと身体を包み込んでいく。


「……明日、楽しみだなぁ……」


 そのまま、意識がふっと沈んでいった。

読んで下さり、ありがとうございます。

マリアが一旦実家へ戻り、少し寂しくなった美優。

ですが、そんな心細さを埋めるように、ジークの言葉が重なる回となりました。

次回は朝の楽しい登校風景です。


来週、5/10(日)の19時頃に更新予定です。


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