第11話「庶民の魔法入門」
村の広場に、子どもから年寄りまで大勢が集まっていた。
澪が連れ帰った「追放された魔法使い」アルトを、一目見ようとする人々でごった返している。
「みんな、落ち着いて。今日はアルトさんが、“暮らしを助ける魔法”を教えてくれるんです」
澪の言葉に、好奇と不安の入り混じったざわめきが広がった。
魔法――それはこれまで、遠い城や学舎に住む者たちだけが扱う特別な力だった。庶民が触れてはいけない禁断の領域。
アルトは人々の視線を静かに受け止め、やせた指先を差し出した。
「まずは……火を灯す魔法からだ」
子どもたちが前に押し出される。
「ほんとにできるの? 僕にも?」
アルトは小さくうなずく。
「やり方は簡単だ。親指と人差し指をこすり合わせながら、“ヒュム”と小さく唱える。それだけでいい」
彼が実演してみせる。指先にかすかな光が集まり、やがて赤い火がふっと灯った。
「わああっ!」
歓声があがり、子どもたちの瞳が一斉に輝いた。
「やってみろ」
恐る恐る真似をする子どもたち。最初は失敗ばかりだが、ひとりの少女が「ヒュム」と唱えた瞬間、ほんの一瞬だけ赤い火花が散った。
「できた……! できた!」
少女が叫ぶと、周りからも次々と小さな炎が生まれ始めた。
「火打ち石がいらない……!」
「夜でも灯りをつけられるぞ!」
大人たちは感動で涙を流し、子どもたちは走り回って喜んだ。
だが、その輪の外から冷ややかな声が飛んだ。
「庶民が魔法を使うなんて、恐ろしいことじゃ」
「領主さまに知られたら、村ごと罰せられるぞ」
不安げなざわめきが広がる。
澪は一歩前に出た。
「聞いてください! これは戦うための魔法じゃありません。暮らしを助ける魔法です。火を灯せば寒さをしのげる。保存に使えば食べ物を守れる。知識と同じ、命を救うための力なんです」
澪の必死の声に、多くの人々がうなずいたが、なおも頑なに首を振る者もいた。
アルトは静かにその様子を見ていた。
(またか……俺が教えようとすれば、必ず恐れと拒絶がついて回る)
胸の奥に、王都での記憶が蘇る。
知識を分けようとしただけで「秩序を乱す」と追放されたあの日。
失ったのは立場や名誉だけじゃない。人とつながる喜びすら、あの日から遠ざかっていた。
だが今、目の前の子どもたちは炎を手にして笑っている。
「見て! ほら、本当に火が出た!」
「お母さん、明日の炊事に使えるよ!」
その笑顔は、かつてアルトが夢見た光景そのものだった。
(……これだ。俺が求めていたのは、これなんだ)
気づけば彼は、澪と並んで立っていた。
「恐れる必要はない。俺が教えるのは生活を助ける術ばかりだ。強い魔法は授けんし、授けるつもりもない。だが――」
彼は炎を灯す子どもたちを見回し、声を強めた。
「お前たちが家族を守り、飢えや寒さをしのぐ助けになるなら、この力を惜しみなく伝えよう」
広場に静寂が訪れ、やがて一人の老人が口を開いた。
「……わしは、学者でも役人でもない。ただの農夫じゃ。だが、冬に孫を寒さで失いたくはない。ならば、この魔法を学ばせてほしい」
それをきっかけに、次々と賛同の声が上がった。
「俺も!」
「私も学びたい!」
アルトは初めて、心からの笑みを浮かべた。
(もう一度……人とつながれるのかもしれない)
こうして、庶民のための「魔法入門」が始まった。
焚き火のような小さな光だったが、それは確かに村人の心に、希望という名の炎を灯していた。




