妖精姫聖女化計画をぶち壊せ 後編
会議室の雰囲気、ものすごいわよ。
帝国側は全員怒っていて険悪な表情だし、シュタルク側はまずい状況に追い込まれて全員蒼白な顔で俯いている。
皇都から来た兵士とベリサリオの騎士が部屋になだれ込んできて、シュタルク側を取り囲み、タヴァナー伯爵を押さえ込んでいるから室内の人口密度がやばい。シュタルク側は動きたくても誰かにぶつかって動けないくらいに混雑している。
でもまだ終わっていないから。
部屋にいる精霊獣達に頼んで、いっせいに全員に対して念入りに浄化の魔法をかけてもらった。
眩しくて目がちかちかしそうになるけど、ここでうへえって顔は出来ない。
パウエル公爵やお父様まで、当然だよって顔をしているんだから私も笑顔でいないとね。
「これで誰かが毒を持っていたとしても、ただの水になったはずです。自害はもう出来ませんから、ひとりずつしっかりと荷物を検めてくださいね。他にもニコデムス教信者がいないとは限りませんでしょ?」
光は扇じゃ散らせないけど、ついひらひらさせてしまいながら話したら、ちょっとバカ殿っぽくなってしまった気がして、急いで扇を閉じた。
周囲はそんなこと気にしていられる状況じゃないだろうけどね。
補佐官のひとりも腕輪を持っていたから、更に緊張が高まってしまって、部屋の外ではばたばたと走る音が聞こえるし、警護の兵士達は腰の剣に手をかけたままだし、精霊獣達はテーブルの上でシュタルクの人達を睨みつけているしで大混乱よ。
「ニコデムス教徒のふたりは、このまま皇宮の地下牢に連行してくれ。こんなに人が多くては話を続けられないからな。皇太子殿下への連絡は済んでいるね?」
「あ、ちょっと待っていただいていいですか? ニコデムス教の方に伝えたいことがあるんです」
パウエル公爵にお願いしたら、どうぞと答えてくれたけど顔が強張っている。まだ彼らを追い詰める気かと引いてない? ここで徹底的に打ちのめした方が、取り調べが楽になるでしょ。
殿方って弁の立つ女が苦手よね。口喧嘩で勝てないもんね。
まだなんかあるのかよって顔でこちらを向いたタヴァナー伯爵は、もう私を睨んだりはしない。すっかり諦めた顔をしている。
「どうもニコデムス教の方々は、この世界のことをよくご存じではないみたいですね。教義はめちゃくちゃ。神官達は嘘つきばかりなのに、いまだに信じる人がいるのは、その方が無知だからです。ちゃんと情報を得ていれば、騙されたりはしないでしょう? 精霊は下僕にはなりませんよ? 彼らは嫌になったら、さっさと精霊王の元に帰ってしまいますもの」
「……え?」
最初はむっとした顔になったタヴァナー伯爵は、私の話を聞くうちに呆然とした顔になった。
その教義を考えた人は、精霊のことなんてまるでわかっちゃいないのよ。
「精霊に魔力を与えるだけでは精霊獣にならないんです。対話をして、精霊がこの人間とならずっと一緒にいたいと思って初めて精霊獣になるんです。精霊獣になってからも、魔力を与えなかったり、嫌なことばかりさせていたら、いなくなってしまうんですよ。それ以前に、精霊王が嫌っているニコデムス教徒に精霊が協力するわけがないじゃないですか。いずれシュタルクに精霊が戻ったとしても、ニコデムス教徒には精霊は近付きません」
何を驚いているのよ。
そんなのちょっと考えればわかることでしょう。
この世界で一番優秀で神に選ばれた人間なんでしょう? 勉強しなさいよ。
私を聖女にしようっていうなら、せっかく作ったんだから精霊育て方マニュアル本くらい読んでよ。
「ですからニコデムス教徒は精霊よりも上の存在ではありません。私はニコデムス教の神官達は詐欺師だと思っています」
さすがに反論する気力はないんだろう。
がっくりと項垂れてしまったタヴァナー伯爵は、もう抵抗する気力なんて残っていなかった。
「つれていけ」
彼は自分の足で歩いていたけど、補佐官だった信者の方は半ば失神しているのか、ずるずると引きずられて部屋を出て行った。
それを見送るシュタルクの人達の絶望した顔ったら、ちょっと気の毒に思いそうになる程よ。
「ワンズ伯爵、あなたはこれが何か知っているよね?」
でもクリスお兄様は、そんなことはまったく気にしていない。
私が話していたこともちゃんと聞いてはいたみたいだけど、タヴァナー伯爵が持っていた魔道具が気になるみたいで、ひっくり返したり魔石を取り出したりして眺めていた。
「……はい。人間には聞こえない思考力を低下させる音が出るんだそうです。それを使うと、暗示をかけやすくなるんだそうです」
「暗示?」
「思考がまとまらないと相手の言うことを聞いてしまったり、何度も同じことを言われ続けるとそれが正しいと思えてしまったり」
「洗脳のようなものか」
うわ、本当に最悪だわ。
でも宗教では使われる手ではあるわよね。
薬を使って思考力を低下させて、幻聴を神の声だって言っていた宗教があったはず。
「なるほど。殺された衛兵は平民で精霊がいなかった。その装置を使われて思考力が低下していたのなら、船に連れ込むのも殺すのも容易かったわけだ」
お父様の指摘に、異議を唱えられる人などいない。
シュタルクの人達は全員、体を縮こまらせて俯いている。
そこにクリスお兄様が、もっと怖いことを指摘した。
「あ、嫌なことに気付いてしまったよ。もしかしてシプリアン王子はこの魔道具を持っていたんじゃないか? だから、あんな失礼な態度も平気でとれた。まさか精霊が状態異常だと感じて浄化魔法を使うとは思わなかったんだろう」
「ええ?! つまり皇太子殿下にまで、この装置を使ったってことですか? あの時は他の国のお客様もいたんですよ」
「あ、あの」
補佐官のひとりが必死な顔で手をあげた。
「なにかな?」
クリスお兄様が優しい声で返事したから、ほっとしたんだろう。
表情を緩めて話し出した内容がひどかった。
「あくまで噂なんですが、その装置の使い方を熟練した神官が、その装置を使うことによって女性を口説けると話していたそうなんです。ただ誰でもいいわけではなくて、元々魅力のある男性でないとあまり意味がないそうなんですが」
部屋中の視線が私に集まった。
あのくそ王子、まさかとは思うけど、その装置を使って私を口説く気だったんじゃないでしょうね。
「それは貴重な情報だ。あとでもっと詳しく聞かせてくれ。そんなに心配しなくてもきみ達は地下牢に入れたりしないよ? 今後の両国の関係改善のために協力してくれるのなら、こちらも客人としての待遇を約束しよう。父上、よろしいですよね」
「そのあたりはおまえにまかせよう。私は急ぎ皇宮に向かわなくては。あの時、シプリアン王子と同じ船だった者達はまだ地下牢にいますよね。パウエル公爵、改めて取り調べをお願いしますよ」
「もちろんですよ。彼らの取り調べには皇宮からも何人か参加させてください」
「協力するのは当然ですよ。クリス、皇宮から来た方々が休める部屋も用意して、じっくり話の聞ける体制を作るんだぞ」
「おまかせください」
お父様とパウエル公爵とクリスお兄様の会話を聞いている、シュタルクの人達の気持ちってどんな感じなんだろうね。
さっき発言した補佐官は少しでもいい待遇が欲しくて、真っ先に尻尾を振った人だから洗いざらい話してくれるかも。
「ひとりだけはメッセンジャーとして返しましょう」
パウエル公爵はゆっくりとシュタルクの人達を見回した。
「テート子爵、あなただけは解放しましょう。ニコデムスが何を言い出したのか、シプリアン王子が何をしでかしたのか、きっちり伝えてシュタルク側の見解を持って戻ってください。エリサルデ伯爵もその時に身柄を引き渡していただきたい」
「……は、はい」
「今回のニコデムスの教義に関しては、すでにルフタネンにもベジャイアにも知らせてあります。この魔道具についても連絡します。この件に納得の出来る決着がつくまでは、帝国とシュタルクの国交断絶は継続されますのでそのつもりで」
もう反論する気力のある人は誰もいなかった。
王族を皆殺しにしても何も変わっていない。これではすぐに民衆に見放されるだろう。
彼らについて行けば国がよくなると信じた分、反動は大きいんじゃないかな。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
私が口を開くとびくびくするのはやめてよね。
たしかにさっきから、シュタルクにとって悪い情報しか話してないけど。
「王都はもう魔力がほとんど残っていないはずです。照明や水道などの魔道具も動かなくなっているんではないですか」
「それが……ニコデムスと手を切れない理由なんです。山の上に大きな風車をいくつも建設し、それで上空の魔力を集めて魔道具を使う方法を、彼らが教えてくれたんです」
それは魔力じゃない。
風力発電だ。
やっぱりニコデムス教の最初の預言者は転生者だわ。
賢王や私の前に転生者がいてもおかしくない。むしろいないはずがない。
その人が精霊王や精霊の存在を知らなくて、この世界ではすべての生き物に魔力が必要だと知らなかったら?
そして異世界の知識を生かして、この世界を発展させようと思ってしまったら?
良かれと思ってやったことが、自然界の秩序を崩し、精霊王を怒らせてしまったとしたら……。
異世界転生なんて知らないこの世界の人達が、転生者を神の使いだと勘違いしても不思議じゃない。
私でさえ妖精姫なんだもん。
祭り上げられて、間違っていたと言えない立場になってしまったのか、周囲が許さなかったのか。
精霊とはどういうものか解明したくていろんな実験をしてしまったのも、動物実験をする科学者の思考だったのかもしれない。
でもそれを、精霊王が許すわけがないのよ。
なにもわからないわよ。想像よ。
でも結構いい線いっていると思うの。
その失敗があったから、賢王や私にはウィキくんを持たせてくれたんじゃないかな。
まずはこの世界のことを知ってから行動してほしくて。
物々しい警備体制の中、テート子爵を乗せた船が港を出るのを見送って、お父様とパウエル公爵は皇宮に向かった。
クリスお兄様はお父様の留守を守るためと、軟禁状態のシュタルク使節団を取り調べするために、皇宮には行かずに私達と一緒にベリサリオに移動した。
グラスプールにお爺様がいてくれて本当に助かるわ。
お父様やクリスお兄様が港の警備や軍の指揮を任せて、自由に動けるのは大きいわよ。
すでにベリサリオの使者がルフタネンにニコデムスの新しい教義を知らせに行き、そのままカミルとベジャイアまで飛んだそうで、三国で協力体制を作ることになって、外交官が何人もルフタネンに行くことになった。
おかげでベリサリオの城の中も、人が多くて騒がしい。
「カミルもあの教義を知っちゃったんだ」
「ぶち切れてたよ」
みんな大忙しの中、やることがないのは成人していないアランお兄様と私だけだから、少し離れた廊下の壁に並んで寄りかかって、忙しそうにしている人々を眺めた。
お行儀悪いから部屋にはいれと言われそうだけど、何か気付くこともあるかもしれないじゃない。
「ルフタネンとベジャイアと帝国で協力体制を取って、シュタルクごとニコデムス教は滅ぼしてやると言ってた」
「そんなこと、アランお兄様以外に言ってないでしょうね。やばすぎますよ」
「でも三国の協力体制が整えばいつでも攻め込めるよ」
「攻め込むのはベリサリオだけでも出来るでしょう? なんなら私達兄妹だけでも出来ます」
「ディアの方がやばすぎること言ってるよ」
しないわよ。しないけど、そのくらいはシュタルクの首脳陣も考えつくんじゃないの?
バカばっかりなの?
「報告しなくちゃいけない相手がたくさんいるくせに、ディアに会いたいからってついてこようとするカミルがうるさかった」
さっきからシュタルクのせいで気分最悪だったけど、ちょっと気分がよくなったわ。