第二十五章 月から逃げた朝
早朝。
猫の悲鳴のような。
大きな鳴き声で。
目が覚めた。
ただ事ではない。
そう思って。
飛び起きた。
誰の声か分からないけど。
慌てて。
部屋着のまま。
外に飛び出した。
声のした山の方へ。
走った。
すると。
みーちゃんが。
山沿いの道を。
こちらに向かって。
全速力で。
走ってきた。
その後ろを。
白い丸い影が追いかけている。
「えっ……」
ムンムン?
顔がお月さまみたいな白い猫。
みーちゃんは。
私の足元に飛び込んできた。
ムンムンは。
私を見て。
ぴたりと止まった。
そして。
くるりと向きを変えて。
逃げていった。
「みーちゃん…… 喧嘩してたの?」
みーちゃんは。
息を荒くしていた。
「大丈夫?」
体を確認すると。
左目をずっと閉じていた。
よく見ると。
信じられないくらい。
丸く腫れていた。
「いやだ。どうしよう!?」
息が荒く。
返事はない。
すぐに抱っこして。
家に連れて帰った。
「みーちゃん。目を見せて」
左目は。
ずっと閉じたまま。
触ろうとすると。
顔を背けて嫌がる。
目に何か入っているのかも。
それにしては。
腫れすぎている。
すぐに着替えて。
あの病院へ電話した。
早朝だというのに。
電話が転送になり。
寝ぼけ声の。
先生が出てくれた。
事情を説明すると。
すぐに診てくれるという。
前回。
マダニで行ってから。
まだ2週間たっていない。
車を。
無理して飛ばした。
でも。
なぜムンムンが。
みーちゃんを襲ったのだろう。
同じ地域猫仲間じゃないのかな。
それに。
たしか。
ムンムンは男の子。
女の子のみーちゃんに。
暴力を振るうなんて……
どんな理由があろうと。
許せない。
病院に着いて。
いつもの診察台へ。
私には。
触らせてくれなかったけど。
先生は。
いとも簡単に。
みーちゃんのまぶたを。
めくり上げた。
すると。
得体の知れない物が。
現れた。
それは。
よく見ると。
木くずだった。
どうやら。
ムンムンから逃げるときに。
偶然目に入ったのかもしれない。
それにしても。
こんな大きな物が。
目に入っていたなんて。
痛いなんて。
ものじゃない。
先生は。
すぐに除去してくれた。
そして。
たっぷりの洗浄液を使って。
みーちゃんの目を洗ってくれた。
「このまま押さえておいてください」
私にそう言い残して。
奥へ消えた。
戻ってきたときには。
機器を手に持っていた。
それでみーちゃんの目を照らすと。
眼球の一部に。
色の違う影が。
浮かび上がった。
「この部分は傷です」
「え……」
思わず絶句した。
ここって、角膜じゃ……
「失明の恐れもありますので」
失明!?
「外に出さないで、最低1週間は介護をしてください」
みーちゃんが失明……
先生は。
二種類の。
目薬を差してくれた。
そして。
最後に。
みーちゃんの首に。
プラスチックの。
巻きスカートのようなものを。
セットした。
「エリザベスカラーです。これで、目を触るのを防ぎます」
エリザベス……
動画などで。
見たことあったけど。
そんな名前なんだこれ……
「1週間は、外さないように」
「……はい」
目薬は。
二つ処方してくれた。
「両方を1日4回、必ず差してください」
先生は。
強い口調で言った。
その真剣な表情から。
回数を守らなければ。
失明に繋がるのだと。
伝わってきた。
「はい。わかりました」
帰り道。
運転中も。
ずっと。
みーちゃんが。
失明したらどうしよう。
そればかり。
考えていた。
ムンムンが。
許せなかった。
そのとき。
ホームセンターの。
あるコーナーを。
思い出した。
それは。
害獣対策用品のコーナー。
フェンスやセンサー付きの照明。
それに。
エアガンも置いてあった。
一瞬。
購入を考えた。
けど。
ムンムンは。
害獣ではなく。
猫。
いくら。
みーちゃんに。
危害を加えるからといって。
エアガンで撃つなんて。
そんなこと。
していいわけがないし。
私には。
できない……
猫と猫の話。
人間の私は。
こういうとき。
どうすればいいんだろう。
家に着いて。
ケースから出すと。
エリザベスカラーのせいで。
ふらふらとして。
歩きにくそうだった。
何度も何度も。
外そうとして。
暴れていた。
その都度。
必死でなだめた。
外に出たいと。
サッシ戸をガリガリと。
引っ掻く。
「だめよ。最低1週間は、家にいないと」
みーちゃんは。
当然。
納得していない。
そして。
目薬の時間。
先生は。
簡単に差していたけど。
私が。
同じようにしようとしても。
みーちゃんは。
顔を背ける。
無理にしようとすると。
暴れ出す。
「みーちゃん、落ち着いて」
「ミャー!」
「少しの間だけ我慢して」
「ミャーァー!」
「失明しちゃうかもしれないんだよ!」
「ミャー!!」
「いたっ……」
手を引っ掻かれた。
傷口から。
血が流れていた。
みーちゃん……
けど。
放っておくわけにはいかない。
こんな傷ぐらい。
みーちゃんが目を失うかもしれない。
そう思えば。
全然平気だから!
一旦離して。
YouTubeで。
目薬の差し方の動画を。
いくつも見た。
同じようにしても。
みーちゃんは。
変わらず暴れた。
いくつも。
いくつも試した。
そして。
最後に試したのは。
先に頭を。
優しく撫でて。
目を閉じさせる。
いい感じ……
落ち着いている。
そして。
閉じたまぶたの上に。
目薬を落とす。
見えてないので。
みーちゃんは。
ほぼ無反応。
ここからが問題……
お願い、うまくいって……
そして。
目を。
開けさせる。
「みーちゃん……」
優しく。
呼びかけたら。
ゆっくりと。
目を。
開いた。
すると。
まぶたの上に乗っていた。
水滴が。
目の中に。
吸い込まれていった。
みーちゃんは。
一瞬だけ。
驚いていたけど。
暴れなかった。
「あー、よかったー」
もう一つの目薬も。
同じ方法で。
簡単にできた。
本当に、本当に。
よかったぁ……
「みーちゃん、えらいねー!」
「ミャー」
「おやつあげるからね」
みーちゃんは。
エリザベスカラーをつけたまま。
器用におやつを。
食べていた。
その姿を見て。
安堵が。
押し寄せてきた。
そのとき!
外から。
鳴き声が聞こえた。
「ニャーーー、ニャーーー」
その瞬間。
自分の表情が。
険しくなったのを。
感じた。
もしも。
ムンムンだったら。
せめて。
大声で。
怒鳴ってやるから!
そう思って。
カーテンの隙間から。
覗いた。
すると。
そこには。
もふ巻きの。
王子様がいた。




