第27話「草の薬と盾の壁」
朝露に濡れた草原を抜けると、冷たい風に乗って薬草の香りが漂っていた。澪は籠を背負い、両手いっぱいに摘んだ草を抱えて戻ってくる。小さな広場の一角には布を張った即席の作業場があり、乾かした薬草の束が次々と並んでいた。
「これは咳に効くハハコグサ、こっちは止血に使えるヨモギ……そして、この匂いの強いのがドクダミね」
澪は一つひとつ丁寧に広げ、麻ひもでまとめて乾かしていく。火を使わず風通しのいい場所に吊るせば、冬を越えても効能を保てるのだ。
「澪さん、本当にこれで治るんですか?」
手伝っていた若い母親が、おそるおそる尋ねる。
澪は柔らかく微笑んで頷いた。
「大丈夫。怪我をしても血を止められるし、風邪で熱を出しても煎じて飲めば楽になる。全部、村の畑や森で手に入るものよ」
母親は胸を撫で下ろし、抱きかかえた幼子を見下ろした。今まで「病気=死」と思うしかなかった恐怖が、少し和らいでいくのが澪にも伝わった。
やがて乾燥が進んだ薬草は、紙袋に分けて村人たちに配られる。袋には澪が描いた絵と、簡単な使い方が記されていた。字を読めない者も、絵を見ればわかるように。
「これで……少しは安心できるな」
年寄りの一人が袋を抱きしめるようにして呟いた。
同じころ、村の外れでは木槌の音が響いていた。エマが腕まくりし、村人たちとともに大きな丸太を組んでいる。
「そこを押さえて! ……よし、支柱を立てるぞ!」
男衆が掛け声を合わせ、丸太を起こす。やがて柵の列が広場を取り囲むように形を成していった。これまで家畜避けの粗末な柵しかなかったが、今は人を守る防壁として厚みを増していく。
「でも、兵の刃に木の柵じゃ心もとないんじゃ……」
不安げに呟いたのは若者の一人だ。
エマは力強く木槌を振り下ろし、ぎゅっと縄を締め上げながら笑った。
「だったら二重にすりゃいい。外の柵を壊されても、すぐに中へ入れない。時間を稼げばいいんだ」
さらに、エマは子どもたちに木のスコップを渡し、村の入り口近くを指さした。
「ここに穴を掘る。落とし穴だ。浅くてもいい、敵の足を取れれば十分だ」
最初は遊び半分で土を掘っていた子どもたちも、やがて真剣な顔つきになっていく。自分の小さな手で村を守れるかもしれない――そう思うだけで胸が熱くなるのだ。
日が傾く頃には、いくつもの落とし穴が土で隠され、入口には新しい柵がそびえ立った。木工に長けた者たちは大きな丸盾も作り出し、女や子どもでも両腕で抱えれば体を守れるように工夫された。
「これなら……少しは戦えるかもしれん」
汗まみれの青年が息をつきながら呟く。
「戦うんじゃない、守るんだ」
エマがきっぱりと言い直す。その声に、周囲の表情が引き締まった。
夜、焚き火の明かりの下で澪は再び薬草袋を配りながら、村人たちの顔を見回した。昨日まで恐怖と絶望しかなかった瞳に、わずかな強さが宿り始めている。
「病気に負けない体を作れば、不安は減ります。怪我しても治せると分かれば、立ち向かう勇気が持てます」
その言葉に誰かが「そうだ」と応じた。声は次々に広がり、やがて輪になった村人たちの胸に力強く響いた。
薬草の香り、土の匂い、焚き火のぬくもり。小さな村の夜に、かすかな安心と誇りが芽生えつつあった。
――備えれば、恐怖は和らぐ。
澪は手の中の薬草袋を見下ろし、強くそう思った。
明日からは魔法と型の稽古が待っている。だが今夜だけは、誰もが少し安堵の息をつけた。




