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 第十八章 冬の日々


 私の苦手な冬は、容赦がなかった。


 ある朝。


 縁側のカーテンを開けると、一面の銀世界だった。


「うわー……」


 窓を開けると。


 いつもとは違う冷気が流れ込んできた。


 湿り気のある。


 すがすがしい空気だった。


 雪の降らない地方出身の私には。


 初めて見る景色だった。


 みーちゃんは私の隣で。


 鼻をひくひくさせていた。


 私は子供みたいに。


 庭に下りてはしゃいだ。


「みーちゃん。ほらほら雪だよー。おいでー」


 そんな私を。


 みーちゃんは。


 ときおりあくびをしながら見ていた。


「雪だるま作ろうよー」


 少しずつだけど。


 冬を苦痛に感じなくなっていた。


 そんな冬は。


 初めてだった。


 そう思えるようになったのは。


 みーちゃんのおかげ。

 

 毎日。


 朝の4時から6時以外は。

 

 一緒に過ごした。

 

 最初は。

 

 私の部屋だけでくつろいでいたみーちゃん。

 

 慣れてくると。

 

 冒険を始めた。

 

 廊下に出て、キッチンへ。


 顔を上にあげて。

 

 キョロキョロ。

 

 ウロウロ。

 

 棚の一段一段にまで。

 

 顔を入れて。

 

 匂いを嗅いで確かめる。


「ねぇ、何してるの?」


 問いかけても。


 返事はない。


 とにかく真剣だ。

 

 押し入れの前に座って。


「ミャーー」


 いつもより長く鳴く。


 たぶん。


 開けて、と言っている。


 言われるがまま開けると。


 躊躇なく入っていく。


 うん。


 これが噂に聞いたニャルソックね。


 ここが本当に安全か。


 敵はいないか。


 調べている。


 まるで。


 神事みたいに感じた。

  

 ある日。


 料理をしようと冷蔵庫を開けた。


 すると。


 その中にも入ろうとした。


「み、みーちゃん。それは……」


 さすがに止めた。


 共に過ごすにつれて。


 不思議な行動を目にするようになった。


 それは……


 突然廊下でゴロンと横になる。


 決まって私の足元で。


 そして。


 何かを訴えるような瞳で、見つめてくる。


「あー、もふれ屋さん開店ですねー」


 そう言うと。


 みーちゃんは、優しく目を細めた。


「ではでは、遠慮なく」


 私はゆっくり座って。


 なでなでして。


 もふもふのお腹に。


 顔を押し付けた。


 すると。


 みーちゃんは。


 嫌がるそぶりもしないで。


 気持ちよさそうに。


 ゴロゴロと。


 喉から謎の音を出していた。


 この現象は。


 私の部屋でも。


 キッチンでも起きない。


 不思議と廊下だけ。


 初めて見た時は。


 戸惑った。


「なっ、なんなのそれ?」

 

 そう問いかけても。


 横になったままの姿勢で。


 じーっと私を見つめるだけ。


 もしかして……


「な、撫でろってこと?」


 そう聞いた瞬間。


 頷いたように見えた。


 いつもは。


 私が甘えると。


 みーちゃんは、嫌がって逃げていた。


「もぅー、少しぐらいいいじゃん」


 寝る場所は。


 私の足元。


 本当は。


 腕枕で一緒に寝たい。


 そういう動画を見て。


 ずっと憧れていた。


「みーちゃん。ここで一緒に寝ようね」


 そう言って連れて来ても。


 一瞬たりとも寝てくれない。


 すぐに足元へ逃げてゆく。


 でも。


 この時ばかりは違う。


 たっぷりと触れる。


 みーちゃんも。


 なでなでされて喜んでいた。


 私たちの。


 小さな儀式。


 もふれ屋さん開店。


 そう名づけた。


 多い時は。


 日に3度も店を開けてくれる。


「もふもふ。もふもふ」


 そうつぶやきながら。


 柔らかいもっふもふのお腹に。


 顔を押し付ける。


 幸せすぎる毎日。

 

 だけど、ひとつだけ。


 気がかりなこと。


 それは……


 トイレ。


 みーちゃんは。


 家でトイレをしなかった。


 たった一度も。


 何度教えても。


 雨が降っていても。


 雪が積もっていても。


 みーちゃんは出かけて。


 2~3分で戻ってくる。


 たぶん。


 トイレのために外出。


 どうして家でしてくれないのかな?


 外は寒いのに……


「う~ん……」


 その謎めいた姿は。


 まるで。


 トイレには行きませんと言い張る。


 昭和のアイドルみたいだった。


 猫は我慢強くて。


 病気を隠す。


 なので、注意深く観察して。


 気づいてあげないといけない。


 別にトイレ姿を見たいわけではない。

 

 それならただの変態だ。


 けど、みーちゃんの健康のためには。


 しかたない。


 いつものように。


 トイレで出かけたみーちゃん。


 私は、こっそり後をつけた。


 朝と同じで。


 畑の方に向かっている。


 通り過ぎると思っていたら。


 止まった。


 畑の一角に。


 秋に刈った雑草を。


 山にしている場所があった。


 肥料にも、マルチにも使えるように。


 その頂に。


 みーちゃんは登った。


 ま、まさか……


 手で枯草を分け。


 お尻を震わせながら。


 座った。


 何をしているのか。


 ピンと伸びた尻尾が。


 物語っていた。


 しばらくして。


 腰を上げた。


 座っていた場所を。


 じーっと見て、何かを確認。


 そして。


 掻き分けた枯れ草を。


 元に戻した。


 証拠隠滅。


 手慣れている。


 かなり悪質。


 ゆっくりと頂から降りて。


 こちらに歩き始めた。


 その時。


 隠れていた私と目が合った。


 みーちゃんは、驚いた表情を浮かべて。


 立ち止まった。


 しばらく。


 お互い、動かなかった。


 まさか。


 猫に気まずさを感じるなんて。


 思ってもなかった。


 先に行動を起こしたのは。


 みーちゃんだった。


「ミャー!」


 普段より。


 大きな声で鳴いた。


「この、変態!」


 そう言われている気がした。


 いいえ。

 

 私も言いたかった。


 そこはトイレではありませんから!


 と。


 けど。


「ごめんね、みーちゃん」  


 私が折れた。


「ミャー、ミャーー」


 文句を言いながら。


 怒った顔で。


 近づいてくる。


 よほど見られたくなかったのか。


 ずっと怒っていた。


「ほんと、ごめん」


 謝りながら。


 一緒に戻った。


 調べてみると。


 どうやら猫は。


 トイレ中を一番警戒しているらしい。


 それってつまり……


 まだ私に、気を許してないってことかな。


 こんなに仲良しなのに……


 みーちゃんの不機嫌さは。


 表情に出ていた。


 目がいつもより鋭く。


 両耳は、後ろ向きにピーン。


 通称、イカ耳。


 うん。分かりやすい。


 こんな時は。


 お詫びのちゅ~る。


 ドラえもん風に、つぶやいた。


 封を切ると。


 みーちゃんは、すぐに食いついた。


 それでも。


 機嫌は元に戻らなかった。

 

 和解できずに。


 この日を終えた。



 次の日の朝。


 寝ぼけながらトイレから出た私を。


 みーちゃんは。


 トイレのすぐ前の廊下で待っていた。  


「えっ!? ま、まさか。昨日の仕返し?」  

 

 たじろぐ私の足元に。


 みーちゃんは近寄ってきた。


 そして……


 ごろーん。


「……あー!」


 甲高い声が漏れた。


「仲直りのもふれ屋さん開店ですねー」

 

 眠気が吹き飛んだ。


「では、遠慮なく」


 もふもふ。


 もふもふ。


 そんなこんなで。


 私の苦手な冬は。


 あっという間に、過ぎ去っていった。


 

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