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10.崩落

 異世界転生しましたというと、どうしても何らかの「チート」がないかと期待してしまうのは、異世界転生したオタクあるあるだろうか。

 ステータスが見られないかと色々言ってみたり、よく分からない呪文を口にしてみたりとこっそりと奇行を行ってみたが、特に何も出なかった。果ては、剣術を軽く習ったりして、実は剣の才能がありました的なものを期待してみたりもしたが、そういう方向性でもだめだった。意外とオレリーは運動神経が良かったので少し期待したのにがっかりだ。

 オレリーのスペックはそう悪くないとは思うのだ。見た目としては美少女と言える部類だし、頭も悪くないし、運動神経も割と良い。努力さえすればそこそこのラインを狙える部類だと思う。だけど、チート無双できるタイプの異世界転生ではなさそうだった。別に世界最強になりたいとか思っていないからいいのだけれど。

 そんなちょっとした失望をしつつも、私は日常を過ごしていた。母に色々なことを教わって、本を読んだり友人と遊んだりして過ごす。

 それが私の日常だった。


 

「オレリーちゃん、今日は何する?」


 午前中の学習を終えてから、私はメラニーと遊んでいた。


「うーん、メラニーは何か意見はある?」


 メラニーに意見を募ってみたのは、今までとの違いを出すためだ。今までだと、全部私の意見で決まっていた。私のやりたいことにメラニーにつき合わせていたけれど、やっぱりそういうのはよくないだろう。


「そうだねえ、じゃあ、『レクウー探し』しない?」

「いいわね、やろう」


 メラニーの意見に私が賛同して、私たちはレクウー探しをすることにした。

 レクウー探しと言っても、実際に何かを探すわけではない。レクウー探しというのは、日本でいうところのけんけんパーに似ているだろうか。あれをもうちょっと複雑にしたような感じのゲームだ。「レクウー探そ」から始まる歌を歌いながら、地面に描いた円の上を前に後ろに飛んでいくというゲームなのだ。


「8歩進んで5歩下がる

 3歩進んで4歩下がる

 7歩進んで……」


 歌いながら、メラニーが丸の上を飛んでいく。

 地面に描かれた円は、横に1つか2つ。それが10列。それを、不思議な節のついた歌に沿って前に後ろに飛んでいく。横に並んだ円の数は小さい子向けだと全部2つだったり全部1つだったりするけど、上級者向けになると1つの場所と2つの場所が出てくる。このランダム性が上がるほどに難しいゲームになっていくという仕組みだ。

 しかもこれは、地味に後ろ飛びが難しい。バランスを崩して転んだりもするし、丸が2つなのに片足着地をしてしまったりすると失格だ。足の形が正しくても、審判判定であまりにも円からはみ出していると失敗判定されたりする。この判定が厳しすぎるとかで喧嘩になる子がいるのもレクウー探しあるあるだ。


「あ、メラニー、失格! そこは両足よ!」


 私は心を鬼にしてそう言った。これからは今までよりもメラニーに優しくすると決めたとはいえ、ゲームの審判に忖度はなしだ。

 

「わあー、やっちゃったあ。後半混乱しちゃうんだよねえ」


 そう言うメラニーの息はちょっと上がっている。そう、レクウー探しはずっと飛びっぱなしなので、体力もいる。体力が低下してくると、どうしても注意力も低下してくるのがネックだ。


「疲れてくると失敗しやすいわよね。ふふん、でも見てなさい、私は成功してみせるから!!」

「うん、オレリーちゃん、頑張って!! 見てるから!」


 メラニーの応援に強気の笑みを浮かべて、私はスタート地点に立った。


「レクウー探そ、レクウー探そ

 岩鳥タクトを真っ直ぐ進んだら……」


 レクウー探しは、本番である前後ろの流れの前に、前座的な歌詞がある。

 多分、日本でかごめかごめとか花一匁とかでゲーム性とは実際あまり関係ないフェーズがあるのと似たようなものだろう。割と歌詞が意味不明なのもああいった童謡みたいなものを連想させる。そもそも、「レクウー探そ」も何も、レクウーが何かもよく分からない。これも、「花一匁」とか「夜明けの晩」とかよく分からないままに歌っているああ言った歌みたいだと思ったりする。もしかしたら、何か意味があるのかもしれないけど、何となく皆歌っている。

 英語圏で歌われるマザーグースも意味不明な歌詞が多いし、古今東西、異世界でも童謡というものはこうしたものなのかもしれない。


 そんな個人的考察をしたりもしつつ、私はレクウー探しに興じた。


「オレリーちゃん、ごめんね、今のは輪から出てたよ!」

「うー……そうよね。自覚はある。ああもう絶対惜しかった! というか、こんな複雑な並びにしたのは誰よ! 私だわ!!」


 セルフツッコミを入れながら悔しがる私に、メラニーがくすくすと笑う。

 しかし、悔しながら内心は悪いものではなかった。メラニーが忖度しなかったからだ。

 私のチャレンジは間違いなく失敗で、だけど少し前の私ならそれを指摘されようものならば癇癪を起こしかねなかったことを自覚している。だから、空気の読めるメラニーはこういったゲームのジャッジは忖度することの方が多かったように思う。

 だけど、ちゃんと私が変わってちゃんとルール通りにジャッジしても癇癪を起こさないと分かって貰えたから、ちゃんとゲームとして成立するように事実を指摘してくれたのだろう。

 本当に小さなことでしかないけれど。行動を改めたらちゃんと周囲の反応も変わるのだと実感できるのは、悪い気分ではない。


「じゃあ、もう1回私がやるね!!」

「ふふん、厳しくジャッジしてあげるわ!」

「えー少しは……」


 たわいもない会話を交わしていると、突然森の奥の方から轟音が響いた。


「何、今の音!?」

「ねえ、オレリーちゃん。音がしたの、お兄ちゃん達がいる場所じゃないかな?」

「あいつら、何やってるのよ……!! 行くわよ、メラニー!」


 今、私たちが遊んでいるのは森の中の開けた場所だ。森の深くには行くなと口を酸っぱくして言われているが、それでも私たち子供は森の浅いところを遊び場にしていて、大人たちもそこら辺りならと容認している。まあ、そこら辺なら山菜やキノコなんかを取りに大人たちも入ることもあるからだ。

 そして、メラニーの兄のジャンとその友人であるピエールは他の遊びをするために、さらに奥の方へと行ってしまった。もうちょっと奥の方にもまだ行っても大丈夫な場所があるので、そちらで遊んでいるものと思っていたが、何か変なことをしているのかもしれない。そうじゃなくても、何かの事故に巻き込まれた可能性があるため、私達は様子を見るためにそちらに走って行くことにした。


 少し走っていくと、岩がごろごろと転がっている場所に着いた。ここら辺は先ほどの場所よりも開けているが、地面が岩肌なので地面に輪を描く必要のあるレクウー探しには適さない地形ではある。でも、眺めは良いし、私たちは他の遊びをする際にはこちらで遊ぶことも多い。

 とはいえ、この岩石地帯の端は切り立った崖になっているので、崖の方には近づきすぎないことは前提条件なのだが。

 先ほどの轟音で私が真っ先に心配したのがそれだった。とはいえ、先ほどの轟音は人が崖から落ちた音とも違う様子だったが。


 そんな懸念を抱きつつも私とメラニーが駆けつけると、果たしてそこには真っ青になって座り混んでいるメラニーの兄、ジャンがいた。


「ちょっと、すごい音がしたけど何があったの!? あんたまた何かやったの!?」


 私がいきなり突っかかったのには理由がある。ジャンはメラニーの兄だが、あの善良を絵に描いたようなメラニーの兄がどうしてと思うほどの悪ガキなのだ。

 以前腹に据えかねた私がけちょんけちょんにしたところ、少しおとなしくなったらしいが、正直なところ私の中の信用度としてはやはり低いままだ。

 ちなみに、今から考えるとあの時はちょっと言いすぎたような気がしなくもないが、今の私は攻撃性が低くなった代わりにメラニー至上主義者となっているので、やっぱりメラニーを虐めたジャンは絶許(絶対許さん)枠になっている。なので、あれくらい言っても許される……ということにしている。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ジャンは私の問いに目に見えてびくつく。どうやら以前の怒涛の口撃は彼にとってトラウマらしく、私の前ではこのように大仰に怖がるのだ。


「ち、違うって! 俺何にもしてねーよ!! いきなりピエールが走ってた所が崩れて……ほらここだよ!!」


 ジャンは自らの潔白を必死に主張しつつも、それだけではない真剣さでこちらに窮状を伝えてきた。

 彼が指差す地面は、確かによく見ると穴が空いていた。大穴というほどではないが、油断すると大人でも落ちそうな大きさの穴だ。

 私が知る限り、この場所にこんな穴が空いているような危ない場所はなかったはずだ。だから、ジャンの言う通りにいきなり崩れたのかもしれない。


「本当に何もしてないのね……?」

「してねーよ! そんなことよりもピエールが落ちて……返事もないからどうしたらいいのか……」


 ジャンは確かに問題のある性格だが、彼なりにピエールのことを心配しているのだろう。

 ピエールはジャンの友人で、村の子供達の中ではリーダー的な存在だ。問題児のジャンとは正反対の品性公正さで、傲慢不遜だったかつての私にも、控えめながらも注意や忠告を与えてくれていた。

 

「ピエール!! ちょっと、返事できる!?」


 ジャンを疑うわけではなかったが、私も穴の中に問いかける。しかし、確かに返事はない。

 私は目をすがめて穴の中を覗く。明るい日差しの中、暗い穴の底は非常に見えにくいが、そこには確かにピエールが座り込むような形で岩肌にもたれているのが見えた。

 この先にある崖が下手をしたら家屋の3階分くらいの高さはあるので心配していたのだが、幸いこの穴の中はそこまで高低差があるわけではなさそうだったのが不幸中の幸いだ。

 いきなり崩れたことといい、もしかしたら私たちが知らなかっただけでこの場所の下には元々空洞があって、それが何かしらのきっかけで崩落してしまったのかもしれない。


「ねえオレリーちゃん、ピエールさん怪我してない?」


 同じように穴を覗き込んでいたメラニーがそう口にした。言われて見れば、ピエールの下の方に赤いものが見える。

 まずいと思った。暗くてよく見えないが、大きな怪我を負っているのであれば、事態は一刻を争うかもしれない。とにかく村に戻って大人に救助を頼むべきだと思っていたが、下手をしたらその間に失血死してしまうこともあり得るかもしれない。

 そもそもすでに死んでいる——ということはない、と信じたいが。

 いずれにせよ、迷っている猶予はない。


「ジャン!! 貴方、全速力で走って大人たちに助けに来るように伝えて!! そうね、この場所、ピエールが穴に落ちて今のところ意識がないこと、だから助け出して運ぶためにロープとか担架みたいなものが必要だってこと、大怪我を負っている可能性が高いからケドリック先生にも来てもらう必要があること……これを間違いなく伝えて!!」

「わ、分かった……! 行ってくる!!」


 オロオロしていたジャンも、指示されたら動きやすいのか、すぐさま走って行った。

 そして、私も救助が来るのをただ待つつもりはなかった。


「メラニー、ここでちょっと待ってて。でも、穴に近づきすぎないで……ここで待つのよ。ここでも万が一、地面が少しでも揺れたりしたら……あっちの木の方に行って。私は使えそうなものがないか見てくる!!」

「え、オレリーちゃん!?」

 

 メラニーの言葉に返事を返す余裕もなく、私は少しでも何かする方法を探るべく走り出していた。

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