第32話「領主の切り札」
乱戦の最中、村人たちの声はなお力強く響いていた。落とし穴も閃光も、スライム瓶もすべてが功を奏し、兵士たちは混乱に陥っている。
しかし、その騒乱を後方から睨みつけていた領主の顔には、怒気がこもっていた。
「……戯れはここまでだ」
馬上の領主は低く吐き捨て、鞭を振り下ろした。
「前へ出ろ! お前たちの力を見せてやれ!」
号令とともに、兵の列が割れた。そこから現れたのは二つの影。
一人は背丈二メートルを超える巨漢。筋肉の上から鉄の鎧をまとい、両腕で振るうのは人の身の丈ほどもある大斧だ。歩を進めるだけで地面が軋み、周囲の兵士すら一歩退くほどの威圧感を放っている。
もう一人は長槍を携えた細身の兵士。身軽な革鎧を纏い、しなやかな脚で軽やかに地を蹴る。その背後には数人の精鋭兵がぴたりと付き従い、まるで一つの生き物のように動いていた。
「ひ……ひと振りで盾が……!」
巨漢の大斧が横薙ぎに振るわれた。木製の大盾を構えていた若者二人が吹き飛ばされ、盾は音を立てて真っ二つに割れた。土煙の中、呻き声をあげて転がる若者の姿に、前線の空気が一気に冷える。
「速い……!」
今度は槍の男が矢のように突き込んでくる。訓練された精鋭兵たちが彼の動きに合わせて一斉に槍を突き出し、まるで刃の壁のように迫る。木の柵が一瞬で貫かれ、支柱が折れて崩れ落ちた。
「くっ……もう持たない!」
「やっぱり無理なんだ……!」
さっきまで熱を帯びていた村人たちの声が、恐怖に揺らぐ。
押し返していたと思った矢先の猛攻。巨漢の一撃で盾の列は崩れ、槍の突進で柵は裂けた。人々の胸を再び絶望が締め付ける。
そのとき――。
「下がれ!」
カインの声が轟いた。
割れた盾を背にした若者たちを押しのけ、彼自身が前に歩み出る。その眼差しは燃えるように鋭く、全身から気迫が立ち上っていた。
「ここからは俺がやる」
巨漢が大斧を構え直すのを睨み据えながら、カインは低く呟く。
一方、別の戦場ではアルトが立ち上がっていた。
槍の速さに押され、額から汗が滴る。それでも杖を握る手は震えていない。
「魔法も……型も……俺の中にある!」
彼の瞳には、恐怖ではなく決意の光が宿っていた。
「カイン! お前は斧を! 俺は槍をやる!」
「いいだろう。どっちも倒すぞ!」
二人は互いに頷き合い、同時に戦場の中央へと歩を進める。
村人たちは息を呑み、兵士たちでさえもその気迫に押され、刹那の静寂が訪れた。
鉄の靴音も、薬草を煎じる匂いも、すべてが遠のく。
ただ戦場の中心に向かう二人の背中だけが、すべての目に焼き付いていた。
緊張が極限に達したその瞬間、巨漢が咆哮を上げ、地面を揺らす一歩を踏み出した。
それに応じるように槍使いも腰を沈め、鋭い突きを放つ構えを取る。
戦場の空気が爆ぜた。
領主の切り札と、村の希望。
二つの力が、いま激突しようとしていた。




