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 第十五章 はじめての夜


 ストーブの前には……


 猫。


 少し前なら、想像もしてなかった光景。


 様々なしがらみに疲れて田舎に逃げてきた。


 そんな私の家に、三毛猫。


 不思議な感覚。


 退院したてのみーちゃん。


 まだ完全に回復していない。


 たまに起きてお水をペロペロ。


 柔らかいご飯をペロペロ。


 そしてまた寝床へ戻る。


 その繰り返し。


 私の食事中も静かに寝てる。

 

 お風呂から出てきても。


 寝姿は同じ。


 たぶん動いていない。


 私と同じで。


 みーちゃんもストーブ好き。


 あきることなく。


 ずっと見つめていた。


 気づけば、もう0時。


 いくらニートとはいえ。


 さすがに私も寝ないと。


「みーちゃん、おやすみなさい」


 照明を消した。


 ストーブが、優しくみーちゃんを照らしている。


 無事に退院。


 今は一緒。


 その喜びに包まれながら、すぐに眠れた。


「ミャー……」


 うん?


「ミャー……」


 夢の中にまでみーちゃんの声。


「ミャー、ミャー」


 困っている鳴き声。


 みーちゃんには申し訳ないけど。

 

 かわいい。

 

 なぜか安心感がある。


「ミャー!」


 あれ?


 鳴き声が大きくなった。


 もしかして……

 

 夢じゃないかも……


「ミャー」   


「……え」


 片目だけ開けた。


 左目。


 つまり、右脳だけ起こした。


 左脳はまだ寝ている。


 我ながら器用だ。


「ミャー!」


 怒ってる。


 緊急事態かも。


「ど、どうしたの?」


 左脳も起こした。 


 部屋は真っ暗。


 ストーブの前だけ、ぼんやり明るい。


「ミャー、ミャー」


 いったい何事なの。


 もしかして。


「お、お水ないの……」


 ベッドから這いずり出た。


 畳の上を、滑るように進む。


 まるで妖怪。


 ストーブの明かりで、お皿を見る。


 お水は入っている。


 ご飯も残している。


 トイレかな?


「みーちゃん、トイレはそこ」


 うつぶせのまま、指差した。


「ミャー!」


 え?


 違うの。


 じゃあ、なに?


 わからない。


 というか。


 眠い。


 とにかく眠い。


 ベッドに戻る力もない。


 その場でウトウト。


「ミャー」


 あとは右脳に任せた。


「ガリガリバリ」


 ……なんの音?


「ガリガリ」


 爪、研いでるの……


「ガリガリガリ」


 でも、音は反対方向。


 そこは……


「……え!?」


 ガバっと腕立て伏せで起きた!


 みーちゃんは。


 縁側に続く障子を引っ掻いていた。 


「ガリガリ」


「やぅ、やめてぇ!」


 意図して出そうとしても出せない高音。


 ほぼ悲鳴。


 近づいて。


 後ろからみーちゃんを抱えた。


「どうしたの?」


 無視して、体をくねらせる。


 とりあえず、寝床に降ろした。


「みーちゃん、どうしたの?」 


「ミャー……」


 もう一度お水とご飯を確認。


 両方ともある。


 その時。


 みーちゃんは再び障子へ向かった。


「ちょっ、ちょっと待って」


 また寝床に戻した。


 瞬間。


 また障子へ向かう。


 抱えて。


 今度はトイレに降ろした。


 それでもまた戻る。


 戻しても戻しても。


 みーちゃんは障子へ運ばれていく。


 まるで見えないベルトコンベア。


 どうやら。


 お互い意地っ張り。


 きりがない。

 

 もしかして……


「お外に出たいの?」


「ミャ~」


 どうやら当たったようだ。


「だめ。先生に言われたでしょ」


「ミャ~」


「安静にしないと」 


 そう諭しても。


 また障子へ向かう。


「みーちゃん」


「ガリガリガリ」


 しゃ、借家なのに。


「だめだって」


 再び抑えた。


 すると。


「ミャーー! ミゥヤー!」


 今度は大きな鳴き声で対抗。


 はい、どうぞどうぞ。


 マンションでもなければ、近くに家もない。


 鳴かせてる間に。


 スマホを手に取る。


 時刻は。


 4時半。


 嘘でしょ。


 せめて、7時までは寝かせて。


「バリバリバリ」


 目を離すと、また障子を攻撃。


 幸いまだ木の枠だけ。


 和紙を破かれてはない。


「みーちゃん、お願い」


 無視。


「そんなことしないで」  


 無視。


「バリバリバリ」


 もう……


 もう、だめ。


「わかった。開けるから」


 根負け。


 みーちゃんの勝利。


 障子を開けると、すぐに縁側に出た。


 大人しくなるかと思えば、今度はカーテンを。


 それも備え付け。


 私のではない。


「みーちゃん、やめて。お願い」


 容赦ない攻撃。


 心が折れた。


 サッシ戸も開けた。


 冷たい空気が一気に入ってくる。


 さすがにみーちゃんもたじろいだ。

 

「ほら、寒いでしょ。おうちにいよう」


 そう言っても。


 縁側から頭だけ外に出す。


 右をジッと見て、左も見る。


 その繰り返し。


 姿勢が低い。


 何かを警戒している。


 でも。


 いったい何を?


 開けたサッシ戸から。


 容赦なく冷気が入ってくる。


 無理。


 寒すぎる。


 けど。

 

 みーちゃんを放って部屋に戻れない。


「ねぇ、戻ろう。寒いよ」


 その瞬間。


 みーちゃんは外に飛び出した。


 慌ててサッシ戸から顔を出した。


 みーちゃんは、畑の方角に消えていった。


 どうしよう……


 すぐに戻るかもしれない。


 サッシ戸を開けたまま、障子だけ閉めた。


 けど……


 それだと冷気を防げない。


 一旦、ストーブの前に。


「さ、寒い」


 ストーブにあたりながら。


 改めて時計を見た。


 4時半過ぎ。

 

 外は真っ暗。


 しばらく待ってみたけど。


 みーちゃんは、帰ってこなかった。


 いったい……


 どこへ行ったの……


 防犯上、やむなくサッシ戸を閉めた。


 鍵も。


 またいなくなるなんて、絶対に嫌だった。


 心配だけど、眠くてたまらない。


 ベッドに戻って、眠った。



「ミャー……」


 あ、また夢の中にみーちゃんの鳴き声……


「ミャーミャー、ミャー!!」


 え……


 夢じゃない。


 大きな鳴き声。


「ミャーミャー!」


 なにごと?


「バリバリ、カンカン、バリ!」


 金属音……


 いったい、何の音?


「バリバリ、バシャーン!」


 あまりの騒音に、飛び起きた。


「なっ、なに!?」


 縁側に出て、カーテンを開けた。


 すると……


 網戸が外れて、落ちていた。


 その傍らに、みーちゃん。


「みーちゃん…… 網戸を引っ掻いて、倒したの?」


「ミャー、ミャー!」


 怒っていた。


 私がすぐに開けなかったから?


 待って。


 一回、まとめさせて。


 みーちゃんは戻ってきた。


 それは嬉しい。


 けど……


 酒飲んで深夜に帰宅した昭和のおとん!? 


(うぃ~。ご主人様のご帰宅だぁ。開けろー!)


 大声でわめき、戸を叩く。


 まるでそれだった。


 サッシ戸を開けた。


 みーちゃんは縁側に上がると、ストーブの前へ向かった。


 のっしのっしと歩いていく。


 正直に言う。


 えらそう。


 どうしたの?


 あんな良い子だったのに。


 まさか本当に、一杯やってきたの?


 この辺りには、動物たちが集う秘密の居酒屋でもあるのだろうか?


「……」


 そんな馬鹿な。


 それじゃあなに?


 病院に連れて行ったことを、恨んでるの?


 まぁ、今はそれよりも。


 とにかく寒すぎる。


 考えるのと網戸を直すのは後にしよう。


 サッシ戸とカーテンを閉めた。


 部屋に戻ると、みーちゃんは残してたご飯を食べてた。


 ストーブに照らされたその丸い背中は……


 お土産の寿司を食ってるおとんに見えた。


 いやいやいや。


 みーちゃんは女の子。


 かわいい、かわいい三毛猫ちゃん。


 ……そうか


 これは夢かもしれない。


 時計を見た。


 6時過ぎ。


 冬のこの時間は暗い。


 夢でも何でもいい。


 まだ眠らせて。


 頭の整理は起きてから。

 

 巣に帰るように。


 ベッドに潜り込んだ。

    


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