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 第二十四章 明日へと


 次の日の朝。


 私は早起きをした。


 みーちゃんは。


 まだ帰ってきていなかった。


 きっと。


 王子様と一緒にいるのだろう。


 そう思うと。


 なんだか嬉しかった。


 私は。


 水分補給をしたあと。


 ヤッケに着替えて。

 

 外に出た。

 

 そして。


 長靴を履いて。


 ゴム手袋を装着し。


 鎌を手に取った。


 草刈り機ではない。


 あの音は。


 まだ聞きたくなかった。


 でも。


 やることは決まっていた。


 今までは。


 見えるところだけ。


 庭。


 駐車場。


 玄関周り。


 雑草の生えてる量と。


 伸びる成長スピードが速すぎて。


 それだけで精一杯だった。


 でも。


 今日からは違う。


 人が通れない場所も。


 全部やっていく。 


 みーちゃんと彼氏猫が。


 安心して歩ける場所を。


 私が作る。


 朝の5時。


 手が回らなかった場所を。


 一本一本。


 時にはまとめて。


 手でむしり。


 鎌で刈っていく。


 またすぐ生えてくるのは。


 分かっている。


 それでも。


 やる。


 みーちゃんが。


 ここが私のお家なの。


 そう胸を張れるように。


 丁寧に、丁寧に。

 

 早朝と言えど。


 ヤッケを着ているので。


 すぐに汗が額を流れた。


 いえ。


 これもプラスに考えよう。


 草刈りはダイエット。


 そう思うと。


 もっと頑張れた。


「ミャー」


 声がした。


 振り向くと。


 みーちゃんが。


 帰ってきていた。


 刈ったばかりの道を。


 ゆっくりと歩いてくる。


 その姿を見て。


 私は笑った。


「おかえり、みーちゃん」


「ミャー」


 みーちゃんは。


 私の足元に来て。


 ごろんと横になった。


 もふれ屋さん開店。


 首にかけたタオルで。


 汗を拭いて。


 私は。


 みーちゃんのお腹に。


 顔を埋めた。


「もふもふ。もふもふ」


 これが。


 私へのご褒美。


 満足。


「あ……」


 そう。


 ここは外だった。


 ヤッケを着こんだ人物が。


 早朝に。


 猫のお腹に顔をうずめている。


 その姿は。


 まるで変質者。


 けど。


 ここは田舎。


 そう。


 街に比べると。


 極端に人が少ない。


 特権のようなもの。


 誰も見てはいない。


 そう思ったその時。


 お世話になってる散歩好きのおじいさんと。


 目が合った。


「……お、おはようございます」


「おはよう」


 おじいさんは。


 見てない振りをしてくれた。


 恥ずかしくて。


 すぐに草刈りを再開した。


 そんな私に。


 おじいさんは声をかけてきた。


「明日のことなんだけどね」


 え。


 明日?


 いったい何の話だろう。


 おじいさんの口ぶりは。


 明らかに。


 私も知っていることを前提にしていた。


 きょとんとしている私を見て。


 おじいさんも。


 何かに気づいたらしい。


「地区長が、訪ねて来なかったかの?」


「……来てません」


「そうか……」


 その表情を見て。


 私はすぐに察した。


 明日。


 この地区で何かある。


 そして。


 そのことを。


 地区長が私に伝えることになっていた。


 だけど。


 私は。


 何も聞いていない。


「神社の祈年祭があるんだけど」


 きねんさい……


「この地区では大切な行事だから、時間があったら来なさいや」


 そう言って。


 おじいさんは。


 また。


 ゆっくりと。


 散歩に戻っていった。


 私は。


 遠ざかっていく。


 おじいさんの背中を。


 しばらく見つめていた。


 正直。


 驚きはしなかった。


 むしろ。


 想定の範囲内だった。 


 私自身。


 地区の集まりごとから。


 距離を置こうと思っていた。


 もしかすると。


 そんな雰囲気を。


 察知して。


 伝える気が。


 なかったのかもしれない。


 だけど。


 地区長の家は。


 少し離れてはいるけど。


 私の家の隣。


 その気があれば。


 いつでもこれる。

 

 別に。


 好きにすればいい。


 どうせ私は。


 あと半年もすれば。


 ここを去ってゆく。


 けれど……


 地区長という。


 責任ある立場なら。


 私情は私情。


 役目は役目。


 そこは。


 分けるべきでは。


 ないのだろうか。


 気に入らない相手だから。


 伝えるべきことまで。


 伝えない。


 もし。


 それが理由なのだとしたら。


 あまりにも。


 幼稚に思えた。


 これが。


 大人のやることなのかな。


 そんな疑問だけが。


 心の中に。


 静かに残った。


 釈然としないまま。


 私は。


 草刈りを再開しようとした。


 けれど。


 みーちゃんは。


 まだ。


 もふれ屋さんを開店していた。


 ずっと私を。


 待ってくれていた。


 まるで。


 私の心のざわつきを。


 感じ取っているかのように。


「ありがとう、みーちゃん」


「ミャ~」


「大丈夫、大丈夫よ」


 みーちゃんのお腹を。


 そっと撫でる。


 すると。


 不思議と。


 心のざわつきが。


 静まっていった。


 嫌な気持ちが。


 指先から。


 みーちゃんの。


 柔らかな毛並みに。


 溶けていくような。


 そんな気がした。


 だけどこの日は。


 草刈りを。


 そこで中断した。


 また。


 やる気を失ってしまった。


 家に戻り。


 いつも通りに。


 一日を過ごした。


 もしかしたら。


 あとで。


 地区長が来るかもしれない。


 そんなことを。


 少しだけ。


 考えていた。


 けれど。


 お昼になっても。


 夕方になっても。


 誰も来なかった。


 そして。


 夜になった。


 結局。


 地区長が。


 私の家を訪ねてくることは。


 なかった。


 私は。


 少しだけ。


 考え込んだ。


 明日の祈年祭。


 行くべきか。


 行かないべきか。


 地区長からは。


 何も聞いていない。


 なら。


 行かなくても。


 何もおかしくはない。


 むしろ。


 その方が。


 自然なのかもしれない。


 だけど。


 あのおじいさんは。


 私を誘ってくれた。


「時間があったら、来なさいや」


 あの言葉を。


 思い出した。


 ここで。


 私まで行かなければ。


 どうなのだろう。


 気に入らないから。


 関わらない。


 それでは。


 地区長と。


 同じではないだろうか。


 私は。


 そうはなりたくなかった。


 翌日。


 私は。


 少しだけ。


 きちんとした服に着替えた。


 鏡の前で。


 髪も整えた。


「みーちゃん。お留守番お願いね」


「ミャー」


 誰かに。


 歓迎されるためではない。


 誰かに。


 認めてもらうためでもない。


 私は。


 私なりに。


 大人として。


 そこへ行く。


 それだけだった。


 家を出て。


 神社へ向かった。


 境内には。


 すでに。


 地区の人たちが。


 集まっていた。


 私が姿を見せると。


 何人かの視線が。


 一斉に。


 こちらへ向いた。


 空気が。


 ほんの少しだけ。


 変わったのが分かった。


 あ。


 来たんだ。


 そんな顔。


 なんで来たの。


 そんな顔。


 言葉にはしない。


 けれど。


 視線というものは。


 時々。


 言葉より。


 分かりやすい。


 私は。


 気づかない振りをして。


 境内へ入った。


「来たかね」


 声をかけてくれたのは。


 散歩のおじいさんだった。


「はい。来ました」


「そうかそうか」


 その隣にいた。


 別のおじいさんもおばあさんも。


「よう来たね」


 そう言って。


 笑ってくれた。


 少し離れたところから。


「あら」


 聞き覚えのある。


 優しい声がした。


 振り向く。


 あの。


 素敵な奥様だった。


「お久しぶりね」


「はい、お久しぶりです」


 奥様は。


 いつものように。


 柔らかく笑ってくれた。


 その笑顔を見て。


 少しだけ。


 肩の力が抜けた。


 来てよかった。


 そう思った。


 けれど。


 全員が。


 そうだったわけではない。


 地区長。


 そして。


 いつも。


 その近くにいる人たち。


 私が。


 挨拶をしても。


 返しもしないし。


 何も言わない。


 まるで。


 そこに。


 私なんて。


 いないかのように。


 視線を逸らした。


 私は。


 ただ。


 心の中で。


 ひとつだけ。


 思った。


 私は。


 来たよ……


 

 祈年祭は。


 大きな神社から。


 神主さんが来てくれて。


 思っていたよりも。


 ずっと盛大だった。


 帰り道。


 私は。


 少しだけ。


 考え込んでいた。


 私が出席したことで。


 かえって。


 場の空気を。


 悪くしてしまったのではないか。


 そもそも。


 私は。


 ここに一年だけ住む。


 そう決めている。


 ずっと。


 この土地で暮らしていく。


 そんな覚悟を。


 持っているわけではない。


 そんな私が。


 この地区に。


 余計な波を立てて。


 いいのだろうか。


 そんなことを。


 考えながら。


 歩いていた。


 ふと。


 山の方へ。


 目を向けた。


 そこには。


 あの廃神社がある。


 本来なら。


 今日の祈年祭も。


 あの場所で。


 行われていたのかもしれない。


 そう思うと。


 私は。


 自然と足を止めた。


 そして。


 廃神社のある山に向かって。


 静かに。


 手を合わせた。


 その時。


 裏手の方から。


 微かに。


 声が聞こえた。


「ミャー」


 あれ? 

 

 みーちゃんの声だよね……


 目を開いて。


 辺りを探した。


 すると。


「ミャー」


 もう一度。


 声がした。


 それは。


 家の裏へ続く。


 細い道の方だった。


 私は。


 声のする方へ。


 歩いていった。


 そこには。


 みーちゃんがいた。


「もしかして…… 迎えに来てくれたの?」


「ミャー」


 みーちゃんの優しさに。


 胸の奥が。


 じんとした。


「もうー、大好き!」


 もふれ屋さんでもないのに。


 感極まって。


 私は。


 みーちゃんを。


 これでもかというくらい。


 撫でまくった。


「ミャー……」


 どうやら。


 少し。


 迷惑だったみたい。


「ありがとう。一緒に帰ろうね」


 みーちゃんは。


 細い裏道を。


 ゆっくり歩き始めた。


「あれ、そっち?」


 みーちゃんは。


 振り返った。


「ミャー」


 まるで。


 ついてきて。


 そう言っているようだった。


 私は。


 少し笑って。


 みーちゃんのあとを。


 ついていった。


 山裾に沿って続く。


 舗装もされていない。


 少し薄暗い道。


 その先には。


 最近放置していた。


 私の畑があった。


「あ……」


 私は。


 足を止めた。


 雑草に埋もれて。


 きっと無残な姿に。


 なっているだろう。


 そう思っていた。


 けれど。


 そこには。


 思いもよらない光景が。


 広がっていた。


「わぁ……」


 畑には。


 野菜の花が。


 咲き乱れていた。


 キャベツの黄色い花。


 白菜の可憐な花。


 そして。


 あの大根までも。


 白い花を咲かせていた。


 やる気を失って。


 収穫を逃したと思っていた。


 それなのに。


 野菜たちは。


 誰に見られることもなく。


 静かに。


 明日へと。


 進んでいた。


 生い茂る雑草よりも。


 さらに高く。


 力強く。


 茎を伸ばして。


 美しい花を。


 咲かせていた。


 すべてが。


 初めて目にする。


 花だった。


 私は。


 しばらくのあいだ。


 ただ。


 静かに。


 見つめていた。


 傍らに。


 寄り添う。


 みーちゃんのぬくもりを。


 感じながら。


 一緒に。


 同じ景色を。


 見ていた。



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