第十七章 ずっと……
今朝も。
みーちゃんは一緒に寝てくれている。
私のベッドで。
足元に。
かわいい寝顔で。
熟睡。
お腹を見せて。
それは。
信頼の証。
私を慕ってくれている。
とてもうれしい。
けど、今日も同じことが起きていた。
午前4時の攻防。
こんなに愛らしいのに。
どうして……
眠っているみーちゃんに手を伸ばす。
私の手を、両手で抱え込んでくれた。
抱き枕のように。
優しく。
その行為に。
愛情を感じた。
私も。
同じ。
でも。
みーちゃんを迎え入れたこと。
少し後悔しているかも。
「ミャー」
起きた。
背伸びして。
ご飯の位置にスタンバイ。
振り向いて。
私を見つめて。
おねだり。
その姿に。
後悔が薄れてゆく。
うん。朝だけ……
朝だけ、我慢しよう。
熟睡中に起こされるけど。
時間は合わせてもほんの10分ほど。
それだけ我慢すれば。
私とみーちゃんの関係は良好。
完璧な人なんていない。
猫も同じ。
そう思って割り切る。
今日も昼間はぽかぽか縁側で。
仲よく並んで日向ぼっこ。
みーちゃんは本当に縁側が好き。
畑にいけばついてくる。
作業してる私の後ろで、辺りをキョロキョロ。
ケビン・コスナーばりのボディガード。
あこがれの歌姫になった気分。
And I…… と思わず、あの名曲を口ずさみたくなった。
早朝以外は楽しい日々。
けど、もう一つ困った。
それはお出かけ。
離れた街の病院に行くし。
買い物にも行く。
その間。
みーちゃんをどうしよう。
外は寒い。
雨の日もある。
外に出しておくなんて、もってのほか。
かといって。
閉じ込めたら、障子を攻撃するかもしれない。
一度、泥棒に入られている。
例の不審者もまだ頻繁に見かける。
サッシ戸を開けっぱなしにはできない。
どうしよう。
悩んでいると、ふと思い出した。
祖父母の家のサッシ戸には、ストッパーがついてた。
途中までしか開かないようにする鍵。
農作業やらで忙しい祖父母。
小さい頃の私を外に出さないためにつけたものだった。
その隙間から、祖父母を見ていた。
成長しても、ずっと残ってた。
ある意味、思い出だった。
同じ物を探して、Amazonで購入。
みーちゃんが出入りできる幅だけ。
それ以上は開かないようにロック。
できた。
だけど。
うーん……
ストッパーの耐荷重は、両面テープの粘着力。
心配。
一応と思い。
中からゴルフクラブでつっかえ棒。
外側のサッシ戸には意味がない。
うん。
けど、一応ね。
「みーちゃん。私お出かけしてくるからね」
ジッと私を見ている。
「お留守番お願いね」
縁側で寝ているみーちゃんを置いて。
片道1時間半の病院へ。
ずっと気が気じゃなかった。
ちゃんと留守番してくれてるかな。
障子を破いたりしてないかな。
心配で、運転に集中できない。
帰りに、ペットショップに寄った。
特別なおやつを買って帰宅。
駐車場に車を停めると。
ルームミラーに、みーちゃんが映った。
車から距離を取って、ちょこんと座っている。
お出迎えしてくれた。
なんて……
なんて、おりこうさん。
エンジンを止めて、降りる。
「ミャ~」
鳴きながら私に近づいてくる。
感動で震えた。
「みーちゃん! なんておりこうさんなの!」
頭をなでなで。
みーちゃんもお返しで。
足にすりすりしてくれる。
そして。
木登りを披露してくれた。
すっかり葉の落ちた栗の木に登って。
凄いでしょ、とドヤ顔。
女の子なのに。
おてんばさん。
寒い中、心だけは暖かかった。
部屋も無事。
何の悪さもしていない。
おみやげのおやつをふるまった。
喜んでいた。
私も幸せ。
でも、また始まった。
午前4時。
寒さも眠さもピークの時間。
やはり。
慣れるものではない。
6時過ぎ。
まるで待ち合わせのように。
いつもの時間に帰ってきた。
いったい。
どこへ行ってるのだろう。
毎朝毎朝。
決まった時間に出て、決まった時間に帰る。
猫の習性なのか。
縄張りの確認なのか。
気になって仕方がない。
次の日の早朝。
私は起きていた。
ヤッケを着込んで。
さらにダウンジャケット。
寒さに備えた。
「ミャーミャー」
始まった。
時刻は4時過ぎ。
みーちゃんは外に出ていった。
懐中電灯を持って。
後をつけた。
畑を突っ切って、新しい神社の方向へ向かっている。
とりあえず、ホッとした。
廃神社へ行くなら、諦めていた。
あの山道を、真っ暗な中では登れない。
だけど、すぐに見失ってしまった。
当然だ。
私は道路しか歩けない。
みーちゃんには関係ない。
道なき道を進む。
しかもまだ真っ暗。
懐中電灯一つでは。
追いかけるのは無理だった。
ひとりぽつんと残された。
外灯もない周りを見渡して。
あまりの闇に。
恐怖を感じた。
引き返そうとしたその時。
何かの気配。
道の山側から。
何かが近づいてくる。
少しずつ。
ゆっくりと。
音だけが聞こえる。
まさか……
あの不審者。
私はおそるおそる。
震えながら、懐中電灯を向けた。
すると……
「ん、誰かの?」
聞き覚えのある声。
緊張が一気に解けた。
いつも散歩してるお爺ちゃんだった。
向けていた懐中電灯をおろした。
「すみません。おはようございます」
いや、こんばんはの方がよかったのか。
暗すぎて、感覚が鈍っている。
「おはよう」
おはようが正解だったようだ。
「寒いですね」
「うん。今年は寒いのう」
「お爺さん、お散歩ですか?」
「そう。年寄りは、朝が早いのだけが取り柄だから。むははは」
お爺さんは、そう言って笑った。
「お嬢さんは、どこに行ってたんかの?」
お嬢さん……
なかなかお上手ですわ。
けど、その答えには困った。
猫の後をつけてました。
正直に答えたら、このお嬢さんは頭がおかしい。
そう思われる気がした。
けど、他に言い訳を思いつかず、正直に話した。
「あー、そういうことかぁ」
意外にも。
お爺ちゃんは答えをくれた。
真っ暗な中……
ひとつだけある外灯の明かりで。
更地にぽつんと。
みーちゃんが座っていた。
真ん中ではなく。
少し端のほうに。
まるで。
玄関だった場所を。
ちゃんと覚えているみたいに。
私は、息を殺した。
声をかけていいのか。
わからなかった。
みーちゃんの小さな背中だけが。
朝の闇の中で。
じっと、動かなかった。
私は静かに近づき。
隣にしゃがんだ。
しばらくの間。
ただ、黙って。
見つめていた。
かつて縁側があったかもしれない場所を。
「……ここなのね」
みーちゃんは、何も答えなかった。
そう……
ここは。
死別した飼い主さんと、みーちゃんが暮らしていた家の跡。
お爺ちゃんが教えてくれた。
よくここに座っているのを見ると。
お年寄りは、朝が早い。
みーちゃんの飼い主さんはお婆ちゃん。
朝が早かった。
たぶん。
いつもこの時間に起きていた。
みーちゃんも。
そんなお婆ちゃんと一緒に。
この時間に起きていた。
いなくなった今も。
ずっと。
みーちゃんは、お婆ちゃんを探して。
毎日ここに来ていた。
決まった時間に。
そして。
また帰る家がなくなるのを恐れて。
あんなに必死に鳴いていたのね。
そんなことも知らずに……
私は怒鳴ったりした。
「ご…… ごめんなさい…… みーちゃん」
小さい子みたいに泣いている私に。
みーちゃんが、そっと寄り添ってくれた。
「みーちゃん……」
私を見つめてくれた。
「ごめんなさい。ひっく…… うぅ……」
次の日の朝。
「ピピピピィ、ピピピピィ」
アラームで目を覚ました。
時刻は。
午前4時。
「みーちゃん、起きてる?」
「ミャー」
うん。
「ストーブの前で、少しでも暖まって」
私たちは一緒に、ストーブの前に座った。
5分後。
「ミャー」
「行くのね」
障子を開け。
縁側のサッシ戸も開けた。
冷気が入ってくる。
平気。
だって。
一緒に準備してたもん。
みーちゃんは、低い姿勢で顔を出して。
右を見て左を見る。
いつもの仕草。
今日は私も、その上から顔を出した。
同じように。
右を見て、左を見る。
そして。
みーちゃんは。
飛び降りて、畑の方に向かった。
「みーちゃん。待ってるからね」
いつもなら、消えるようにいなくなるのに。
この日は違った。
「ミャー」
一度止まって。
振り返り。
お返事してくれた。
私は……
みーちゃんが見えなくなるまで。
その姿を追っていた。
うん。待ってるから。
……ずっと。




