第十二章 空っぽの縁側
冬は始まった途端、本気を出してきた。
氷点下の日を何度か迎えた。
「うー、寒ーい」
畑の様子を見に来た。
バケツに溜めていた用水路の水が、凍りついていた。
押してから、指でつまんでみた。
「すごい。こんな分厚い氷、はじめて」
その時。
冷たい風が、木に残っていた僅かな葉をまき散らし、畑の作物を揺らしながら吹き抜けていった。
私は、無意識に風を目で追った。
あの日……
すべてを揃えて縁側で待っていた。
けど、みーちゃんは来なかった。
次の日も。
その次の日も。
ストーブを点けてずっと待っていた。
けど、来なかった。
まるで、私の計画を見透かしていたかのように。
いったい。
どこで何をしているのだろう。
もしかして、冬眠……
そんな馬鹿な。
猫が冬眠なんてするわけない。
聞いたこともない。
そんな話。
でも、そう思いたい。
なぜなら。
嫌な考えばかりが頭をよぎるから。
畑の一角を見つめた。
足を引きずるタヌキがいた場所。
もしかして……
みーちゃんは事故にあったのだろうか。
胸が痛い。
心配。
とにかく心配。
寒い中。
以前よりも散歩に出かける回数が増えた。
朝昼晩。
距離も。
ひとりで怖かったけど。
廃神社にも行った。
みーちゃんを探して。
ご神木に手を合わせた。
どうか、みーちゃんが無事でありますように……
散歩の途中。
何度か猫を見かけた。
顔が満月みたいな丸い白猫。
私を二度見。
目つきが鋭く、無愛想。
かなり汚れてて、でっぷり肥えてる。
ムンムンと呼ぶことにした。
深い意味はない。
なんとなく。
それと、シャム猫みたいな模様の足長猫もいた。
歩き方がすごくお上品。
気品まで漂わせている。
この子には、オスカルと名付けた。
その時。
ノーマン・リーダスが日本の猫都市伝説を試した話を思い出した。
猫が迷子になったら、近所の猫に「うちの猫に帰ってくるよう伝えて」
そうお願いすると戻ってくるらしい。
ものはためし。
逆輸入してみる。
「あのー、三毛猫を知りませんか? 知っていたら、私の家に戻ってくるように伝えて下さい」
そう声をかけたが返事はない。
逃げるように距離を空けられた。
私を不審者扱い。
失礼な。
いや、そりゃそうか。
だって。
初対面でノーメイク……
これは、礼を欠いた。
二匹の猫たちは、耳の一部が欠けていた。
何も知らない私は、生まれつきだと思っていた。
けど違った。
耳が欠けているのは、地域猫。
元は野良猫。
避妊手術を終えたことで、地域猫に昇格。
そういえば……
みーちゃんも同じ。
耳が欠けていた。
おそらく。
飼い主さんが亡くなったあと、この辺りを拠点にしていたみーちゃんを、誰かが病院へ連れていき手術した。
そして。
その証として、耳の一部をカット。
飼い猫から降格。
ある日突然地域猫。
それがみーちゃん。
それにしても。
どうして急に来なくなったのだろう。
距離は縮まっていたのに……
それとも。
もしかして。
独りよがりだったのか。
縁側に上がるようになって。
私に寄り添うようになって。
部屋にも入るようになった。
絆が深まったと思っていた。
すべては幻だったのか。
何か粗相をしたのではないかと、自分の行動を思い返す。
「……」
見当がつかない。
犬と違って、猫は気まぐれと昔から言う。
だから来なくなったのか。
いや、もしかして。
私のように、冬の間だけ家に入れてあげる。
そんな人がいるのかもしれない。
それなら、急に来なくなったのも頷ける。
今までも、寒さの厳しいこの山で生きてきた。
つまり、その可能性が高いように思えた。
確かめたくて、私は散歩を続けた。
少し離れた、民家が並ぶ地区にも行ってみた。
家はあるけど、人とはすれ違わない。
寒さもあってか、外にはいない。
そんな中。
一人だけいた。
しかも幸いなことに。
行事で何度も会ったことのある奥様だった。
穏やかな笑顔が印象的で、素敵な人だと思っていた。
話したことはない。
けど、思い切って声をかけてみた。
「あのー、すみません」
「はい?」
最初は、寒いですねと挨拶から。
「ここには慣れましたか?」
丁寧に聞き返された。
気にかけてくれている。
やっぱり素敵な人。
地区のことや畑の話。
久しぶりの人との会話。
自然と心が弾む。
会話がほどよく温まったところで、猫のことを聞いてみた。
すると、素敵な奥様の表情が一変。
鬼の形相。
あららら……
雲行きが怪しい。
倉庫に入られ、保管しているもみ殻をトイレにされた。
他にも。
畑を掘り返されたりと、さまざまな被害があると言っていた。
誰かがエサをやっているから。
そのせいだと怒っていた。
……当てが外れた。
てっきり、猫の話で盛り上がって。
さらに意気投合。
みーちゃんはうちにいますよ。
安心して。
いつもの優しい笑顔から。
その言葉を聞けるかもと期待していた。
それが……
真逆の反応。
どうやら、猫が嫌いらしい。
すみません。
私もエサをやってる一人です。
言い出せなくて、心で謝罪した。
けど……
悪さをしてるのは違う猫。
おそらくムンムンだろう。
やりかねない顔をしていた。
みーちゃんがそんなことするはずない。
あの子はとてもいい子。
「本当にもう、あの三毛猫は」
犯人だった。
重ね重ね、申し訳ありません。
根は良い子なんです。
そう弁解したかった。
気まずくなり、そそくさとその場をあとにした。
みーちゃん……
あなた、悪い子だったの……
いえ。
そうじゃない。
あの鬼の形相。
そう。
まさに鬼なのかもしれない。
素敵な奥様は、正体を隠す仮面。
不思議な力があるみーちゃんは見抜いている。
だから、嫌がらせをしていた。
そんな……
馬鹿な話があるか!
いくらなんでも庇いすぎ。
親バカにもほどがある。
「……はぁー」
帰り道。
深いため息。
オスカルが伝えてくれるのを期待して。
今日は家で待とう。
その日の夜。
突然の大雨。
いったい。
何カ月ぶりの雨だろうか。
この日を、ずっと待っていた。
けど……
みーちゃんがどこにいるかも分からないのに、今じゃなくてもいいじゃん。
なによもぅ。
タイミングが悪い。
縁側に座って、静かに見つめる。
大粒の雨。
重くまとわりつく湿気。
屋根を叩く無数のリズム。
寒さが和ぎ、とても心地良い。
だけど。
雷鳴で我に返る。
急いで立ち上がって、窓を閉めていく。
すべて閉め終えて。
最後にカーテンを閉めた瞬間。
微かに聞こえた。
あの音は……
窓とカーテンを同時に開けた。
「ミャー……」
暗闇の中。
大粒の雨に打たれながら。
目の前に佇んでいた。
ずっと、会いたかった……
「みーちゃん!」
無我夢中で。
裸足のまま飛び出した。




