震える手と秘めた恋歌。剣士の心に咲いた紫の火花
大きな川にかかっている橋のふもとに来た。
木が生えた周りにぐるりとベンチがあり、そこを中心にちょっとした広場になっている。
絵やアクセサリーを販売してる人、歌を歌ってる人、踊っている人、色んな人がいる。
元の世界でも駅前の広場などにはこういう人達がいて、憧れだった。
「いいな〜私も歌ってみたいな」
思わずポロリと出た言葉に、
「歌えばいいじゃん!こうやってみんなやっているんだし!」
なんと、アンがそう言った。
歌に自信はあるけど、カラオケで鍛えた程度だ。ピアノは昔から習っているけれど、歌は本格的にレッスンをしたわけではないし気が引ける。
「色んな人がいるんだし、いいと思うぞ」
「異世界の歌は聴いてみたいですねぇ」
ジークとマリアも乗り気だ。そう言ってくれるのを聞いたりすると、やる気になってくる。
やってみたい。
ここなら、失敗しても『変な異世界人』で済む。誰も私の本当の名前も、平凡な大学生活も知らないんだから。
私も歌ってみることにした。
リュックからスマホを出し、歌が入ってない曲を検索する。
かっこいいし大好きで、よく歌っていた曲にした。
大人気曲を大勢の人が行き交う中で歌おうとは、元の世界では思わないだろう。でもここではこの曲は知られてないし、そう思うと気が楽だ。
でも再生ボタンを押す時、緊張でちょっと指が震えた。
それは運命への挑戦。切り裂くような言葉。ダークで疾走感あふれるロックナンバー。
呪いを断ち切るような鋭い言葉が、複雑なリズムに乗って畳みかける。
速いテンポ、めまぐるしく変わるリズム、複雑なメロディライン。
声を出すたびに胸の奥が熱くなる。
サビに差しかかるたび、人々の視線が次々とこちらへ吸い寄せられていくのがわかった。
歌っている間、ずっと感じていたけれど声に不思議な力、魔力だろうか━━━が乗っている気がする。
……歌い終わった。風が吹き抜けるような心地よさを感じる。
ふと見ると、大勢の人に囲まれていた。
「……!?」
わあっという歓声と沢山の拍手に包まれる。
子どもが目を輝かせて、商人らしき人が手を止めている。
運河の水面に歌声が反射して、舟の人まで手を止めて聴き入っていた。
「姉ちゃん、良かったぞー!拍子が取れないのに、勝手に体が動いたな」
「聴いたことない歌だ」
「その魔導具?素敵ね。あなたの声とよく合ってる。私も欲しいわ」
「すごい良かったよ。早口言葉のような魔法の呪文みたいだな。はい、これ置いておくね」
なんと、銀貨を置いていく人もいる。
「あの、そんなつもりじゃなかったので……!これは……!」
追いかけようとしても、人だかりですぐに見えなくなってしまった。
「若い人の歌はよくわからないけど……いい歌だねえ……素敵なメロディだよ。
飴ちゃんをあげようね。喉を大事にしなさい」
「あ、ありがとうございます」
そう言っておばあさんが握らせてくれたのは、どこか懐かしく感じる包み紙の飴だった。
こういう温かさが、この街には溢れている。
私は胸がいっぱいになった。
……たくさん聴いてくれる人がいるなんて……嬉しい……
こんなに誰かに聴いてもらえるなんて、夢みたいだった。
ジークたちはどこにいるのだろう、と視線を巡らせると、最前列でしっかり座って聞く体勢でいた。
「……すごく良かった……」
「ミュウ、歌うまいんだね!目がなんだか光ってたよ!」
「もっと聴きたいですね」
三人とも好印象だ。
「ねえねえ、もう歌わないの?」
「もっと聴きたいわ!」
「歌ってよ!」
「聴きたい!」
口々に言う声が聞こえる。
「えっと……それなら……」
その熱に押されるように、私はもう一曲歌うことにした。
私は息を吸い込んだ。
前奏なしにいきなり曲は始まる。
夜の街を駆け抜けるような、光と影が交差する旋律。
落ちていくようで、同時にどこまでも走り抜けていくような不思議な浮遊感。
先程とはまた違った感じでテンポが速いから、音程が狂わないように注意して歌う。
それに合わせるように、アンの手から放たれた光の玉が、私の周りでダンスを踊り始める。
曲の振動に魔力が共鳴して、勝手に光が点滅する。
サビに合わせて光の玉が跳ね、観客の歓声が波のように広がった。
(ライブ会場みたい!素敵!)
ふと視線を感じて横を見ると、ジークが息を呑んだようにこちらを見ていた。
驚きか、困惑か━━
彼の視線が離れないことに気づいて、胸が少しだけ熱くなる。
その表情がいつもより険しくて、尚且つ、切なげに感じた。
光の玉のおかげもあって、観客の皆はどんどんヒートアップしていく。
盛り上がりも最高潮のうちに歌い終わった。
異世界の魔法と現代のポップスが混ざり合い、広場はかつてない熱気に包まれていった。
つい二曲も歌ってしまった。
「じゃ、この辺で……」
おじぎをして終わりにしようとすると、
「えー!もう終わり?」
「もっと歌ってくれよ〜」
「もう一曲だけ!」
「それなら、最後にふさわしい切ない恋歌がいいわ!」
「おっいいな!とびっきりのやつ頼むぜ!」
(リクエストが……!?)
一番前で聞いていた女性の大きな声で、切ないラブソングを歌う流れになったようだ。
……それならば。少し考えてリュックを開ける。どこかで弾こうと入れておいた、ロールアップピアノを出す。
私がくるくると布のような鍵盤を広げると、アンが目を丸くして身を乗り出した。
「ミュウ、なにそれ?面白いね!魔石はどこ?時空魔術の応用?」
「畳めるタイプの楽器だよ。実はこれ、持ってきてたんだ」
……ちょっと照れるけど、これを弾きながら歌ってみたい。
「ミュウの故郷には畳んで持ち歩ける楽器があるのか」とジークが驚いたように言う。
「魔導鍵盤でしょうか。ミュウが持っているものは本当にすごいですね」
マリアの感心したような声。
何を歌おうか。
考えたら、自然と浮かんだ曲があった。
(……この曲……ジークに聴いてほしい……)
歌い出しまでゆっくり深呼吸をする。
静かに弾き始め、私は歌い出した。
忘れられない恋。叶わない想い。会えない人を想い続ける痛み。
触れられない距離を嘆くような、震えるほど切ないメロディ。
もう戻れない恋を抱えたまま、季節だけが過ぎていくような歌。
声に滲む痛みが、胸の奥をそっと締めつける。
私の歌声が、静まり返った広場の隅々まで染み渡っていくのがわかった。
歌いながら、視界の端でジークの様子をチラリと見る。
どんな顔をしているのだろう?
ジークは、まるで魂を抜き取られたかのように立ち尽くしていた。
……どうしたのかな……胸がざわつく。
なんでこんなに、ジークの反応が気になるんだろう。
視線が揺れ、途中で目を伏せている。
最後の方は、涙を堪えているように見えた。
潤んだ瞳が、日の光を反射してキラキラと揺れている。
その手が、微かに震えていた。
……ジーク……そんなに……聴いてくれているんだ……
最後の音を弾いた瞬間、広場は静まり返っていた。
静かすぎて、息が詰まる。
「……あの……どう、でしたか……?」
ジークが、震える声で言った。
「……ミュウ……お前を見ていたら、胸が苦しくなるほど綺麗で……目が離せなかった……胸の奥で、小さな火花が散るような感覚が走った……」
胸が跳ねる。
ジークに、届いた。
わああぁぁ……!!
次の瞬間、今までで最高の歓声に包まれた。泣いている人もいる。
「すごく良かったわ!思わず泣いちゃった!」
「素晴らしかったです、聴けて良かった」
「次の演奏は満月の日だって」
「へ〜また来ようっと」
「皆さん、先程パンが焼き上がりましたので是非当店へ!」
「お金置いとくね」
「アクセサリーニ割引きしてるよ〜!」
感想を言って帰る人や握手を求める人、次のスケジュールのデマやお金をじゃらじゃら置いていく人、便乗して宣伝する人などですごい状態だ。
人混みをかき分けて、三人がやってきた。
「ミュウ、すごい良かったよ!」
「素敵な歌声でした」
「……また、歌ってくれ」
……すごく、うれしい。胸が熱くなる。
「うん、ありがとう……」
時々こうやって歌うのもいいなあ……また聴いてもらいたい。
それにしても、次の予定。満月の日なんて一言も言っていないのにどうしよう。
でも沢山の歓声に包まれて歌うのはとても気持ちが良かった。
あと、それから。
沢山の人がお金を置いていったので、結構な額になった。宿代どころか、豪華なディナーもできそうだ。
私は歌の余韻に浸りながらピアノを片付け、四人で歩き出した。
歌の余韻と、ジークの言葉が、ずっと耳から離れなかった。
読んで下さり、ありがとうございます。
ついに美優がその歌声をナニヴァルの街に響かせました。
異世界の楽器「ロールアップピアノ」を携えて歌ったのは、切なすぎる恋の歌。
最前列で聴いていたジーク。
彼の言葉は、きっとお世辞でもなんでもない、剥き出しの本音だったのでしょう。
そして、勝手に決まっていく満月の日のライブ予定(笑)
歌姫伝説は、美優の知らないところで加速していきそうです。
次回は来週、5/3(日)の19時頃に更新予定です。




