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これまでも、これからも【ユルファシア視点】 1

「話にならぬ……」


 他の精霊王の方々との不毛な話し合いの後、わたくしとふたりきりになるとアンドロアーズはやるせないように吐き捨てました。

 わたくしとアンドロアーズの関係は特殊です。公的には精霊王である彼女はわたくしよりも遥かに上位存在ですので、立場の誤解がないようにわたくしは余人の前では彼女に対して敬って接します。

 しかし、こうしてふたりきりになるとわたくしは昔のようにアンドロアーズを呼び捨てにしていますし、それはアンドロアーズの望みでもあります。私的な場では、わたくしとアンドロアーズはあくまでも対等なのです。

 それでも、それはやはりわたくしとアンドロアーズとの私的な関係でしかなく、公の場ではもちろん違います。精霊王同士の話し合いに、一介の使徒精霊でしかないわたくしが口を挟む余地などありません。ですので、わたくしは傍で見ていただけですが、それでも全くもって平行線の議論に徒労感が募ったくらいですから、実際に話し合っていたアンドロアーズの気持ちはわたくし以上でしょう。

 オレリーさんとの話し合いの場では立場の違いを示すためにもわたくしは小さな姿で顕現しましたが、実際のところ精霊の大きさは一定ではありません。そして今は対等に話すために、アンドロアーズと私は同じ大きさで向かい合っています。


 そして、アンドロアーズの焦燥には理由がありました。

 オレリーさんとの話し合いの後、彼女に完全に信頼を置いたアンドロアーズは、他の精霊王の方々にオレリーさんの実情を話せる限り話したのです。彼女との人霊契約により、話せることには限りがあります。ですが、あの時の話し合い合意した範囲でアンドロアーズはオレリーさんの身に起きたことを話して、やたらと敵視するのは得策ではないと説得を試みたのです。

 実際にオレリーさんに害意がない以上、無闇にいがみ合うのはとても良い方策とはいえません。

 オレリーさんと接触する前から、アンドロアーズ様はオレリーさんの身に起きたことをある程度他の精霊王と共有していましたから、突然話さなくなるのもおかしなことでもあります。オレリーさんに異世界の魂が入り混じって変質したことは精霊王の間で共有されているのです。

 そうして、今回アンドロアーズが話したのは、オレリーさんの前回の時間軸での暴走が元々欠けた魂によるものだったことと、今のオレリーさんは安定しているし信頼できると判断したということでした。

 ……本当は、もっと情報を共有できた方が説得できる材料も増やせるのですが、それでも説得ができなかった場合、オレリーさんの持ち駒を潜在的に敵対する相手に開示することになります。オレリーさんがそれを嫌って人霊契約で縛ったのもやむを得ない判断でしょう。

 それに、一部の方々はもう考えが凝り固まっているようでしたから、どんなに情報を追加しても考え直すつもりはないようにも見受けられました。

 実のところ、「時間を巻き戻す前のオレリー・クラメール」という存在を、わたくしはアンドロアーズに教えてもらった範囲でしか知りませんから、実際にそれを見てきた精霊王の方々とはまた感じ方が違うのもあるのかもしれませんが……。わたくしが目にしたオレリーさんは、統治する地の村民のために、危険を顧みず人命救助するような人物でしたから。

 ええ、一介の使徒精霊でしかいわたくしは巻き戻り前のことを感知し得る立場ではありません。時間を巻き戻らせると決めたのは、精霊王の方々です。その精霊王の方々と、巻き戻りの起点として設定されたカトリーヌさん以外、以前の記憶を知る方はいないはずです。

 とはいえ、オレリーさんにも事情があったのは傍で見ていた私にも分かるものですのに、あの方々はそういった事情を加味するつもりはないようでした。いえ、十把一絡げにするのは無理がありますね。ミルドガーナ様は多少同情的であったようです。

 この問題で厄介なのが、オレリーさんが完全に別人格になったわけではないということです。異世界の魂がオレリーさんの肉体を乗っ取ったような形であれば、一考の余地があると考えられたかもしれませんが……。オレリーさんがオレリーさんであることは変わらない以上、信頼できるとはとても思えないというのが大方の意見のようでした。

 オレリーさんを擁護するのがアンドロアーズであるというのも、また問題を厄介にしている原因のひとつではありますが。

 オレリーさんに特に辛辣な過激派は、光の精霊王ライジークス様と火の精霊王ファンティアナ様ですが、彼らは同時にアンドロアーズとの折り合いが特に悪い方々でもあります。厳密にいうのなら、アンドロアーズとの折り合いが悪いというよりも、いまだに闇の精霊に対する隔意が強いと言った方が正確なのでしょうが。

 オレリーさんとの話し合いでアンドロアーズが言及したように、闇の精霊関連での陰惨な事件は他の精霊と比べると多いのです。そういった経験から、闇の精霊に思うところがある者は、精霊にもいるのです。

 実際、アンドロアーズに出会う前のわたくし自身も闇の精霊を恐れる気持ちはありましたから、気持ちは分からなくもないところもあります。それでも長きにわたり同輩として過ごしているのですから、アンドロアーズの有り様をきちんと見てくださっても良いのに、と思わずにはいられません。

 神殿の平穏のために力を尽くしているのに、それでも闇の精霊だからと隔意を抱かれるアンドロアーズはつくづく損な立場です。それでも、守りたいものを守るためならば、彼女は骨身を惜しまないのでしょう。

 それが、1000年以上前からの彼女の変わらない本質ですから。立場が変わっても、お互いの関係が変わっても、それだけは出会った時からずっと変わりません。

 そう、わたくしはアンドロアーズと出会った当時を思い出します。





 精霊というものは、人の子のように親から生まれるものではなく、自然に漂い生まれ出づるものです。

 わたくしも例外ではなく、気づくとこの世界に有り、世界を眺めていました。

 どれだけそうしていたでしょう。私の目に留まったのは、僻地に流れ着いた人々でした。彼らは、闘争に敗れ、辺境に流れ着いた民のようでした。

 その地は険しい自然に囲まれ、天険の地とも言えるその場所は逃亡してきた彼らにとっては天然の要塞でもあったようですが、暮らすには厳しい地であったのも事実でした。

 険しい地形で必死に地を耕しても、枯れた地がもたらす実りは乏しいもの。それでも、彼らはそのような地で生きなければならない理由があったのです。

 険しい環境の中、懸命に生きる彼らの力になりたいとわたくしは強く思ったのです。

 わたくしが彼らに加護を与えたのはそのような理由でした。

 精霊はその属性によってそれぞれ異なる加護を与えることができます。そして、わたくしたち土の精霊は豊穣と安定を加護として与えることができます。わたくしたち土の精霊が与えることのできる加護やスキルは戦い向きではなく、戦闘力という点では最弱であるとも言われていますが、同時に豊かさに関わる加護やスキルは最も多いのです。

 そして、わたくしが加護を与えたことに、その地の民たちは喜んでくれました。彼らはわたくしのために精一杯の祠を作って祀り、信仰してくれました。わたくしも彼らを見守り、彼らが少しでも幸福に生きれるように尽くしていました。

 以前よりも豊かになった大地で、彼らが幸せに生きるのを見守ることが、わたくしの喜びでした。


 しかし、永遠にうまくいくことなど世の中にはありませんでした。

 彼らにとって過酷でもあった地はその険しさゆえ天険の地であったとはいえ、それでも攻め入る方法が全くないわけではありませんでした。過去には侵攻の難しさに対して、それで得られるのが実りの乏しい貧しい土地では割に合わないという判断をした部族も多かったのでしょう。

 だけれど、わたくしが加護を与えることで、民たちは豊かになりました。それが結果的に侵攻の価値を生んだのだとしたら、とてつもない皮肉です。あるいは、それを予知できなかったわたくしの落ち度でもあったのかもしれません。

 わたくしはただ、乏しい実りに嘆き、飢える彼らに豊かさを与えたかっただけです。——そう言うことは、容易いのでしょう。だけれど、結果的にそれが彼らを苦しめることになったのかもしれないと思うと、わたくしの心は千々に乱れていました。

 わたくしの民たちは、それでもわたくしを恨んだりはしませんでした。むしろ、自分たちの去就よりもわたくしの身を案じてひたすら話し合いを重ねていました。

 わたくしたちに目をつけたのは、火の精霊を祀る民でした。

 ……あくまで「そうであることが多い」といった程度の傾向ですが、精霊は属性ごとに性格の傾向があると言われています。例えば、わたくしのような土の精霊は良く言えば温厚で平和主義、悪く言えば事なかれ主義で決断力に欠けるとも言われています。一方、火の精霊は勇敢で向上心がある一方、乱暴で攻撃的だとも言われています。

 こうした傾向というのは、人で言う国民性とか地域性とかいったものに近く、例外も多いのですが、それでもやはり地域性とかいったものよりも確かであるようにわたくしには思えます。もちろん、時折驚くほど当てはまらない者もいるのですが。そうですね、アンドロアーズもあまり当てはまらないところが多い精霊だと思います。

 それでも、様々な精霊の加護を受けた民がいた当時、火の精霊を祀った民が最も侵略や侵攻を行っていたのは事実です。

 神殿が設立されるよりも以前は、人と精霊との信仰と加護の関係において、精霊は強権を駆使することが少なくはありませんでした。今の感覚で言うと、精霊が人の政や争いに介入するというとおかしな感覚を抱く人が多いと思います。しかし、それは当時けして珍しいことではありませんでした。

 ただでさえ、分かり合えず、利害が対立し、争いが絶えないのが人の世です。それに加えて精霊の思惑や利害も絡むのですから、当時争いが絶えなかったのも無理はないことでした。現在の神殿の教えは虚偽や欺瞞も多いのですが、神殿設立前の人々が精霊に惑わされ争い合っていたとする根拠は、それなりにあるのです。

 精霊は、より多くに深く信仰されればされるほど、より強大な力を得ることができます。人の子の祈りの量が、そのまま精霊の力になると考えてもらえば分かりやすいでしょう。

 わたくしは、わたくしを必要としてくれる民の信仰で十分だと思っていました。平和で穏やかに民が暮らしていくのを見るのがわたくしの喜びでした。しかしこれは、非常に土の精霊らしい感性でもあったのでしょう。

 精霊の中には、もっと強大な力を求めて民に侵攻を指示する者も、あるいは自らの民により豊かな加護を与えるために他の精霊を従属させることを使命と考える者もいました。

 人が祀ることのできる精霊が一柱だけだと決まっているわけではありません。むしろ、合同祭祀は当時からけして珍しくはありませんでした。より多くの属性の精霊を祀ればより多くの加護を得られます。また、得られるスキルの種類も多くなります。

 そうですね。例えば、オレリーさんは闇属性の強奪スキルを持った少女です。こういった個々人の取得可能スキルというのは、それぞれの適正であり、我々精霊であっても変更できるものではありません。ただ、器の育ち具合によって、同じ属性であっても取得時期によって得られるスキルの強弱が変わる場合もありますが……。

 とにかく、この闇属性を持ったオレリーさんが闇属性のスキルを得られたのは、彼女の信仰がモルメット教であり、モルメット教では闇の精霊を祀っていたからです。これが例えば、オレリーさんが風の精霊しか祀っていない民として生まれてきたなら、オレリーさんは「スキルなし」という結果になったはずです。

 優れた適性があっても、同じ属性の精霊の加護がなければスキルを取得できない。そうであれば、多くの属性の精霊を祀った方が有利であるというのは誰しもが考えつくことでしょう。どんなに優れた才能があっても、その属性の精霊を祀っていなかったらそのスキルを得られないのですから。

 そういう意味でも、土の精霊を祀る民は狙われやすかったのです。豊かさを保証する加護を持ちながら、防衛のための力をあまり持たない。侵攻に容易く、そして征服すれば豊穣が約束される。勝利した民の精霊を上位に置き、敗北した民の精霊を下位に置いて従わせる。そうしたことも、当時けして珍しくはありませんでした。

 争いごとに不向きな土の精霊とは対照的に、攻撃的なスキルも多く闘争に最も向いていると言われているのが火の精霊です。火の精霊を祀る民たちが、他の精霊を祀る民を征服しながら、加護の量を増やしていく……というのは当時けして珍しいことではありませんでした。

 隷属する地域を増やしながらより多くの加護を得て豊かになっていく人も、より多くから信仰されて力を増しながら他の精霊よりも上位に立つ精霊にとっても、征服戦争の利害は一致するのです。

 わたくしたちが目をつけられたのも、とどのつまりそういうことでした。

 より問題を困難にしているのが、わたくしたちに目をつけた火の民が、被征服民の扱いにおいても、隷属した精霊に対しても苛烈な扱いである部族であるところでした。過去に征服された民は税を課された上に徴兵の義務を課されていました。そしてまた、従わせた精霊の中でも厳密なヒエラルキーを作っていました。

 特に、彼らが祀る火の精霊は闘争に重きを置き、弱き者を心から軽蔑するような性格であったようです。それゆえに、各精霊の中でも最も闘争に不向きとされる土の精霊は、精霊の中でも最も卑賤であるというのが彼らの教義であるようでした。

 わたくしの民たちはそれが最も我慢ならなかったようです。

『今まで我々を守護して下さったユルファシア様にそのような屈辱を与えるわけにはいかない』と……。今から考えても、わたくしには勿体無いほど素晴らしい民たちでした。

 しかし、わたくしはそんなことはどうでも良かったのです。わたくしは、ただ彼らが幸福でありさえすれば、それで。

 それでも、どうすれば良かったでしょう。戦ったところで勝機があるとはとても思えないというのは、わたくしと彼らの間で意見が一致していました。敵は闘争に最も向いたとされる火の精霊の民であるのみならず、既に他の地域をいくつも併合していて精霊の加護も多く、加護の量でも軍備の規模でも争いの経験でも圧倒的に負けていました。わたくしたちの優位点は地の利でしたが、それを攻略されてしまえば、天険の地に甘んじて闘争から長らく離れた温和な民しかいないのです。

 『攻め入る前に降伏を促したのは温情であると心えよ』と高圧的に言ってきた相手の主張は、悔しいですが間違ってはいないのです。

 たとえわたくしが征服民にどれほど卑賤の立場に置かれても、それはかまいませんでした。わたくしが守護してきた民が傷つく姿を見る方が、よほど辛いことでしたから。

 それでも、侵略された地域の人々がどれほど過酷な扱いをされているのかの情報を集めれば、安易に降伏もできかねます。

 だからといって、戦ったとしても勝機はない。

 どうあっても堂々巡りを続ける悩みと共に、わたくしは集落の側の森を歩いていました。


「あの集落の守護をしているのはそなたか?」


 わたくしが彼女と出会ったのは、そんな折だったのです。

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