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 第十六章 午前4時


「チチチツピ、ツピ……ピィー……」


 北側の山から聞こえてくる鳥の鳴き声。

 

 それは、夜明けを意味していた。

 

 目が覚めて、寝返りを打とうとした。

 

 なぜだか、左足がいつもより重い。

 

 ずしっとする感覚。

 

 いったい何事?

 

 左目だけ開けて。

 

 悪魔に乗り移られた少女みたいに、器用に首だけを起こした。


 重く感じた左足を。


 みーちゃんが枕にしてた。


「あーー」


 思わず歓喜の声が漏れた。


 そっと上半身だけ起こす。


 間違いない。


 みーちゃんが、一緒に寝てくれてる。


 私の足を枕にして。


 嬉しい。


 けど。


 ちょっと角度がきつそう。


 うーむ、これは。


 もっとダイエットしておけばよかった。


 控えめに言っても。


 猫が枕にするには少し大きすぎたか。


 少し?


 うん。控えめだ。


 まぁいい。


 あ、つい動いてしまった。


 起きてしまう。


 シー!


 静かに。


 いや、騒がしいのは私の心だけ。


 そう思っていると。


 みーちゃんは、クロスした手で。


 肉球を自分の鼻にぎゅーっと押し付けた。


 なっ……


 なにそれ!?


 聞いてない。


 そんな技。


 まるでアイドルの決めポーズ。


 かわいすぎる!


 完全にやられた。


「はぁはぁはぁ」


 理性が、少し危なかった。


 今すぐ抱きしめたい。


 いや、落ち着け。


 冷静になるのよ。


 ここで突然抱きついて嫌われたら。


 二度と一緒に寝てくれないかも。


 それ以上に。


 猫界で変態認定されて。


 ブラックリスト入りするかも。


 我慢よ。ここは我慢。


 見るだけにしよう。


 いや、匂いを嗅いでもいいよね。


 だめだ。


 考えることすべてが。


 変態の思想。


 だって……


 みーちゃんの寝姿。


 かわいすぎなんだもん。


 しばらく眺めていた。


 はぁー、たまらない。


 夢なら覚めないでほしい。


 ……ん?


 夢……


 そういえば、昨晩の出来事は?


 時計を見た。


 8時半過ぎ。


 視線を戻すと。


 みーちゃんは起きていた。


「あー。おはよう、みーちゃん」


「……ミャ~」


 まるで。


 天使のような声でお返事。


 幸せすぎる。


 みーちゃんは立ち上がり。


 重力に逆らうように体を上にのびー。


 まるで筆記体みたいな、不思議な形。


 私も釣られて手を上に伸ばした。


 一緒に背伸び。


 みーちゃんは、お水を飲みにベッドを降りた。


 残念。


 だけど、私も起きないと。


 障子を開け、縁側へ。


 うわっ。


 今日も寒い。


 カーテンを開けて、体が止まった。


 心までも。


 外には、網戸が倒れていた。


 そう。


 さっきのかわいいみーちゃんも。


 昨晩の出来事も。


 夢ではなかった。


 振り返って。


 お水を飲むみーちゃんを見つめた。


 昨日。


 初めてこの家で泊まった。


 病院から戻ったばかり。


 不安だったのかもしれない。


 怖かったのかもしれない。


 だから、パニックになって外に出たかった。


 それなら、しかたない。


 少しずつ慣れてくれるはず。


 寒い中、サッシ戸を開けて外に出た。


 網戸を直して、中に戻った。


 障子も確認。


 爪の跡が残ってる。


 けど、これぐらいなら。


 他の傷と遜色ない。


 大丈夫。


「ミャ~」


 ストーブの前で、甘えた声。


「ご飯?」


「ミャー」


 お返事がかわいい。


「すぐ用意するね」


 お皿を洗って。


 昨日と同じ柔らかいのを。


 お皿を置くと、すぐに食べ始めた。


 その姿を眺めながら、昨晩の出来事を忘れることにした。


 昼間。


 みーちゃんは、外に2回だけ出かけた。


 心配したけど、ほんの数分で戻ってきた。

 

 たぶん、トイレ。


 その証拠に。


 家のトイレを一度も使わない。


 どうやら、こだわりがあるようだ。


 この寒い時期でも。


 日が当たる時間だけは、縁側が暖かい。


 不思議なくらい。


 ぽっかぽか。


 みーちゃんは。


 そんな縁側が大好き。


 座布団を敷くと。


 とことこと歩いてきて。


 そこで丸くなった。


 私も隣で日向ぼっこ。


 なでなですると。


 目を細めて、気持ちよさそうな顔をする。


 心までぽっかぽか。


 時間がゆっくりと流れていく。


 日が陰ると。


 ストーブの前に移動。


 そこで、ずっと寝ていた。


 夜。


 ベッドに誘ってみたけど、キョトンとしてる。


 残念。


 けど、その表情もかわいい。


 あきらめて、眠ることにした。


「おやすみ、みーちゃん」


 ストーブの前で丸くなってる。


 照明を消した。


「……ミャー」


 ……うん?


「ミャー、ミャー」


 また?


「ミャーミャーミャー!」


 左目だけ開けた。


 障子の前で、みーちゃんが鳴いていた。


 時計を見る。


 同じ4時過ぎ。


 眠い。


「ミャー」


 鳴き止んだと思うと、爪の音がする。


「バリバリバリ」


 これ以上、障子を傷つけられたくない。


 すぐにベッドから出た。


 障子を開けて、サッシ戸も開けた。


 昨晩と同じように。


 右を見て、左を見る。


 凍える私を気にも留めない。


 しばらく警戒してから、やっと外に出ていった。


 トイレなら数分で戻る。


 そう思って、冷たい縁側で待っていた。


 けど、戻ってこなかった。


 いったい、どこへ行ってるの……


 そして、この後も同じだった。


 2時間後に戻ってきて。


 狂ったように鳴いた。


 私が起きて開けるまで。


 それは、毎晩続いた。


 鳴き止んだと思っても。


 爪の音がする。


 目を閉じても。


 障子の傷が浮かんでくる。


 次の日も、その次の日も。


 眠れないストレス。


 それは。


 田舎に逃げてきた理由を思い出すぐらい。


 酷かった。


 縁側で日向ぼっこしているみーちゃん。


 昼間はこんなに大人しくて良い子なのに。


 どうして……


 そもそも。

 

 家に招いたのが間違いだったのか。


 そう感じていた。


「みーちゃん」


 私を見た。


「夜中に出ていくなら。申し訳ないけど、この家には置けない」


 ジッと私を見ている。


「お願いだからわかって。今日は絶対開けないからね」


 そんな言葉は、無駄だった。


 この日。


 布団をかぶって無視した。


 すると。


 みーちゃんは、障子を破った。


 その行為に。


 さすがに、キレてしまった。


「そんなに出て行きたければ、出ればいいじゃん!」


 大声を出して。


 外に追い出した。


 数時間後。


 戻ってきたみーちゃんは。


 大声で鳴いて。


 また網戸を倒した。


 けど、私は開けなかった。


 でも、みーちゃんも諦めない。


 結局。


 私が根負けして。


 中に入れた。


 すると。


 大人しく寝る。


 私は眠れないのに……


 目が覚めると、また私の足を枕にして寝ていた。


 天使と悪魔。


 どちらが本当のみーちゃんなの。


 いったい、どうすればいいの。


 頭がおかしくなりそう。


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