閑話 滅びの先にある夢
シュタルク側の話です。
シュタルク王宮の謁見室のひとつに、この国の首脳陣が集まっていた。
とはいっても、舞踏会が開けそうなほど広い部屋の玉座の周囲に、豪華な服装の男が十人程集まっているだけだ。補佐官も警護の兵士さえも国王を守る近衛がいるだけで、全て人払いされていた。
四層分ほどの高さにある天井には、魔道具で光る色ガラスが使われている。これは帝国にもない技術だ。王宮のあちらこちらに使われている金銀や宝石をちりばめた色ガラスが日を反射して輝く豪華さと美しさは、世界一だと言われている。
玉座は成人男性の肩ほどの高さにある舞台の上にあり、左右の階段には槍を持った近衛騎士がふたりずつ待機している。
巨大な玉座に座り、臣下を見下ろしている端正な顔の四十代の男性が、元バルテリンク公爵。現在のシュタルク国王だ。
「テート子爵。そなたはタヴァナー伯爵がニコデムス教徒だと知っていたのか?」
玉座の正面に膝をつき項垂れているのは、帝国へ向かった使者の中で唯一帰ってきたテート子爵だ。
彼の報告と帝国からの書状で何があったのかを知った首脳陣は、険しい顔で黙り込んでいる。
「はい。外務大臣にお聞きしていました」
テート子爵の返答を聞いて、今度はその場にいた全員の注目が外務大臣に集まる。彼はわざとらしく咳をして、一歩前に歩み出た。
「致し方ありますまい。王宮に勤める高位貴族の三分の二はニコデムス教徒なのですよ。それにニコデムス教について説明出来なくては困るでしょう」
「わからないと答えればいいだろう。帝国はニコデムス教徒を入国禁止にしているのだから、答えが欲しいのなら質問状でも寄越せばいいと言えばいい」
「ですから、まともに外交の出来る者のほとんどがニコデムス教徒なのです。今回も無理にニコデムス教徒以外の中から使者を選ぼうとして、質問に馬鹿正直に答えることしか出来ないメンバーが集まったのではないですか? どうせ、何か聞かれるたびにタヴァナー伯爵を頼ったのでしょう」
気まずげに視線をそらして俯くテート子爵の様子を見れば、外務大臣の指摘は図星だと誰でも想像がつく。
「たぶんこうなるだろうと思いましたよ。帝国に使者を送るのは時期尚早だとお話したじゃないですか」
玉座の置かれた舞台のすぐ下に立っていたアルデルトは、うんざりとした様子で髪をかきあげた。
この場に黒髪は彼しかいない。
複雑に様々な血の混ざっている彼は、それでも父親である国王によく似ていた。
「どうせ、あの土地の魔力を増やさないと何も出来ないと言われてきたんでしょう?」
「は、はい。何か月もかけて魔力を増やして、その後に苗木を植えて、何年もかけて森を作らなくては精霊王は許さないと言われました」
「何年もだと?!」
「それまで、我が領地では何も作物が作れないということか?!」
「領民が飢えてしまいます!」
騒いでいるのは王都に隣接する領地を持つ貴族達だ。
建国当初から何世代にも渡りシュタルク王家に忠誠を誓ってきた彼らも、今回、王家に反旗を翻したことになる。
代々広大な領地を治めてきた彼らは、領地経営は臣下に任せて放置してきた。土地が広ければ作物も多く獲れる。税金も多く集まる。何世代にも渡りそうして生活してきたので、自分の代でも同じことをしただけだ。
それなのに精霊王のせいで領地は荒れ、税が集まらず、今までと同じ生活が難しくなってしまった。
全て精霊王のせいだと彼らは思っている。
「作物を育てる必要などないでしょう。そんなことは田舎貴族に任せればいい。加工すれば食品を持ち込んでも問題ないのですし、新しい事業を起こせばいいんですよ」
「新しい事業というのは、平民相手のみすぼらしい服のことですか? 同じ布を使った同じ形の服を大量に作っているそうじゃないですか」
「そうですよ。彼らは母親が手作りした服を、兄弟全部で順番に着るんです。自分で布と糸を買うより安く、手作りよりも出来のいい服が売っていれば買いますよ。いろんな町で売るんですから、同じ布の服を着ている人に会う機会などそうはありませんし、会っても気にしませんよ」
馬鹿にしたように冷ややかな顔で説明するアルデルトの話を、何人かは真剣な顔で聞いている。それが気に入らないのか、年配の侯爵は眉間にしわを寄せ、鼻で笑ってみせた。
「はっ。手作りより安くですと? それじゃ儲からないじゃないですか」
「そう思うのなら、黙って見ていればいいじゃないですか。もう三か月もすれば答えは出ます。私の事業が失敗するのを見届ければよろしいでしょう?」
「アルデルト、そのぐらいにしておけ」
国王に止められ、アルデルトも侯爵も恭しく頭を下げた。
ただしふたりとも、床面を見下ろしながら不服そうな顔をしているのは誰もが気付いているし、本人達も隠す気がない。
「帝国に話を聞けと騒いでいた者達は、こうして答えが出たのだから、今後は文句を言わずに従ってもらいたいものだ」
玉座で足を組み、肘掛けにもたれかかった国王はうんざりした口調だ。
「魔力が必要? 簡単な話ではないか。魔力を放出するのなど平民にやらせればいいのだ。精霊のいる辺境伯領にでも平民を派遣して、出稼ぎをさせながら魔力を増やし、月に一度、王都に戻して放出させればいいだろう」
「そ、それは素晴らしい考えですな」
「なるほど。人が動けば宿泊する場所、食事する場所、旅をする道具。様々なものが必要になります。我が領地は辺境伯領への拠点にできる」
「平民にそんな金があるわけないでしょう」
「旅をさせる資金はどうするのです?」
「国家事業にすればいい。前王の残した財産を使おうではないか」
「おおお」
「素晴らしい。さすがバルテリンク新国王陛下」
自分達は金を出さずに済むと聞いた途端、貴族達が仰々しい誉め言葉を並び立てるのを聞きながら、アルデルトは対になるように玉座の傍に立っていたローブ姿の男に目配せを送った。
深々とローブを被り口元を黒い布で覆い、首に様々な石を繋げた首飾りをぶら下げている彼が、ニコデムス教シュタルク王国支部大神官のパニアグアだ。
「陛下、教義について説明させていただいてもよろしいでしょうか」
重々しい低い声が、がらんと広い空間に響いた。
顔の下半分をいつも隠しているため、パニアグアがどのような顔をしているのか知っている人物はごく僅かだ。年齢も不祥。ローブのせいで体格もわからない。薄い灰色の瞳と目尻に皴のある大きな目だけが彼を表す全てだ。
「かまわん」
「ワンド伯爵が聞いていた教義と妖精姫が話した教義。どちらが本物かと聞かれれば、どちらも偽物です。ニコデムス教は教義を変更してなどいません」
ざわめく声は無視して、パニアグアは淡々と話を続けた。
「人間が最も優れた生き物であるというのがニコデムス教の教えですが、人間にも二種類いるのです。統治する側とされる側です。ニコデムス教は統治する側の宗教であり、肉体労働をする平民は精霊と生きればいいのです。そうして作物を育て、漁をし、狩りをし、我々に供給する。それが平民と精霊の役割です。土地を耕す必要のない貴族に、精霊など必要ありません」
「確かに。食糧さえ手にはいるのなら、精霊など邪魔なだけです」
「ではなぜ、あのような教義を発表したのですか」
「平民を安心させるためですよ。そして妖精姫が話していたのは、ニコデムス教徒以外の貴族用の教義です。精霊王を敵に回すのですから、我々は賢くしたたかに戦わなくてはいけないのですよ」
この場にいる者は国王とアルデルト以外、ニコデムス教徒だ。
政教分離を建前にしているため、諸外国との外交のため、王家はニコデムス教徒にはならないと説明していた。
「私は妖精姫は預言者だと思っています。ペンデルスに現れ、人々に多くの知識を与えた預言者と同じ人間の導き手だというのに、精霊王に操られてしまっているのです。人間に干渉しないという決まりがありながら、親しい人間だけを助け、それ以外は見捨てる。精霊王というのは、そういう自分勝手な気分屋なんです」
「し、しかし、精霊王は妖精姫の後ろ盾になっていますので、彼女のためには動くのでは?」
跪いたままで話を聞いたテート子爵だけは、妖精姫が操られているとは思えなかった。
あの幼い少女の怖さを知っているのは、この場で自分だけだが、実際に会っていない者にそれを説明するのは無理がある。
「逆ですよ」
「逆?」
「人間に干渉するために妖精姫の後ろ盾になったのです。ルフタネンの精霊王達も同じです。人間に干渉するためにカミルという少年の後ろ盾になった。他の国の精霊王も帝国に集まったそうじゃないですか。今後精霊王達は、精霊と精霊王の後ろ盾を持つふたりを使って、人間を支配しようするでしょう。彼らにとっては、人間は精霊に魔力を供給する餌なんですから」
同じ事象も立ち位置によって、こんなにも見え方が変わる。
何度も助けを求めても帝国に無視され、精霊王に見捨てられているシュタルクの貴族のほとんどが、帝国と精霊に恨みを持っているから、余計にパニアグアの言葉は説得力があった。
「だから我々も、上手く精霊を利用すればいいのですよ。平民を使って魔力を増やし、精霊を増やせばいい。ニコデムス教徒は精霊を持てない? 魔力を与えなくてはいけない生き物を育てる気になりますか? 魔力は風車で作れるのです。我々に精霊は必要ありません」
「ふむ。そうなると残る問題は、エリサルデ伯爵の身柄を渡せと言っている件か。……渡せばいいのではないか?」
呆気なく国王が言うのを聞いて、貴族達の何人かが血相を変えた。
「そのようなこと、アルデルト様も困るのではないですか?」
「そうですよ。ルフタネンの公爵の殺害未遂がどうのという話は」
「まさか、私を疑っているのですか?」
アルデルトは、わざとらしく目を見開いて驚いてみせた。
「それも前王の王子の誰かの仕業でしょう。なんなら帝国に引き渡す前に、こちらでも取り調べをしてみてはいかがでしょう。急いで妖精姫の元に使者を送った方々は、精霊王と仲良くなさりたいのでしょう? 精霊を持つ女性を誘拐した貴族の名前を、はっきりさせることも必要じゃありませんか?」
つい先程、アルデルトが殺害未遂に関係していると疑ったふたりは、顔色を変え、味方を探すかのように周囲を見回した。
だが誰も彼も視線を合わせようとはせず、彼らの傍を離れていく。
「そうか。きみ達か」
「い、いやしかし、どうしようもなく!」
「他にもいるでしょう!」
国王にまで言われ、どうにか弁明しようとしても言葉が見つからない。
「もちろん知っている。そんなことすら調べもせず、この面倒な時期に玉座に就くと思うか? 総務大臣は解任する。きみ達ふたりも息子に爵位を譲れ」
「な、なんですと。我々は今回、中心となり兵も出し戦ったメンバーですぞ!」
「切り捨てるおつもりか!」
「まあ、待て」
血相を変える法務大臣や貴族達とは違い、国王は笑みさえ浮かべている。
全てわかっているぞと言いたげなその表情を見て、文句を言っていた貴族達も黙り込んだ。
「この件に関して何もしないわけにはいかんだろう? 今は領地を立て直す時間も必要なはず。ひとまず、表舞台からは降りて時を待て。精霊が戻れば、皆も誘拐の話など忘れる。その時にはまた、王宮に居場所を作ろうではないか」
「帝国はすでに精霊王から、誘拐した貴族の名前を聞いているかもしれません。下手に表舞台に留まると、今度はあなた方が命を狙われる危険もあるのでは?」
アルデルトの言葉が念押しになり、彼らも従うしかないと諦めたようだ。
精霊王を怒らせた者達がルフタネンで砂に変えられたばかりだ。彼らはニコデムス教徒でもあるため、更に立場が悪いのだ。
話し合いが終わり、アルデルトはひとり王宮の廊下を自室目指して歩いた。
風車で作れる魔力には限度があるため、光る色ガラスのない廊下や部屋は、昼間でも薄暗い。
窓のある場所だけ、眩しいくらいにくっきりと光が差し込み、それが余計に周囲の暗さを際立たせているようだ。
「おかえりなさいませ」
部屋でアルデルトを出迎えたのは、筆頭補佐官のイグレシアだ。
「まったく無駄な時間を過ごした。もうこの国にまともな人材はいないようだ」
「計画通りではありませんか」
上着を預け、ソファーに腰を下ろした時、奥の壁からノックの音が聞こえ、一部が開いてパニアグアが姿を現した。
「来たか、大神官。こんなに早く教義が帝国にばれるとはな。何もかも予定より早く進んでいないか?」
「我が王よ」
アルデルトの前で跪いたパニアグアは、恭しく頭を下げた。
「この国を乗っ取る準備は確実に進んでおります。問題ありません。……ただ、妖精姫に関しては精霊王共が何かと邪魔をするせいで、計画を練り直す必要があるでしょう」
「それはもうこちらでやる。イグレシア、帝国に潜入させた者達は上手くやっているんだろうな」
「はい。それで、おもしろいお知らせがございます」
イグレシアはソファーに腰を下ろしたアルデルトに好みのお茶を差し出すため、身を屈めたまま微笑んだ。
「妖精姫はたいそう友人を大切にしているそうで、何か問題があると自ら進んで解決するために動くんだそうです」
「ほお」
テーブルのセッティングが終わり、イグレシアはソファーの横に移動した。
パニアグア大神官は放置したまま、飲み物も用意しない。
それでもアルデルトもパニアグアも何も言わなかった。
「友人の中には、微妙な立場の者もおりまして」
「微妙?」
「父親のせいで皇太子婚約者候補になれず、妖精姫と北島の公爵が婚約する話が出たせいで縁談も流れ、両親は離縁寸前。父親の愛人はしたたかな女で、家を乗っ取ろうとしているそうです」
「誰だ」
「ヨハネス侯爵長女カーラです」
「おもしろい。その愛人も使えそうだな」
「友人に裏切られ、荒れ果てた大地に立てば、妖精姫も目を覚ますでしょう。砂漠化や荒れ地化で、この世界を壊しているのは精霊王共なのですから」
跪いたままパニアグアは歌うように抑揚をつけて話し出した。
「精霊王に愛された妖精姫が、正統なるペンデルスの王子と結ばれた時、ようやく我が民族の恨みは晴らされるのです」
「妖精姫は気の強い少女だ。心を折らなくては従順にはならないだろう。カーラか。友人に裏切られた彼女がどうするか楽しみだ」
うっとりと恋しい相手を思い浮かべるように遠くを見つめながら、アルデルトは甘い声で囁いた。
ディアがいないとシリアス……。




