妖精姫聖女化計画をぶち壊せ 中編
まだディアのターン!(長い)
「あ、あの妖精姫様」
他国の人にまで妖精姫と呼ばれ、更に「様」までつけられるのは本当に慣れない。
妖精って名乗っちゃうなんて恥ずかしいって思う人だって、きっといるはずよ。
私が言い出した名前じゃないんだってことは、はっきりさせておきたいわ。
「アルデルト様と親しくなさっていると聞き及んでいるのですが」
「はあ?」
あ、いけない。
ついご令嬢らしからぬ物騒な声と表情になってしまった。
ワンズ伯爵が驚いて、びくって肩を揺らしていた。
「アルデルト様は王太子になる立場の方で、先日の皇族の誕生日会の時には王族排除計画をご存じだったはずですよね。それなのに第三王子を野放しにしていたんですよ? あの時に彼らが第三王子の動きを見張っていたなら誘拐事件は起こらず、帝国とシュタルクが今ほど険悪な状況にはならなかったのでは?」
険悪というところを、少しだけ強調する。
仲悪いのよ。喧嘩中なの。
「それは……あの時は計画を知られるわけにはいかず、アルデルト様は難しい立場だったからです。それにまさか王族が犯罪を起こすとは思わなかったのです」
「あまり優秀な方ではないのかしら、ねえ」
クリスお兄様の方を向いて同意を求めたら、女性がうっとりしそうな笑顔で頷いた。
「実は僕はアルデルトという人を覚えていないんだ。あの日は大勢の人に会ったし、いろんなことがあった。印象に残らない人なんだろうね」
本当に覚えていないのかどうかはわからないけど、実は私のアルデルトの印象も、顔だけしかいいところのない気持ち悪い人、なのよ。
「そうなんですか? あまり発言なさっていませんでしたし、しかたありませんわ。そういえばワンズ伯爵、アルデルト様はよくわからないこともおっしゃる癖があります?」
「わからないこと……ですか?」
「再会がどうとか……初対面ですのに。どなたかと勘違いなさっていらしたのかしら」
「初対面?!」
本気でびっくりしているみたいね。
いったいあの男、シュタルクで私との関係をどう説明しているのよ。
なんの関わりもないからね。
「で、では友人でもない?」
「はい。いっさい興味がありません。お尋ねしたいことがあるんですけど、話を進めてよろしいでしょうか」
「興味が……ない……」
なんで、そんなこの世の終わりみたいな表情になっているのよ。
後ろに控えている人までいっせいに、険しい表情でタヴァナー伯爵に視線を向けている。
「どうぞ、話を進めてください」
平静を装ってタヴァナー伯爵が答えたけど、声が喉に引っかかって掠れていた。
「今回の王族排除に伴って、他にも責任を取った貴族がいますよね? エリサルデ伯爵はどうなさっているんでしょう?」
「エリサルデ伯爵?」
「彼を御存じなんですか?」
タヴァナー伯爵以外は、私の質問にきょとんとしている。
この場で名前が出るような立場の人ではないのかな。
「あなた方は先日行われた皇族の誕生日の茶会で、どのような話があったのか報告を受けていらっしゃらないの?」
少しいつもより高めの声で、目を見開いて一気に言い切る。
「申し訳ありませんが……」
「エリサルデ伯爵がベジャイアとの国境付近や、少数民族の少女誘拐を企てた首謀者でしょう。私の婚約者のカミルの暗殺未遂も、彼の手の者の仕業とわかっているんですよ」
タヴァナー伯爵の返事なんて聞かずに、どんどん話を進めるわよ。
途中でいちいち言い訳をされるのはめんどうだし、こういう時は畳みかけないと。
「精霊王がカミルを守るために特別な精霊獣を預けているんです。その精霊獣が犯人からしっかりと、誰の指示で行ったのか聞き出したそうですわよ。カミルもルフタネンの精霊王が後ろ盾になっているのは、当然ご存知ですわよね。その彼を殺そうとしたシュタルクは、更に精霊王を怒らせていますよ」
「え? ルフタネンに……そんな人が?」
「ぞ、存じ上げませんでした。申し訳ありません!」
勢い良く頭を下げたために、テート子爵の額がテーブルにぶつかって大きな音を立てた。
ワンズ伯爵は額や首筋にだらだら汗をかいていて、さっきからずっとハンカチで拭いている。
彼らは何も知らされずに、私がきっと協力してくれると言われてきたのかな。かわいそうに。
「私に協力を要請するのでしたら、エリサルデ伯爵を捕まえて来てください。あなた方が国を出た時にはお元気だったようですし、生かしたまま連れて来ていただきたいわ。聞きたいことがたくさんあるのよ」
「は……はい」
すっかりシュタルク勢の私を見る目が変わっていた。
最初は私と家族との関係を伺いつつ、機嫌を取ればいいと思っていたでしょう?
見た目は可愛い少女だもんね。
でも私はもう、おとなしいご令嬢の振りはやめたのよ。
私と直接話をすれば丸め込めると思っている奴らの相手をするのはうんざり。
私を甘く見ているから、家族を侮辱し、カミルを殺そうとするんでしょ?
「新しい方が国王になったんですもの。以前の国王の下で行われた犯罪は、全て白日の下にさらして処罰されるんですよね?」
「パウエル公爵、ルフタネンとベジャイアにも連絡しましょう。彼らもエリサルデ伯爵の取り調べをしたいでしょう」
「そうですね。すぐに手配しましょう」
私達の会話を聞いて、ワンズ伯爵は倒れそうになっている。
お父様とパウエル公爵が動いたら、すぐに近隣諸国にこの話は伝わるから、これでエリサルデ伯爵が死んだなんて話になったら、新国王の才覚が疑われるわよ。
「それで、私へのお話はこれだけですか?」
「……私は……はい」
ワンズ伯爵はもう落ち着きなく目が泳いでいて、この面会を早く終わらせたいと思っているのが丸わかりだ。
彼からまた視線を向けられたタヴァナー伯爵も、眉間の皴を深くして口をきつくへの字に結んで頷いた。
「本当にこれで終わりですか?」
「え?」
「なに……か、まだありましたか?」
こいつら、本当に知らないのか嘘をついているのかどっちよ。
「私、先程まで瑠璃と会っていましたの。それで実は、あなた方と会う前からニコデムスが教義を変更していたことは聞いておりましたのよ」
がたんと大きな音がしてタヴァナー伯爵が立ち上がった。
「どうしました? 座っていてください」
お父様に注意されても伯爵は座らず、後ろに下がろうとして椅子に躓いた。
「タヴァナー伯爵?」
怪訝な顔をしているところから見て、ワンズ伯爵とテート子爵は知らないのかしら。
後ろにいる補佐官も注意しないと。
「私が聞いた話と、あなた方の説明が違うのはどうしてなんでしょう?」
タヴァナー伯爵に視線を向けたまま優しーい声で言うと、先程までの仏頂面が嘘のように一気に顔から血の気が引いて白くなっている。
「こちらが瑠璃様から聞いた新しい教義だそうです。精霊王様達はずっと、ニコデムスの動向を注視していたそうです。ディアを教義に組み込むなんて馬鹿なことをしてばれないわけがないですよね」
クリスお兄様がテーブルの上にばさりと置いた紙を、ワンズ伯爵は恐る恐る受け取り、読み進めるうちにわなわなと震え出した。
「これはどういうことだ! こんな話は聞いていないぞ!」
怒鳴りつけた相手は、タヴァナー伯爵だ。
もうね、彼がニコデムス信者だってバレバレでしょう。
「な……なんてことを」
テート子爵なんて半泣きよ。
生きて帰れないと思っていそう。
「ん?」
ふわんと水色の淡い光が、視界の隅に見えた。
さっきからたまにリヴァが魔法を使っていたのよね。
「リヴァ、なぜ定期的に浄化の魔法を使っているの?」
『ここは精霊獣がたくさんいるから平気だが、それでもあの音は気になる』
「音?」
『あの男の懐から嫌な音がする。人間には聞こえない音だ』
リヴァが示したのはタヴァナー伯爵だ。
「タヴァナー伯爵、持っているものを出してください」
言いながらクリスお兄様が精霊獣を小型化して顕現すると、他の人達もお兄様に倣って精霊獣をどんどん顕現していく。
精霊さえいないシュタルク側からしたら脅威よね。
ただ小型化しているからビジュアル的には可愛くて、ほんわか癒し空間になっているけど。
「なにをおっしゃっているか……」
「彼を拘束して持ち物を検めろ」
お父様の指示で、いっせいに騎士達が動いた。
連絡を受けて外からも騎士が駆け付け、三人がかりで押さえつけられては、さすがにタヴァナー伯爵も逃げられなくて、あっという間の出来事だったわよ。
「これは……」
「聞いていましたか?」
「いいえ! 知らされていません」
使節団のひとりを力づくで拘束されたというのに、他のシュタルクの人達は順番にクリスお兄様の渡した紙に目を通す方に集中している。
読み終わった人は帝国に文句を言う気力もないようで、おとなしく椅子に座っていた。
「腕輪を持っていました」
騎士のひとりが、テーブルの上にニコデムス教徒の持つ腕輪を置いた。
「なんで持ってくるのかな? そんなにベリサリオは馬鹿だと思われてるの? それともきみが馬鹿なの?」
もうクリスお兄様は敬語なんてやめちゃって腕と足を組んで冷ややかな顔で、床に押さえつけられたタヴァナー伯爵を見下ろしている。
よくわからないけど、たぶんそれが信仰心ってやつなんじゃないかな。
信仰を表す物を、ずっと持っていたいんでしょう。
「それと、このような妙なものを持っていました」
騎士がテーブルに置いたのは、カード入れくらいの大きさの箱だ。
この世界のカード入れは名刺入れじゃないわよ。
夜会で気になる人がいた時や、お友達にメッセージを送るために、誰でも小さなカードを持っているの。成人すると自分用に作ってもらうものなのよ。
「伯爵! なんでそんなものを!!」
ワンズ伯爵が悲鳴のような声で叫んだ時に、再びリヴァが魔法を使った。
ジンもクリスお兄様の精霊獣もだ。
「ニコデムスは毒を使って自害するって、ここにいる人はみんな知っているのよ」
奥歯にでも毒を仕込んでいたんだろうけど、それは予想済み。
リヴァに、注意するように前もって頼んでいたの。
「く、くそ」
魔法の光の中でタヴァナー伯爵は恨めし気に私を見上げた。
「何も話さないまま、楽に死なせてあげるわけないでしょう? ねえ、ワンズ伯爵」
「ひぃ」
微笑んであげたのに、失神しそうな顔で悲鳴をあげないでよ。
「皆さん先程、私がニコデムス教徒は入国禁止だと話した時に、何もおっしゃいませんでしたよね? ここにニコデムス教徒がいるのに。つまり、皆さん共犯ですよね?」
どう答えるのが一番被害が少ないのか、これ以上帝国側を怒らせないので済むのか、たぶん必死に考えているんだろう。
それとももうパニックで、何も考えられないのかも。
「ワンズ伯爵、妖精姫の問いにお答えいただけますかな。あなた方が急に妖精姫を呼びつけたので、わたくしとクリスは会議を取りやめてここにいるのです。これ以上無駄な時間を使わせないでいただきたい」
さすがパウエル公爵。 怒っていても品がいい!
「教義の話をするので……詳しい者がいた方がいいだろうという話になりまして」
「それを決めるのは我々でしょう。なぜ勝手に自分達で決めるんですか。あなた方は国同士の取り決めをそんな簡単に破るんですか?」
「も、申し訳ありません」
謝罪されても意味がないわ。
ここまで何度もコケにしておいて、謝ったら許してもらえるなんて甘い考えは捨ててちょうだい。




