第12話「小さな奇跡、大きな波紋」
その夜、村には冷たい雨が降っていた。
ぽつり、ぽつりと屋根を打つ音に混じり、どこからか必死の叫びが聞こえてきた。
「澪さん! アルトさん! 来てくれ、息子が……熱で……!」
駆け込んできた父親に導かれ、澪とアルトは急ぎその家へと向かう。
藁葺きの屋根の下、薄暗い部屋では幼い男の子が布団に横たわっていた。顔は真っ赤に火照り、苦しげに息を荒げている。母親は濡れ布を必死に絞って額に当てていたが、効果は見えなかった。
「お願いです……助けて……!」
アルトは黙って子どものそばに座り、そっと手をかざす。
「冷却」
青白い光がほとばしり、少年の額にすっと吸い込まれていった。熱が冷まされ、苦しかった呼吸が少しずつ落ち着いていく。
「……楽になってる……!」
母親は驚きに目を見張った。
だがアルトは首を振る。
「一時的なものだ。熱を下げても、原因を取り除かねばまたぶり返す」
澪は周囲を見渡し、家の戸口を開け放つと雨の庭へと飛び出した。
「待ってて、すぐ戻る!」
しばらくして、濡れた髪を揺らしながら澪は草束を抱えて戻ってきた。
「これ、ハハコグサ。母子草とも呼ばれる野草です。昔の世界では咳止めや熱冷ましに使われていました」
黄色い小さな花をつけた草を、澪は手際よく刻み、熱い湯に浸す。ふわりと青臭さの中に甘さを含んだ香りが立ち上った。
「煎じて飲ませれば、喉の炎症をやわらげてくれるはず」
匙にとった液体を、母親が震える手で息子の口元に運ぶ。苦いのか、子どもは顔をしかめる。
澪は優しく微笑み、頭を撫でた。
「大丈夫。ちょっと苦いけど、これで楽になるからね」
ごくり、ごくりと少しずつ飲ませていく。
さらに澪は袋から白く乾いた根を取り出した。
「ユリの根です。栄養があって、弱った体に効きます。煮て少し食べさせれば力になるはず」
母親は涙をにじませながらうなずき、火を起こして煮る準備を始めた。
アルトは再び額に手をかざし、冷却魔法を重ねる。汗が流れ、少年の頬に赤みが引いていった。
「呼吸が……楽そうだ!」
父親が歓喜の声を上げる。
数時間後。
少年はすやすやと眠り、苦しそうな声はもう出していなかった。母親はその手を握りしめ、声を震わせる。
「……助かった。本当に助かったんだ……!」
アルトは小さく息を吐いた。
澪は安堵の笑顔を見せる。
「魔法と知恵、両方があれば、庶民でも命を守れるんです」
――その出来事は、翌朝には村じゅうに広まった。
「アルト様が冷やし、澪様が草で治したんだ」
「魔法と薬草で子どもを救ったって、本当か?」
「貴族や学舎じゃなくても、こんな奇跡ができるのか……」
希望のざわめきは広場にあふれた。
しかし同時に、それは恐れの声も呼んだ。
「庶民が魔法を使うなど、領主さまが許すはずがない」
「知れれば村ごと罰せられるぞ……」
やがて、その不安は現実となる。
数日後、村の門前に領主の配下の兵士たちが現れた。
鎧を着た兵士が冷たい声で告げる。
「噂は本当か。庶民に魔法を教え、秩序を乱している者がいると聞いた」
村人たちは凍りついた。
だが、子どもを救われた母親が勇気を振り絞り、叫んだ。
「もし澪さんとアルトさんがいなければ、うちの子は死んでいました! あれを秩序を乱すというなら、私は秩序より子どもの命を選びます!」
その言葉に、人々の胸に熱が灯る。
希望の炎は、もう誰にも消せないものとなり始めていた。




