第10話「追放された魔法使い」
村を出て半日、澪は市の喧騒に包まれていた。
香辛料の匂い、野菜を並べる声、馬のいななき――戦乱で荒れているとはいえ、人が集まる場所にはまだ活気がある。
(仲間を探さなくちゃ。知恵を分けてくれる人を……)
そう思いながら市場を歩いていると、通りの片隅に人だかりができているのが目に入った。子どもたちが輪になって、歓声をあげている。
澪が近づくと、ボロ布をまとった一人の放浪者が、しゃがみ込んで子どもたちに手を差し出していた。
「よく見てろよ……こうやって、指先に息を吹きかけると――」
ふっと息がこぼれた瞬間、指先に赤い火が灯った。ろうそくの炎よりも小さな、頼りない光。
「わあっ!」
「すごい、ほんとに火が出た!」
子どもたちは手を叩いて喜び、男はかすかに笑った。
澪は目を見張った。
(魔法……でも、魔法って貴族や学者だけのものじゃなかったの? それをこんなふうに子どもに見せているなんて……)
思わず声をかけた。
「あの……今のは、魔法ですよね?」
男が顔を上げる。やつれた頬に無精髭、しかし瞳だけは澄んでいて鋭かった。
「……ああ。だが、こんな小細工だ。珍しくもない」
「でも、私にはできません。村のみんなにも。もしそれができたら……火打ち石がなくても、夜に灯りをつけられるのに」
澪の言葉に、男は苦笑した。
「だから俺は追放されたんだよ」
「追放……?」
男は立ち上がり、周囲の子どもが散っていくのを待ってから、低い声で語り始めた。
「俺は王都の魔法学校にいた。貴族の子弟が集う場所でな。だが俺は、庶民にも魔法を教えようとした。“火をつける”“水を清める”程度の術だ。生活に役立つ知恵を分け合えば、人はもっと楽に暮らせると思った」
澪は息をのんで聞き入った。
「だが、それが“秩序を乱す”とされた。知識や力は上にある者の独占物――そういう世界なんだ。俺は“反逆者”の烙印を押されて、追放された」
男は目を伏せ、ぼろ布の袖を握った。
「名を……アルトという」
――アルト。追放された魔法使い。
澪の胸に電流のようなものが走った。
「アルトさん。お願いがあります」
「……なんだ?」
「あなたの知識を、私たちの村に分けてほしいんです」
アルトは目を細めた。
「また同じことをさせるつもりか? 庶民に魔法を教えれば、貴族は黙っていない。お前も、村人も危険にさらされる」
澪は一歩踏み出した。
「危険なのは分かっています。でも……あなたが子どもに火を灯して見せたとき、あの子たちの目は輝いていました。あんな笑顔を、私は守りたい。知識は人を救えるんです」
アルトはしばらく黙り、澪の眼差しをじっと見つめた。真剣で、揺らぎのない瞳。
やがて、ため息とともに口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……お前、頑固だな」
澪は頷いた。
「頑固です。村の人たちも、あなたの魔法を待っています」
その言葉に、アルトの瞳がかすかに揺れた。
かつて自分が追放され、失ってしまったもの――人と繋がる喜び、知識を分け合う温かさ。
「……分かった。お前の村に行こう。ただし、俺は強い魔法はもう持たない。できるのは、火を灯す、小さな光を作る、それくらいだ」
「それで十分です!」
澪は心からの笑顔で答えた。
アルトは肩をすくめながらも、どこか誇らしげに歩き出した。
――追放された魔法使いと、知恵を伝える少女。
二人の出会いが、この世界を変える第一歩となるのだった。




