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異世界スローライフ誌編集長  作者: やしゅまる


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第26話「村の覚悟」

冷たい風が吹き抜ける広場に、村人たちが集まっていた。澪が刷り上げた新しい冊子を掲げると、好奇心と不安が入り混じった視線が一斉に向けられる。表紙には太い字でこう書かれていた。


 ――『体を守る暮らしの知恵』


 「これは、病気や怪我に負けない体を作るための知恵をまとめたものです。食べ物の工夫、体を温める方法、そして……簡単な筋の鍛え方まで」


 ページをめくると、石を持ち上げる絵や、木の棒を担いで腰を落とす図が描かれている。農作業に近い動きばかりで、子どもや老人でも真似しやすい。


 「難しくありません。重いものを持ち上げる代わりに、腕を伸ばしたり、腰を沈めたり。少しずつでも、体は強くなります」


 村人たちは互いに顔を見合わせ、小さく頷き合った。昨日の恐怖はまだ消えていない。だが、怯えるだけではどうにもならないことも、皆理解していた。


 その空気を受けて、カインが広場の中央に進み出る。深く息を吸い込み、鋭い声を響かせた。


 「――型を始めるぞ!」


 数人の若者たちが思わず背筋を伸ばす。カインは素手で立ち、ゆっくりと拳を握った。


 「殴る、蹴る……といっても力任せじゃない。姿勢を正し、足を踏み出し、腰を回す。それができれば、腕力のない者でも相手を退けられる」


 実演するように、彼は空を打ち抜く。拳が風を裂くたび、見ているだけで背筋に震えが走る。だが次の瞬間には、子どもでも真似できそうな、腰を落とす蹴りや、掌で押し返すような動きに変わった。


 「これは護身の型だ。殴り返すためじゃない。仲間と並んで踏ん張り、守るために使え」


 その言葉に、恐る恐る村人たちも真似をし始める。老人が膝を震わせながら腰を落とすと、隣の子どもが笑い声を上げ、次には一緒に構えた。ぎこちない動きが、少しずつ広場を温めていく。


 「次は連携だ」

 カインはさらに声を張った。「二人一組になれ!」


 隣同士で肩を並べると、一人が腕を突き出し、もう一人が下段を蹴る。まるで一つの体のように、動きが噛み合っていく。最初は失敗ばかりだったが、笑い合いながら繰り返すうち、ぎこちなさは徐々に消えていった。


 「力が足りなくても、数で守れば壁になる。兵の剣が迫っても、簡単には崩せん」


 言葉の力が広場を揺らした。怯えだけで縮こまっていた目に、わずかな光が差し始める。


 そこにアルトが手を挙げて前へ出る。彼の掌に小さな光がふっと灯った。


 「魔法も型に組み込める。たとえば、味方が型を構えた瞬間に光を放てば、敵の目をくらませられる。子どもでもできる簡単な術だ」


 白い光が瞬き、村人たちが一斉に目を細めた。驚きと同時に、ざわめきが起こる。


 「こんな使い方もあるのか……」

 「戦えなくても役に立てる!」


 アルトは頷き、さらに続ける。

 「声も魔法になる。光と同時に叫んで合図すれば、皆で一斉に動ける。兵士は力では強いが、俺たちは知恵と工夫で対抗できる」


 エマは木槌を担ぎながら腕を組み、にやりと笑った。

 「なら、私たちの仕事は盾や柵だな。動きを支える“場”を作る。明日からは皆で木を切り出そう。女も子どもも使える大きな盾を揃えるぞ」


 笑い声が漏れた。恐怖を完全に消すことはできない。だがその声は、間違いなく昨日までにはなかったものだ。


 澪は胸の奥が熱くなるのを感じていた。

 ――知識が人を支える。体は人を守る。

 冊子に書き記したその言葉が、今まさに広場で形になっていた。


 「……みんなで、生き延びましょう」


 澪の声は小さかった。けれど広場に集まった全員の耳に届き、誰もが黙って頷いた。


 その夜、村には不安と共に、初めて「覚悟」という名の灯がともった。


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