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 第十四章 日常の形



「……みーちゃん」


「ミャー!」


 帰りの車の中。


 みーちゃんは不機嫌だった。


 あまりにも暴れるので、私ではどうすることもできなかった。


 分厚い革手袋をした先生が、キャリーケースに入れてくれた。


 今も柵の隙間から、手を伸ばし続けている。


「バリバリバリ」


 じょ、助手席が……


「み、みーちゃん。落ち着いて。もうすぐ着くからね」


 言葉を理解したのか、暴れなくなった。


 と思ったら、時々悲しそうな声で鳴く。


「ミャーン……」


 胸が痛い。


 みーちゃんは避妊手術をして、耳をカットされている。


 ある日突然捕まえられて、病院へ連れて行かれた。


 訳も分からず、怖かっただろう。


 病院に良い印象を持っている訳ない。


 その時の恐怖が蘇っているのかもしれない。


 私は何度も声をかけた。


「みーちゃん。今帰ってるからね。大丈夫だよー」


 早く安心させてあげたい。


 自然とアクセルを踏む足に力が入った。


「着いたよー」


 車を、いつもの場所にゆっくり止めた。


 一度降りてから、助手席に回ってドアを開けた。


 何日かぶりの山の匂い。


 それに気づいたのか、鳴き声をあげなくなっていた。


 自由にさせてあげたい。


 このままここで放そう。


 一瞬だけそう考えた。


 しばらくは安静に。


 先生の言葉を思い出す。


 家に入れることにした。


 キャリーケースを抱えて、ゆっくり一回転。


 景色を見せたかった。


「ほら。いつもの場所だよ。帰ってきたよ」


 そう声をかけてから、みーちゃんが慣れ親しんだ縁側へ。


 もう柵の間から手を出していない。


 落ち着いている。


 一応と思い、草刈り用のゴム手袋をつけた。


 深呼吸。


 ゆっくりとケースを開けた。


 ……出てこない。


 飛び出してくると思い、両手を前に出して構えていた。


 まるで、ハンドパワーの魔術師みたいなポーズ。


 出て来た!


 じわじわと。


 最初に鼻が見えた。


 ひくひくと動かしている。


 じりじり。


 少しずつ。


「みーちゃん、大丈夫。おうちだよ」


 頭だけ出して、キョロキョロ。


 天井も見てる。


「あっ……」


 寒い部屋。


 先にストーブをつけとけばよかった。


 気が利かない。


 慌ててつけた。


 その間に、みーちゃんはケースから出ていた。


 縁側の床をクンクン。


 カーテンをクンクン。


 外したゴム手袋をクンクン。


 動きがピタリと止まった。  


 ごめんなさい。


 かぐわしくなかったか……


 取りあえず、病院とは別人。


 いえ、別猫。


 落ち着いて、ちゃんと気づいている。


 ここがどこなのかを。


「ほら、ストーブついたよ。暖かいよ」


 私を見ている。


 ジッと見ている。


「あ、ご飯かな?」


 入院食はあまり美味しくないと聞く。


 猫の界隈でもそうなのかも。


 みーちゃんのために。


 色々な種類のご飯を買い込んでいた。


 その中でも、特に柔らかそうなものを選んだ。


 それを、新しく用意していたお皿に。


 固形物の少ないスープのようなものだった。


 消化に良さそう。


 今のみーちゃんにぴったり。


 まるで、この場面を予見していたよう。


 さすが私。


 と、言いたいところだけど。


 たまたま。


 準備して戻ってくると、ストーブの前にいた。


 みーちゃんは元飼い猫。


 やはり慣れてる。


 ストーブを理解している。

  

 お皿をそっと置いた。


 匂いを嗅いでいる。

 

 食べてくれるかな。

 

 ドキドキしながら見つめる。


 舌でぺろぺろ。


 ゆっくり食べ始めた。


 よかった。


 ジッと観察。


 美味しそうに食べてる。


 いつものみーちゃんに戻った。 


 なくなっても、お皿まで舐めている。


 気に入ってくれたみたい。


 食べ終わって、今度は手をペロペロ。


 顔を洗い出した。


 かわいい。


「みーちゃん。部屋に物が増えてるの、気づいた?」  

 

 トイレの砂を、手でかきまぜた。


 不思議そうに見ている。


「ここ、おトイレね」  


 続いて。


「ほら、ここ爪とぎね」


 猫が爪を研ぐ真似をしてみた。


「こうやって、こう使うんだよね?」


 見ている。


 研ぎ方がなってない。


 そんな顔で。


「そしてそしてー、ジャジャーン!」


 両手を添えて、ベッドを紹介するみたいに見せた。


「みーちゃんの寝床でーす」


 また見ている。


 微動だにせず。


 どっちかな?


 気に入ってくれたのか、それとも……


 その時、突然動いた。


 向かった先は……


 爪とぎ。


 上に…… 


 乗った!


「バリバリ、バリバリバリ!」


 こう使うの、と言わんばかりに。


 研いでくれた!


 私が買ってきた物を、ちゃんと受け入れてくれた。


 嬉しい。


「み、みーちゃん。次はこの寝床に入ってみない?」


 私を見たあと、ストーブを見た。


 まるで、そこに置けと言わんばかりに。


 言われるまま、ベッドの上に置いてた寝床をストーブの前に。


 匂いを嗅いだあと、中を入念にチェック。


 入った!


 と、思ったら。


 足元をふみふみ。


 何度も何度も。


 ワンツー、ワンツー。


 ……それって何?


 宗教的な儀式かしら。


 そんな馬鹿な。


 もしかして、いい感じに整えてるの?


 前足で交互に踏んでいる姿は、まるでマッサージ師。


 目を細めている。


 気持ちよさそう。


 ふみふみが終わると、くるっと半回転。


 お尻からそっと座り、丸く横になった。


 気に入ってくれたんだ。


 私のセンスを。


 感動!


 寝床で横になる姿を、しばらく眺めていた。


 むふふ。


 計画通りですわ。


 それはそれで嬉しいけど……


 一緒にベッドで寝たかった。


 でも、ストーブの前は暖かい。


 闘病中。


 健康優先。


 しかたない。


 一緒に寝るのは、またの機会。


 ストーブとの距離はどうだろう。


 熱すぎないかな?


 そうだ。


 喉も乾く。


 お水を。


 用意して戻ってくると、みーちゃんは寝息を立てていた。


「スー…… スー……」

 

 しばらく、その姿を見つめていた。


 来なくなった日から、ずっと心配だった。


 事故にあったんじゃないか。


 もう会えないんじゃないか。


 毎日探して、祈って。


 あの廃神社で見た虹。


 あれは、きっと。


 大丈夫だよって教えてくれていた。

 

 よかった。

 

 本当によかった……


 お水の入ったお皿をそっと置いた。


 そして……

 

 あのご神木のある山に向けて。

 

 静かに手を合わせた。


 みーちゃんは、無事に帰ってきました。


 ありがとうございました。


 スヤスヤと眠っているみーちゃんを見つめた。


「……おかえり」



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