第2回 東京裁判は本当に刑事裁判だったのか
第2回 東京裁判は本当に刑事裁判だったのか
前回、
私はA級戦犯という概念に違和感があると書いた。
特に引っかかったのは、
「平和に対する罪」という抽象性だ。
今回は、
もう少し踏み込んで、
東京裁判そのものについて考えてみたい。
私は法律家ではない。
だから専門的な議論をしたいわけではない。
ただ、
普通に考えて、
どうしても疑問が残る部分がある。
それは、
「本当に刑事裁判として成立していたのか」
という点だ。
近代刑法というのは、
基本的に、
「何をしたら犯罪なのか」
が事前に決まっている。
そして、
刑罰も決まっている。
例えば殺人なら、
刑法の条文があり、
罰則も存在する。
だが、
A級戦犯の場合、
どうもそこが曖昧に見える。
当時、
日本が違反したとされる代表的なものに、
不戦条約がある。
簡単に言えば、
「戦争を外交手段として使うのをやめましょう」
という国際的な約束だ。
理念としては理解できる。
だが、
そこには、
通常の刑法のような刑罰規定が見当たらない。
「違反した国家指導者は死刑」
などとは書かれていない。
つまり、
ルールではある。
しかし、
刑法とは少し違う。
私にはどうしても、
「喧嘩はやめましょう」
という国家間ルールに近く見える。
もちろん、
だから破っていい、
という話ではない。
だが、
ルール違反と、
死刑を含む刑事責任の間には、
かなり大きな距離があるように感じる。
さらに気になるのは、
裁判そのものが戦後に作られた点だ。
戦争が終わる。
連合国が裁判所を設置する。
そこで新しい法理を適用する。
どうしても、
「後からルールを作っている」ように見えてしまう。
もちろん、
当時の世界が、
巨大戦争の衝撃の中にあったことは分かる。
実際、
第一次世界大戦後、
十分な責任追及ができなかった結果、
第二次世界大戦へ進んだ、
という考え方も存在した。
だから連合国側には、
「今度こそ責任を明確にしなければならない」
という意識があったのだと思う。
それでもなお、
私は、
法としての危うさを感じる。
もし、
後からルールを拡張できるなら、
権力を持つ側はいくらでも罪を作れてしまう。
これはかなり危険だ。
もちろん、
東京裁判を単純な復讐劇だと言いたいわけではない。
戦後秩序を作ろうとした面も、
確かにあったのだと思う。
だが同時に、
政治性が強く混ざっていたことも否定しにくい。
実際、
戦勝国側の行為は裁かれていない。
東京大空襲や原爆について、
連合国指導者が裁判にかけられたわけではない。
すると、
どうしても、
「勝者が敗者を裁いた」
という構図に見えてしまう。
さらに戦後、
冷戦が始まる。
すると今度は、
日本を反共の拠点として立て直す必要が出てきた。
その結果、
A級戦犯容疑で拘束された人物の一部が、
後に政界へ復帰していく。
岸信介元首相などは、
その代表例だろう。
もし絶対的な悪として断罪されたのなら、
なぜ後に復帰できたのか。
ここにも、
政治と裁判の距離の近さを感じる。
私は、
戦争責任を考えること自体は必要だと思っている。
巨大戦争が起き、
何千万人も死んだ。
「誰にも責任はない」
で済ませていいとは思わない。
ただ、
それを刑事裁判として扱うなら、
法の明確さは非常に重要だ。
感情や正義感だけで、
人を裁くべきではない。
特に国家同士の戦争のような巨大問題なら、
なおさらだ。
だから私は今でも、
東京裁判について考えると、
「これは本当に通常の刑事裁判だったのだろうか」
という疑問が残るのである。




