↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/27

 第二十三章 もふ巻きの王子様


 

 あの日から。


 私は。


 草刈り機を使わなくなった。


 山や遠くから。


 ときおり聞こえてくる。 


 草刈り機の音を聞くたびに。


 逃げ惑う虫たちの姿が。


 賢者さんの。


 必死で逃げる姿が。


 頭から離れなかった。


 それでも。


 草刈りを。


 やめるわけにはいかない。


 今まで通り。


 鎌で刈り。


 手でむしるスタイルに戻した。


 買ったばかりの草刈り機。


 あの驚くほどの性能。


 もう一度使えば。


 あっという間に終わるのに。


 それでも。


 使おうとは。


 思わなかった。


 雑草は。


 本当に強く。


 またすぐに再生して。


 生えてくる。


 庭も。


 裏庭も。


 駐車場も。


 玄関周りも。


 全部やらなければならない。


 大家さんとの約束だから。


 そちらを優先した。


 すると。


 畑に割く時間が。


 自然と。


 減っていった。


 数日たつと。


 畑は雑草で。


 埋め尽くされていた。


 野菜も。


 収穫タイミングを。


 逃してしまい。


 いびつな形になっていた。


 やる気を失ってしまった私は。


 草刈り以外は。


 家でゴロゴロしていた。


 私も。


 みーちゃんも。


 マダニに噛まれてから。


 10日目。


 SFTS(重症熱性血小板減少症候群)や。


 日本紅斑熱、ライム病を。


 発症するかもしれない。


 そんな不安は。


 まだ。


 消えていなかった。


 みーちゃんは。


 そんな私に。


 いつも。


 寄り添ってくれていた。


 間違いなく。


 今の私の。


 心の支えだった。


 みーちゃんを。


 迎え入れて。

 

 4ヶ月。


 毎日一緒。


 お互いのことを。


 知り尽くしていた。


 そんな風に思っていたら。


 ある日の夜。


 網戸の外で。


 出かけていたみーちゃんの。


 気配を感じた。


 いつもは朝帰り。

 

 今日は随分早いな。


 そう思って時計を見ると。


 まだ21時だった。 


 すると。


 外から。


 鳴き声が聞こえてきた。


「ミァ~ア、ミァ~オ~」 

  

 え!?


 いったいなに?


 今の声?


 みーちゃん……


 だよね?


 外は暗くて見えない。


 網戸を開けると。


 みーちゃんが。


 ぴょんと軽やかに。


 縁側にジャンプしてきた。


 鳴き声も。


 その軽やかなジャンプにも。


 違和感を感じていたその時。


 みーちゃんは部屋には行かず。


 縁側から。


 外を見つめていた。


 私も。


 釣られて。


 同じように外を見た。


 すると。


 そこには。


 一匹の。


 見たことのない。


 猫がいた。


 私と目が合って。


 驚いたように。


 一瞬身体が。


 後ろに逃げようとした。


 けど。


 踏みとどまって。


 みーちゃんに向かって。


 語りかけた。


「ミャァーン」


 さっき聞いた声とは。


 大違いの。


 澄んだソプラノ声。


 やっぱりさっきの声は。


 みーちゃんだったのか?


 その猫の声に。

 

 答えるかのように。


 みーちゃんは。


 ずっと。


 縁側から見つめている。


 えっ……


 なに、その眼差し……


 もしかして。


 みーちゃんの。


 彼氏!?


 ……ですか?


 キョトンとしていた私は。


 一気に笑顔へ変わった。


 そして。


 ゆっくりと。


 聞いてみた。


「ねぇ、もしかしてあの猫、彼氏さん?」


 みーちゃんは。


 何も答えない。


 ただ。


 黙って。


 外の猫を。


 見つめている。


「あー、こりゃ間違いねーわ!」


 思わず。


 おじさんみたいな。


 台詞が出てしまった。


 私には。


 みーちゃんが。


 彼氏猫さんを。


 家の中へ。


 誘っているように。


 見えた。


 けど。


 彼氏猫さんは。


 私を恐れてか。


 動こうとしない。


 縁側の外で。


 一定の距離を空けて。


 ずっと。


 みーちゃんを見つめている。


 せめて。


 網戸を。


 もう少し開けてあげようと。


 私が。


 大きく動いた。


 その瞬間。


 彼氏猫さんは。


 ダッと。


 地面を蹴る音だけを残して。


 逃げてしまった。


 善意が仇に……


「ご、ごめんなさい」


 みーちゃんは。


 追いかけることもなく。


 しばらく待っていたけど。


 そのうち。


 あきらめて。


 部屋に入っていった。


「ごめんね、みーちゃん。けど、まだ外にいるかもしれないよ」


 そう問いかけても。


 みーちゃんは。


 何の反応もせず。


 ご飯皿の前で。


 座った。


 それはまるで。


 逃げた彼氏猫さんを。


「いくじなし」


 そう思って。


 やけ食いをしたいと。


 言っているかのようだった。


 理由が理由だけに。


 時間外のご飯を。


 あげることにした。


「特別ね」


 そう言って。


 ウエットの。


 少量入ったパックを開けた。


「まぁね。女性同士だもん。やけ食いしたい気持ちわかるよ」


 みーちゃんは。


 ガツガツと。


 皿を鳴らして。


 食べていた。


 そのとき私は。


 さっきの。


「ミァ~ア、ミァ~オ~」


 という鳴き声を。


 思い出していた。  


 彼氏猫さんの前では。


 いつもと違い。


 まるで。


 気品ある。


 お嬢様のような。


 雰囲気を。


 漂わせていた。


 あの鳴き声は。


「ばあや、開けて下さる?」


 今思えば。


 そんな風だった。


 私は。


 そんな裏事情にも。


 気づかないまま。


 まんまと。


 網戸を開けた。


 つまり。


 知らず知らずのうちに。


 みーちゃんの。


 お嬢様装いに。


 ばあや役として。


 一役買っていたらしい。


 毎日一緒にいて。


 みーちゃんのことなら。


 何でも知っている。


 そう思っていた。


 けれど。


 異性の前では。


 まさか。


 お嬢様に。


 なるなんて……


 それって。


 なんて。


 なんて。


 愛らしいんだろう。


 みーちゃんも。


 女の子。


 だもんね。


 好きな猫さんの前では。


 可愛く見られたいよね。


 うんうん。


 分かる。


 分かるよー、その気持ち。


 やけ食い中だったけど。


 思わず。


 抱きしめてしまった。


 けどね、みーちゃん。


 ばあや役には。


「異議あり―!」


 逆転裁判の。


 成歩堂龍一ばりの。


 声が出た。


 まだ。


 ばあやと呼ばれる。


 年齢でも。


 ぜーんぜんないし。


 だけど。


 そう。


 みーちゃんの恋のためなら。

 

 喜んで。


 その役を。


 引き受けましょう。


 しかし。


 あの彼氏猫さん。


 かなりのロン毛で。


 もふ巻きだった。


 顔もイケメンで。


 どこか。


 中世ヨーロッパの。


 王子様のような。


 雰囲気だった。 

 

 なるほど。


 だから。


 みーちゃんも負けじと。


 お嬢様を演じて。


 うちには。


 ばあやがいますの。


 なんて。


 見せていたのね。


 けど。

 

 この家は。


 古民家。


 王子様を招くには。


 あまりにも。


 素朴すぎる。


 彼氏猫さん。


 この家を見て。


 がっかり。


 してなかったかな。


 なんだか。


 みーちゃんに。


 申しわけない気がした。


 このとき私は。


 ある決心を。


 固めていた。


 それは……


 みーちゃんのために。


 もう一度。


 やる気を。


 取り戻すこと。


 家の周りも。


 さぼっていた畑も。


 きちんと。


 草を刈る。


 みーちゃんと。


 彼氏猫さんが。


 マダニを気にせず。


 安心して歩ける場所を。


 私が。


 ちゃんと。


 守っていく。


 彼氏猫さんが。


 次に来た時。


 胸を張って。


 迎えられるよう。


 私は。


 もう一度。


 立ち上がることにした。 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。