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11.新たな祠

 私が走ってきたのは、以前男子たちが作った秘密基地だ。

 ここに色々なものを持ち込んで秘密基地を作っていたことを知っていた私は、何か救助に役立つものがないかと見にきたのだった。


「あった、ロープ!!」


 私は、秘密基地を組み立てるために使っていたロープを拝借することにした。乱暴に引っ張って、せっかく作った成果が少し壊れてしまったが、緊急事態なので仕方ない。

 他に何かないかと急いで見て、私は置きっぱなしになっていたナイフも拝借することにした。おそらく、ロープなどを切ったりするために置いてあるのだろう。刃物をこんな場所に置きっぱなしにするのは不用心ではないかとも思ったが、今はそんなことを追求している場合ではないし、ラッキーだと思うべきだろう。


 私はそのふたつを持って、メラニーが待っている穴の淵まで戻った。


「オレリーちゃん、それ……!」

「メラニー、このロープ、そっちにある木に結びつけよう。手伝って!!」

「わ、分かった!!」


 私はさっそくメラニーに指示を出すと、彼女と手わけしてロープを結びつけた。

 崩落した場所が岩石地帯の端の方でよかった。中央や崖の付近だったら、ロープは届かなかっただろう。


「で、でもオレリーちゃん、どうするの? ピエールさんもずっと目を覚さないし……どうしようもないんじゃあ……」

「……私がロープを使って降りるわ」

「えっええ!? あ、危ないよ……! オレリーちゃんまで落ちちゃったら……」

「大丈夫よ! 私を誰だと思っているの? これくらい楽勝なんだから!!」


 胸を張って言うが、実を言うと本当はそこまで自信があるわけでもない。

 以前から私の運動神経は良い方だ。貴族令嬢らしくもなく、木登りだってお茶のこさいさいだ。だけれどロッククライミングみたいなことの心得があるわけでもなく、7歳の身体ではそういったことが巧みだといっても限度がある。

 何よりも、崩落したばかりの岩盤の危険性が何よりも大きい。メラニーには穴に近づきすぎないように先ほど指示を出したが、もしもここら辺の地盤が緩くなっているのなら、二次崩落が起きる可能性だってゼロではないのだ。降りて行った先で再び崩落することを考えると、私の取ろうとしている行動は危険なものだ。

 おそらく幼いメラニーはそこまで分かっていないのだろう。それをいいことに、私はその危険性についての説明をあえて避けた。

 

 時間が惜しい。ここでメラニーと問答をしているような時間はない。

 穴の淵から見下ろした赤がピエールから流れた血だとすると、すでに危険なほどに血を流している可能性がある。現在ジャンが呼びに行っている村人の到着を待っている猶予はないかもしれない。ピエールを助け出すことはできなくても、応急処置だけでもしたいのだ。

 それに、私が下に降りていれば村人が到着した時にピエールに結びつけたロープを引っ張ってもらうだけで救助できるかもしれない。

 

 (オレリー)にとってはメラニーほどの大親友でなくても、ピエールも幼馴染のひとりだ。ここで死んで欲しいとは思わない。彼はいい人なのだ。

 それに、(由紀)としてはどうしても彼を庇護すべき子供と見てしまうのだ。実際はオレリーよりも年上なのだが、由紀としての成人済みの意識からしたら10歳くらいの幼い子供の命が危うい状況というのは何とも痛ましいという感情が湧いてくる。

 そんなわけでリスクを承知で私は下に降りることにしたのだが、もちろん安全対策はできるだけ行う。


 ——確か、体にある程度ロープを巻き付けたほうが安全だったはず。


 以前山登りが趣味という知人に聞いた蘊蓄を思い出しながら、私はロープを自分の体に巻き付ける。

 自分の体をロープで固定しつつ、右手と左手で調節できるようにする。確か、懸垂降下法と言ったはずだ。

 これを教えてもらった時は、酒の席で興が乗ったこともあったのだろう。器具がなくてもロープだけでやれる方法を彼は気持ちよさそうに解説していた。災害とかの時のために覚えておいた方がいいとか言っていたけれど、確かに知っておいて損はない知識だった。

 問題は、運動はできる方だとはいえ、7歳の体力と筋力で正しく行えるかだが。


 木に結びつけたロープがしっかりと固いことを再度確認してから、私は意を決して降下を始めた。


「オレリーちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫。平気よ、これくらい!!」


 メラニーの声かけに私は精一杯の強がりを返した。

 実際にやってみると、ロープが擦れまくって本当にこれで正しかったのか不安になっていたのだが。

 メラニーに格好悪いところは見せたくない。そう思った。


 覚悟していたとはいえ、やはりこれは7歳の身体能力ではかなりきつい作業だった。それに、安全策は取っているとはいえ、怖さだってある。

 だから、足が地面についたときは、思わずそのまま座りこんでしまいたいほどに安堵したし脱力した。

 それだけで何かをやり遂げたような気がしてしまっていたが、もちろん本番はこれからだ。


「ピエール!!」


 穴の底に降りてみると、上から覗き込んでいた時よりもピエールの様子がよく分かる。ピエールはぐったりと岩肌にもたれかかるような形で目を閉じていた。

 足元を濡らしているのがピエールの血だと気づいたときはゾッとした。

 躊躇したけれど、覚悟を決めてピエールの喉の脈を測った。

 ……脈は……ある!

 微かだが、指先に感じた脈拍に私は泣きそうになった。


 血の出所を見ると、左腕の内側の肉が抉れたようになり、そこから大量に出血しているようだった。

 額からも血が出ていたが、こちらは部位が部位だけに心配だが、出血量としては大したことがない。気を失っているのも頭を打ったせいかもしれないが、さすがにこちらは私にはどうしようもない。

 それよりも、腕からの出血がひどい。これは早急にどうにかしなければ、遠からず失血死だろうと思えるほどだった。

 確か、人は大きいペットボトルくらいの量の血を失うだけで死ぬと聞いたことがある。ピエールの場合、まだ間に合うのかは分からない。だけど、どれだけ早く処置ができるかで助かるかどうかの可能性が変わってくるはずだ。

 私はナイフを振りかぶると自分の衣服を切り裂いた。先ほどの秘密基地で何か応急処置に使えそうなものはないかと探したのだが、あいにくと早々都合の良いものはなかった。本来なら清潔なガーゼなんかを使うべきだろうが、緊急時だ。仕方がない。

 私は切り裂いた自分の衣服で、できる限りの応急処置を試みる。

 最初は傷口を直接圧迫する方法で止血を試みようとしたが、傷口が広すぎて、うまく圧迫できなかった。

 止まらない出血に焦りばかりが蓄積される中、ふと思い出して今度は上腕の内側の血管を圧迫した。動脈からの出血には、心臓により近い位置の血管を圧迫するのも効果的だと、由紀として習ったことがあったように思ったのだ。


「と、止まった……」


 安堵して泣きそうになる。

 まだ、ピエールの命が助かったとは限らない。だけど、出血が止まっただけでも少しはマシな状況になったはずだ。

 これまでの失血量が手遅れでないことや、脳内出血なんかしてないことを祈りつつ、私は血管の圧迫を続ける。

 ……これが中々辛い。何か適当な道具で圧迫している状態にできたらいいのだが、十分な道具なんてないし、何よりも色々やるために手を離したらまた大量出血して今度こそ死んでしまうのではないかと思ったら安易に手も離せない。

 そんなわけで、腕をずっとあげている状態なので、だんだんと腕が痺れてくる。もとより、懸垂降下作業でかなり腕に負担があったのだ。それに加えてのこれである。

 穴の上から時折メラニーが励ましてくれる声だけが私にとって救いだった。


 穴の中は思いの外広いようで、薄暗かった。私たちがいる地点はまだ上からの光が差し込むので明るい方だが、奥の方ともなるとそうはいかない。

 最初はピエールの応急処置のために周りを見る余裕はなかったが、ピエールの血管を圧迫しつつ救助を待つ時間が長くなると、今度は周囲が気になってくる。

 穴の中は岩盤の崩落だけでできたとは思えないほどに広く、私たちがよく遊んでいた地点の地下に元々空洞があったのだと考えた方が妥当に思えた。その天井部分が何らかのきっかけで崩れてしまった結果が、今回の事故なのかもしれない。

 頼むから二次崩落などは起きてくれるなよと祈りながらも周囲の様子を伺っていると、ふと左後方にあるものが目についた。


「……祠」


 背筋が凍りつき、思わず私は声に出していた。

 そこにあったのは、石造りの祠としか思えないものだった。

 なぜこんなところに祠があるのか理解できなかった。この空間は元々地中にあって、たまたま一部が崩落して地上から降りられるようになったわけではないのか。どうして人造物としか思えない、このような物がこんなところに。

 ——由紀としての最後の記憶。木の祠のことを思い出すと未だに恐怖を覚える。

 由紀の死因はおそらく事故であり、実際あの祠は関係なかったはずなのだ。しかし、それでも私はどうしても、あのバイク事故のせいというよりも祠のせいのような気がしてしまっている。

 だからこそ、怖い。

 どうして異世界に転生してまで祠と関わらないといけないのだと、そう思ってしまう。

 最悪なことに、ここにも十分すぎるほどに死亡フラグはある。たった今にでもこの場の岩盤が崩落したりしたら、また私は祠の前で死ぬことになる——。


「オレリーちゃん、大丈夫? きっとそろそろお兄ちゃんが村の人を連れて戻ってきてくれるはずだから、それまで頑張って!!」


 恐怖のあまり泣きそうになった私に、変わらぬメラニーの励ます声が届いた。

 危ないから穴の淵までは来ないでほしいと言った私の言葉通りに、彼女は見える範囲にはいない。だけど、彼女の声は間違いなく私の心を軽くした。

 やっぱりメラニーは私の聖女だ。そう確信しながら、私は強気に微笑む。

 リスクははなから承知の上。その上で、それでもピエールを助けると決めたのは私だ。そのリスクの中に得体の知れない祠の要素が入ったからと言って、今更ビクビクしたって仕方ないだろう。


「私は大丈夫よ! メラニーの応援だけでいくらでも頑張れるわ!!」


 私は声を張り上げる。

 大好きなメラニーの前では、ビクビクオドオドする自分ではなくて、格好いい自分でありたいと思うのだ。


 

  程なくして、ジャンは村人を連れて戻ってきてくれた。

 それから慌ただしくピエールの救助が行われ、彼は医者のケドリック先生の家に運ばれた。私も一緒に助け出されて、先生に診てもらった。穴に降りて行く時に擦ったのか、擦り傷は多少あったけれども、私の方は大したことがなかった。結局ピエールは最後まで意識こそ取り戻さなかったが、今後の経過次第と言ったところのようだった。

 こうなるともはや私にできることは何もなかった。一応、この世界の医療技術に不安があったので心配や好奇心のふりをして先生の処置を見守ったのだが、少なくとも素人の私に分かるほどおかしなことはしてなかったので任せて大丈夫だろうと判断した。

 輸血や高度な外科手術の技術はないようだったが、これに対しては私のような素人が導入できるようなものではないので諦めた。もしも私が医者とかだったら、医療チートができてピエールの生存率も上げられたのにと思ったが、こればかりは仕方ない。命に関わる問題で、素人の曖昧な知識で適当なことを言うわけにはいかない。

 不潔なものを傷口に塗り込めたり、瀉血したり、あからさまにおかしなことをしていたら止めようとは思っていたが、そういったことがなかっただけでも上等だろう。

 そんなこんなで、ピエールの容体は今後の経過と彼の体力次第といったところに落ち着いた。

 

 ちなみに、両親も駆けつけてきて、ビリビリの服を着て血まみれの私に絶句していた。自分の服装など省みる余裕がなかったが、応急処置のために自分で切り裂いたし、ピエールの血がかなり付いていた。結果的に私の姿はかなり凄惨なものになっていたようだった。

 私は診察を受けてすぐに自宅に戻り、湯浴みをした。こざっぱりとした服装になると、ひとまずは人心地つく。


「オレリー。私はお前を褒めるべきだろうか。それとも、叱るべきだろうか。友人のために全力を尽くしたお前を誇らしくも思う。だが、そのために危険を犯したことはどうしても誉められない。……それでも、他に方法はなかっただろう。お前の勇気と行動は賞賛されるべきものだったかもしれないが……親として、どうしてもオレリー自身の安全を第一に考えて欲しかったと思ってしまう」


 父は葛藤したような顔でそう言う。

 そんな父の肩に、母が優しく手を置く。


「あなた。正しいか正しくないかは、今はいいじゃない。……オレリー。怖くて大変だっただろうに、頑張ったわね」


 そう言って、労わるように頭を撫でてくれた母に、張り詰めていたものが崩壊した。


「お、お母様……!!」


 怖かった。いつ崩落するのか分からない暗い穴の底に潜るのも、自分の処置の誤りで人が死んでしまうのではないかということも、あとは得体の知れない祠も。

 自然に湧き出てくる涙をぼろぼろとこぼしながら、私は不安だった気持ちを母の胸の内で思いっきり吐き出した。

 あの山の中の怪しげな祠に遭遇した(由紀)は結局帰ることができなかった。だけど、(オレリー)はちゃんと帰って来れたのだと、そう思えた。

 そしてそのまま記憶がないのは、泣きすぎて寝落ちてしまったからで、少々恥ずかしいことかもしれない。だけれど、7歳ならこういったこともあるのだろうと言い訳をさせてほしい。

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