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 第十九章 春


 まだまだ寒い日は続いていたけど。


 やっと。

 

 冬の終わりが見えてきた。

 

 人生で一番寒い冬だった。


 けど。


 人生で一番短い冬でもあった。


 そして。


 人生で一番幸せな冬だった。


 毎日。


 一緒に過ごした。


 縁側で日向ぼっこ。


 ストーブの前でうたた寝。


 午前4時のお出かけ。


 もふれ屋さん開店。


 会話も、たくさんした。


 ここで冬を越せるか心配だった。


 寒さも。


 孤独も。


 灯油代は、街に住んでいた時の3倍かかってしまった。


 長い廊下も。


 キッチンも。


 家中を暖めていたから。


 電気代も高かった。


 この家には。


 外灯がいくつもついていた。


 最初は不思議に思った。


 けれど。


 すぐに理解した。


 近くに家も。


 街灯もない。


 夜になると。


 いつも闇に包まれていた。


 だから。


 毎晩。


 外灯をつけていた。


 水道代のこともあった。


 節約になると思って。


 田舎に引っ越してきたのに。


 街の方が安かった。


 けど、悪い気はしなかった。


 みーちゃんがいてくれたから。


 だから。


 乗り越えられた。


 寒い冬を共に過ごした私たちの絆は深まり。


 みーちゃんは。


 お風呂場にも入ってくるようになった。


 湯船に浸かっている私を見て。


「ミャー……」


 と、心配そうに鳴いていた。


「大丈夫よ」


 そう答えても。


 濡れるのは嫌いなはずなのに。


 みーちゃんは。


 足先を濡らしながら。


 私がお風呂から上がるまで。


 じっと見つめていた。


 家中を。


 ニャルソックしている。


 そんなみーちゃんだけど。


 トイレにだけは入ってこない。


 ドアの近くで待っている。


 どうやら。


 みーちゃんの厳格なルールらしい。


 なので私も。


 トイレをしているところを。


 無理に覗かないことにした。


 みーちゃんが戻ってきてから。


 こっそり出かけて。


 確認のために枯草の山を見ていると。


「ミャー……」 


 まるで、何してるの?


 と言わんばかりに。


 背後から声をかけられた。


「べ、別に、何もしてないからね」


 そう誤魔化して。


 一緒に戻った。


 寒い冬の間だけ。


 そういう約束で。


 迎えた。


 けど。


 暖かくなり始めたから。


 外に放り出す。


 そんなこと。


 できるはずもなかった。


 私たちは、もう別々ではなかった。

 

 大家さんの許可をもらい。


 みーちゃんと引き続き。


 一緒に暮らすことにした。


 冬の間みーちゃんは。


 午前4時のお出かけと。


 トイレ以外。


 外に出なかった。


 しいていえば。


 私を迎えに駐車場まで出てくるのと。

 

 畑についてくる。


 本当にそれだけだった。


 だけど。


 季節がゆるむにつれて。


 少しずつ外に出る回数と時間が増えた。


 そして。


 気がつくと。


 日中は。


 ほとんど家にいなくなっていた。


 夕方になると。


 ひょっこり戻ってくる。


 心配だったけど。


 この場所では。


 私よりも。


 みーちゃんの方が。


 ずっとベテランだった。


 そして。


 みーちゃんは。


 暖かくなるのを。


 ずっと待っていたのだ。


 私も。


 家でごろごろしてばかりはいられなくなった。


 また本格的に。


 畑を始めることにした。


 だけど。


 畑にはまだ。


 冬の名残が残っていた。


 零下が続き。


 雪が積もったことで。


 秋に植えた。


 いくつかの作物が枯れていた。


 しゃがんで。


 根元をつかみ。


 土から。


 ゆっくり抜いた。


 乾いた葉が。


 指先で崩れた。


 もう食べることはできない。


 枯れた葉も。


 細い茎も。


 捨てれば。

 

 ただのゴミになる。


 けど。


 土に戻せば。


 いつか。


 次の野菜の肥料になる。


 そうやって。


 終わったものが。


 終わったままではなくなる。


 本当は。


 命に無駄なものなんて。


 ないのだと思う。


 無駄にしているのは。


 いつだって。


 人間の方なのだ。


 だからせめて。


 私は。


 ここにある命を。


 次へ繋げていきたいと思った。



 たくましく。


 冬を越えた野菜は。


 驚くほど美味しかった。 


 特に美味しかったのは。


 意外にも。


 大根の葉っぱだった。


 土も耕さない自然農法なので。


 肝心の大根自体は。


 あまり大きく育たなかった。


 土から抜いても。


 白い部分は小さく。


 食べられるところは。


 ほんの少ししかなかった。


 なので。


 そのまま放置していた。


 すると。


 大根ではなく。


 葉の方が。


 ぐんぐん大きく育っていった。


 せっかくなので。


 収穫して。


 フライパンで炒めてみた。


 虫に食べられて。


 穴だらけで。


 見た目の悪い葉っぱは。


 とんでもなく美味しかった。


 間違いなく。


 今まで食べた野菜の炒め物の中では。


 一番だった。


 スーパーなどの店頭では。

 

 大根の葉など。


 ほとんど見たことがなかった。


 見かけたとしても。


 申し訳程度に。


 根元についているくらいだ。


 これは絶対売った方がいいのに。


 そう思って。


 調べてみた。


 すると。

 

 大根の葉は。


 しおれやすく。


 傷や黄ばみが目立ちやすい。


 さらに。


 農薬の問題もあるという。


 たしかに。


 売る側からすれば。


 扱いにくいのだと思う。


 すぐに元気がなくなり。


 見た目も悪くなる。


 だから。


 店頭にはない。


 スーパーに並んでいる野菜は。


 どれもこれも見た目が綺麗。


 だけど。


 本質はそこではないはず。


 それは。


 人も同じなのかもしれない。


 少し傷があっても。


 形が違っていても。


 そこに価値がないわけではない。


 だけど。


 人の世界では。


 見た目や。


 肩書きや。


 学歴のようなものが。


 その人の価値のように。


 扱われてしまうことがある。


 本当は。


 そこだけで。


 決まるはずがないのに。


 畑で大根の葉をみつめながら。


 いつの間にか。


 そんなことを。


 自然と考えていた。



 ある日。

 

 畑で。


 作物より背の高くなった草だけを。


 刈っていた私の腕に。


 何かが飛びついた。


 あんなに苦手だったのに。


 今の私は。


 虫ごときでは気にもしなくなっていた。


 だけど。


 このときは。


 なぜか気になって。


 何が飛びついてきたのか。


 目で確認した。

        

「……あーー!」


 思わず。

 

 悲鳴ではなく。


 歓喜の声が漏れた。


「賢者さんだー!」


 そう。


 腕に飛びついてきたのは。


 私が勝手に。

 

 この家の守り神だと認定していた。


 アマガエルだった。


「賢者さん、久しぶりー」


 そう挨拶すると。


 賢者さんは。


 喉をぷくぷくと膨らませた。


 それを見て。


「うむ。久しぶりだな」


 と。


 返事をしてくれている気がして。


 私は自然と笑っていた。


 きっと。


 長い冬眠から。


 つい今しがた。


 目を覚ましたばかりなのだろう。


 小さな体が。


 私の腕の上で。


 久しぶりの光を。


 浴びていた。


「ミャー」


「あっ、みーちゃん。ちょうどよかった」


「ミャ?」


「見て見て、賢者さんだよ」


 みーちゃんは。


 賢者さんに。


 そっと鼻先を近づけた。


 そして。


 ひくひくと動かして。


 まるで。


 春の匂いを。


 確かめているみたいだった。


 そう。


 このとき私は。


 やっと。


 春が来たことを。


 実感した。


 

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