第35話「領主、自ら動く」
怒号とともに領主は馬を下りた。金糸をあしらった外套が土に触れて汚れるのも気にせず、剣を抜き放つ。鍔元から淡い光が走り、刀身全体を包むように輝きが広がった。
「貴様らごときが……この私を愚弄するか!」
その声に兵士たちが震えあがる。彼らにとって領主はただの支配者ではない。幼少期から剣と魔法を修め、戦場で名を馳せた本物の戦士でもあった。
村人たちの背筋に緊張が走る。これまでの兵士たちとは格が違う。空気そのものが重く圧し掛かってきた。
カインが一歩前に出る。
「村を荒らす権力者か……相手に不足はねぇな」
腰を落とし、両拳を固めた。武術家特有の無駄のない姿勢。
「潰してやる」
領主が低く呟いた瞬間、剣が閃いた。
――速い!
目で追えないほどの斬撃。カインは寸前で身をひねり、頬をかすめる風圧に汗が吹き飛ぶ。続く二撃、三撃。剣圧が大地をえぐり、砂塵が舞い上がる。
「ちぃっ!」
カインは腕で受け流そうとしたが、重さが桁違いだった。衝撃が骨に響き、後方へ弾き飛ばされる。
「カイン!」
アルトが駆け寄る。杖を振るい、光の壁を展開した。領主の剣がぶつかると、眩い火花が散った。
「魔法ごときで防げると思うか!」
領主が力を込めると、光壁はあっけなく砕け散った。アルトは衝撃に押されて膝をつく。
「くっ……」
その隙を狙い、領主の剣が振り下ろされる。カインが飛び込み、肘で剣の軌道をずらした。かすめた衝撃で腕が痺れるが、彼は歯を食いしばって叫んだ。
「アルト! 立て!」
「……ああ!」
アルトが再び杖を構える。瞳に光が宿った。
カインが繰り出すのは武術の型――「受け流し」。領主の剣を正面から受けず、最小限の動きで流し、体勢を崩す。その一瞬を狙ってアルトが魔法を重ねる。
「光槍!」
閃光の槍が領主を貫かんと走る。しかし領主は片手で結界を張り、容易く弾いた。
「無駄だ。力も技も、私の下では霞む!」
剣を振るうたび、衝撃波が走り、土がえぐれる。
村人たちは広場の隅で固唾を呑んで見守っていた。澪が拳を握りしめ、声を上げる。
「負けないで! 二人ならきっと勝てる!」
その声援が二人の胸に届いた。
「……そうだな」
カインが口元を吊り上げる。
「俺の型は、一人で完成するもんじゃねぇ」
アルトも頷いた。
「なら僕は、魔法で型を広げる」
二人は呼吸を合わせた。カインが拳を突き出し、領主の剣を流す。その隙にアルトが光を纏わせた蹴りを繰り出す。
「なにっ……!」
領主の顔に驚愕が走った。蹴りに宿った光が、魔法障壁を突き破る。
爆ぜる閃光。領主は後退し、初めて足を取られた。
「カイン! 今だ!」
「おう!」
二人は並び立ち、次なる攻撃に備える。
戦いの空気はなおも重い。しかし村人たちの目には希望が灯っていた。領主の圧倒的な力に対し、カインとアルトは確かに抗っている。
「我らの村を……守れ!」
澪の叫びが広場に響く。
領主と二人の戦士――その激突は、村の命運を決する戦いへと変わろうとしていた。




