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 第二十二章 境界線 


 動物病院から一直線。


 みーちゃんと一緒に。


 家に戻った。


 キャリーを開けると。


 みーちゃんは。


 顔を出して。


 少しだけ。


 キョロキョロしたあと。


 お気に入りの縁側に向かった。


 そして。


 涼しい床で。


 ごろんと横になった。


 あごには。


 マダニに噛まれたあとが見える。


「みーちゃん。私と一緒だね」


 そう言うと。


「ミャー」


 と返事をした。


 私には。


 そうだね。


 と言っているように聞こえた。


 病院と移動で疲れたのだろう。


 目を細めて。


 すぐにうとうとし始めた。


 私は。


 みーちゃんの頭を。


 そっと撫でた。


「ごめんね。すぐ戻るから」


 サッシ戸を少し開けて。


 ストッパーで固定した。


 みーちゃんが。


 自由に出入りできるように。


 そして。


 私は再び車に乗り込んだ。


 向かった先は。


 ホームセンター。


 帰りに寄ってもよかったけど。


 みーちゃんを。


 少しでも早く。


 家に帰してあげたかった。


 ホームセンターで買ったのは。


 みーちゃんのご飯。


 そして……


 電動の草刈り機。


 その中でも。


 できるだけ。


 安いものを選んだ。


 隣に展示されていた。


 国産の草刈り機と比べると。


 ずいぶん小さく。


 どこか。


 おもちゃのようにも見えた。


 本当に。


 これで刈れるのだろうか。


 少し不安だったけど。


 他の草刈り機は。

 

 あまりにも本格的すぎて。


 私には使えないと思った。


 それに。


 値段も。


 私が選んだものの。


 3倍以上もする。


 マダニは。


 草の先で。


 獲物が通るのを待ち伏せする。


 みーちゃんや私が。


 また噛まれないようにするには。


 草を短く刈り。


 待ち伏せできる場所を。


 減らさなければならない。


 そのために。


 私は。


 草刈り機を買った。


 家に戻ると。


 みーちゃんは。


 いつものように。


 お出迎えしてくれた。


 病院で疲れたはずなのに。


「ありがとう、みーちゃん」


「ミャー」


「新しいご飯買ってきたよー。食べる?」


「ミャーー」


「うふ。行こう」


 みーちゃんはサッシ戸ではなく。


 私が玄関を開けるのを待って。


 一緒に入った。


 そして。


 新しいご飯を。


 おいしそうに食べ始めた。


 そのあいだ私は。


 電動草刈り機の。


 説明書を読んでいた。


 まずは。

 

 バッテリーの充電。


 この草刈り機は。


 ナイロンコードと。


 金属の刃。

 

 どちらも使える。


 ナイロンコードは。


 柔らかい草向き。


 石に当たっても。


 跳ね返りにくい。


 初心者には安全らしい。


 金属の刃は。


 太い草や笹も刈れる。


 けど。


 石に当たると。


 刃が飛ぶ危険がある。


 そのため。


 セットには防護眼鏡が付いている。


 試しにかけてみた。


 ……似合ってるかな?


 そう気にしていると。


 ご飯を食べ終えたみーちゃんが。


 防護眼鏡をかけた私を。


 じっと見つめていた。


「どう? 似合ってる?」


 そう聞くと。


 すぐに目をそらして。


 何も言わなかった。


 そして。


 トコトコと歩いて。


 縁側にごろーん。


 どうやら。


 答えに困ったらしい。


 鏡を見てみた。


 うん、悪くない。


 はずなんだけど……


 みーちゃん的センスでは。


 ダメだったか。


 別に。


 おしゃれのために。


 装備するわけではない。


 あくまで安全のため。


 似合うか似合わないかは。


 別問題なのです。


 夕方前に。


 やっと充電が。


 完了した。


 まずは。


 ナイロンコードを選んだ。


 金属の刃は。


 正直怖かった。


 説明書に従って。


 コードをセットした。


 ヤッケに着替えて。


 ゴム手をはめて。


 バッテリーも装着した。


 さて。


 いよいよという時。


 似合っていない。


 防護眼鏡をつけるのを忘れてた。


 急いで取りに戻り。


 装着。


 そして。


 玄関の前で。


 スイッチを。


 握ってみた。


 ブィィィィン。


 思ったより大きな音。


 何事かと。


 みーちゃんが。


 縁側から顔を出して。


 覗いていた。

 

「大丈夫。怖くないよ」


 そう言っても。


 納得していない感じだった。


 みーちゃん的には。


 そうじゃない。


 お前が大丈夫か?


 扱えるのか?


 とでも言いたげな。


 そんな顔だった。


 失礼な。


 私だって。


 やるときはやるお嬢さんなの。


 見てなさい。


「家にいてね。来たら駄目だよ。危ないから」


 そう言って。


 駐車場に向かった。


 私がいつも。


 車を停めている場所には。


 当然雑草は。


 生えていない。


 それ以外の場所に。


 ふきやどくだみ。


 カラムシといった。


 地下茎の雑草が。


 たくさん生えていた。


 鎌で刈っても刈っても。


 根を退治しないと。


 すぐにまた生えてくる。


 いたちごっこだった。


 だけど。


 駐車場には。


 砂利を敷いているため。


 根を攻撃できない。


 雑草は。


 砂利に閉じ込められても。


 光への道を探し当て。


 隙間から。


 何事もなかったように。


 生えていた。


 なので。


 地上部分だけでも。


 刈るしかない。


 スイッチを握ると。


 すごい速さで。


 コードが回転する。


 それを。


 雑草に近づけてみた。


 すると。


 茎の固い。


 カラムシが。


 バサバサと倒れていく。


 鎌とは。


 比べものにならない。


 あっという間に。


 目の前が。


 綺麗になった。


「なにこれ…… すごい!」


 思わず声が出た。


 もっと早く買えばよかった。


 そう後悔していた。

 

 次は。


 柿の木の下。


 ここは。


 私が。


 冬のあいだ。


 落ち葉をためていた場所。


 その落ち葉は。


 いつの間にか。


 土に混ざって。


 栄養になっていた。


 おかげで。


 柿の木の下には。


 雑草が。


 これでもかというほど。


 生い茂っていた。


 私は。


 草刈り機を。


 両手で構えた。


 そして。


 回転するコードを。


 生い茂った草の中へ。


 一気に滑り込ませた。


 ブィィィィン。


 バサバサバサッ。


 密集していた草が。


 次々と。


 地面へ伏していく。


 その時。


 私は。


 笑みを浮かべていた。


 面白いほど。


 草が倒れていく。


 その感覚に。


 夢中になっていた。


 そんな私の目に。


 飛び込んできたのは。


 逃げ惑う。


 関係のない虫たちだった。


 私の田舎暮らしのテーマは。


 共存だったはず。


 無論。


 マダニのような害のある虫とは。


 共存なんて。


 できるわけもない。


 だけど。


 今逃げている虫たちには。


 害はない。


 そして。


 その逃げ惑うものの中には……


「け、賢者さん……」


 アマガエルが。


 その小さな体を精一杯伸ばして。


 必死で逃げていた。


 ここは。


 冬の間。


 天然のストーブになればと。


 虫さんたちのために。


 私が作った場所。


 それなのに…… 


 今。


 私は。


 その場所に。


 草刈り機を。


 振り下ろしている。


 ブィィィィン。


 大きな音を立てて。


 草を。


 虫を。


 そこにあった暮らしを。


 何もかも。


 まとめて薙ぎ払っていく。


 私には。


 それが。


 まるで。


 戦争のように思えた。


 本当に倒したい相手は。


 マダニだけ。


 みーちゃんと私を噛んだ。


 あの虫だけなのに。


 草刈り機は。


 敵と味方を。


 選んではくれない。


 害があるか。


 害がないか。


 そんなことも。


 関係ない。


 そこにいるものを。


 等しく。


 巻き込んでいく。


 私は。


 小さな生き物たちの世界へ。


 巨大な兵器を。


 持ち込んでしまった。


 それは。


 草を刈る道具ではなく。


 私の手の中で。


 無差別に命を奪う。


 大量殺戮の兵器に見えた。


 みーちゃんと自分を守るつもりだった。


 けれど。


 そのために。


 関係のない命まで。


 傷つけていいのだろうか。


 守るという言葉を。


 盾にして。


 私は。


 自分に都合の悪い世界を。


 消そうとしているだけではないのか。


 私は。


 慌てて。


 スイッチから。


 手を離した。


 急に静かになった柿の木の下で。


 倒れた草だけが。


 地面を覆っていた。


 私は。


 この場所で過ごせる。


 たった1年を。


 誰も傷つけず。


 静かに暮らしたかった。


 傷ついた自分も。


 少しずつ。


 癒やしながら。


 共存したい。


 そう思っていた。


 けれど。


 共存するというのは。


 何も傷つけないことではないのかもしれない。


 生きる場所が。


 重なってしまったとき。


 どこまで譲り。


 どこから守るのか。


 その線を。


 自分で引かなければならない。


 そして。


 その線の外側には。


 必ず。


 追いやられる命がある。


 そう考えていたとき。


 気配を感じて。


 ゆっくりと。


 振り向いた。


 すると。


 そこには。


 みーちゃんが座って。


 私を見ていた。


 その瞳は。


「だから言ったでしょ。あなたには、無理なの」


 そう告げているように。


 私には見えた。

   

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