ヘルプコール
バイクに跨った瞬間、スマホの振動に気づいた。
まさか浬先生からの鰻パーティの誘いだったりして……。
なんて事を思いながら取り出したスマホに目を向ければ、珍しい名前が表示されている。
「鶴弥ちゃん?」
私の前でバイクに跨っている天童先輩が振り返り、フルフェイス越しに視線を向けて来た。
「ちょっと待っていて下さい、後輩からの連絡です」
天童先輩は片手を上げて答えてから、フルフェイスを脱ぐ。
そこは普通に返事すればいいと思うよ?
なんでいちいちキザっぽくするの? 後で黒歴史になるよ?
「鶴弥ちゃん……言いたい事が顔に全て書いてある様な表情止めて? 今度から気を付けるから……」
「それがいいと思います。 ……もしもし。 環さん、何かありましたか?」
がっくりと項垂れる先輩の後ろで声を上げれば、電話の向こうからは何やら騒がしい声がする。
誰かと一緒なのか。
『あの、部長……今大丈夫ですか? ちょっと緊急で』
何やら気落ちした声で伝えてくるが、何かあったのだろうか?
「ほぉ、珍しいですね。 大丈夫ですよ、丁度見回り中でしたから。 場所は? 相手の数と種類は?」
緊急と言う割に焦っていないというか、迷っている様な声を上げているが……まさか怪異関係ではなく人間関係だったりしないよね?
それであればお断りしたい所なんだが。
もしそうなら適任者が目の前に座っているから、そっちだけ向かわせるよ。
『場所は日向の家です。 数は多分一人、それからその……種類は、“上位種”になります』
……は?
この子は何を言っているのだろうか。
本当に“上位種”が相手なら、こんなにもモタモタと話している時間はない筈だ。
確かに緊急とは言っていたが、それでももう少し手早く助けを求めてもらいたいものだ。
「すぐに行きます、幸いそこまで離れていませんから! それまではどうにか耐えてください! 天童先輩、上位種! 今マップ出します!」
『あ、あのそれが今回は――』
環さんが何か言いかけていたが、生憎と“上位種”が居る状態で悠長にしている時間はない。
話の続きがあるのなら、現場についてから聞けばいいだけの話だ。
「ここです、すぐに向かって下さい!」
「了解、捕まってて!」
通話を切って、すぐさま三月さんの家の住所を表示してから、ハンドル近くのホルダーにスマホを突き刺した。
まさかこんなタイミングで“上位種”が現れるなんて。
最悪の場合、浬先生や他の先輩達に力を借りる事も考えなければ。
場所が場所だけに、今回は速度優先にするしかない。
頭の中で色々計画を立てている間に、バイクは走り出す。
お願いだから、間に合ってくれ。
――――
「随分な形相ですね、茜さん。 普段通り笑顔の方が綺麗ですよ?」
などと軽口を叩いてみるが、相手は苦しそうに呻きながらこちらを睨んで来た。
目の前に居るのは間違いなく茜さんだ。
報告は受けていたが、正直信じられない気持ちの方が大きかった。
だがこうして目の当たりにしてしまえば、信じる信じないの問題ではなくなってくる。
部室に遊びに来ては、ヘラヘラと掴みどころのない笑みを浮かべる彼女。
何が原因なのかは分からないが、会話さえままならない化け物に変わってしまったなら……この場で祓わなければいけないだろう。
それを行うのが僕達の役目、オカ研の活動目的。
とはいえ今回ばかりは、部長や黒家君にはお願いしたくはなかった。
流石にソレは、残酷過ぎる。
甘い考えかもしれないが、今いるメンバーで早急に対処したい所なんだが……
「茜さん、分かりますか? 僕です、上島です。 お願いですから、答えてください。 昼間は普通だったじゃないですか、何があったんですか? 答えてくれないと、僕たちは貴女を祓わなければいけなくなります。 分かりますよね?」
再び静かに問いかければ、彼女は見えない壁に拳を叩きつけた。
まだ数枚は方除札が残っているのか、ガツンガツンと鈍い音が室内に響き渡る。
長く美しい髪を振り乱し、強く優しかった瞳は、獲物を見つけた獣の様に血走っていた。
これが“上位種”の本来の姿。
今までの彼女の方が異常だったのだ、特別だったのだ。
そんな事は分かっている、分かっているが……この光景は、見ていて辛い。
「お願いです、茜さん。 正気に戻ってください。 皆待ってますよ? 誰もこんな事望んでませんよ?」
語り掛けながらも、静かにホルスターから札を引き抜く。
一花ちゃんによる札の調査と提案の元用意された、普段は使う事の無いホルスター。
左手首に設置されたソレに収められているのは、除霊効果が極めて高いと噂の代物。
正直眉唾だとは思っているが、それでも僕が“指”を使って書いたモノだ。
以前聞いた話を信じるのなら、この札を作った人の“想い”と、描いた僕の“異能と想い”。
それらが折り重なった、僕の手持ち札の中では切り札になりえる……はず。
一花ちゃんもその辺は同意しているのか、必殺札ホルスターなんてふざけて呼んでいたりする訳だが。
まさか、最初に使うかもしれない相手が茜さんになるとは。
「もう一度聞きますね? 僕がわかりますか? 貴女自身が誰か分かりますか? この返答次第で、即攻撃に移ります」
それだけ言って札を構えれば、彼女の視線は手元の札へと移り、怯える様に顔を歪ませた。
どうやら威嚇にはなる程度の効力はあるらしい。
なんて事を考えながら、札を構えて彼女へと近づいていくと。
『――ろして。 早ク』
「え?」
怯えた瞳をこちらへと向け、彼女は再び口を開いた。
『私を殺シテ! もう“アレ”が来ル! その前に――』
――クアァッ。
どこかで聞いた、馴染みのある鳴き声が聞こえた。
そして。
「え、ちょっ!?」
体は後ろに引っ張られる様に吹き飛ばされ、壁にでも激突するかと思ったのだが……その衝撃は無く、フワッと宙を舞う浮遊感が全身を襲った。
最後に視界に残った光景には、人形の様な顔をしながら涙を流す茜さん。
その背後には、大きな烏が翼を広げて彼女を包み込もうとしていた。
「“八咫烏”! どういうつもりだ!」
叫んだところで、間に合う訳がない。
体は窓の外へと放り出され、さっきまで居た部屋は視界の外へと追いやられる。
だが。
――オ前達ニハ願イが無イ。 ツマラナイ、導ク先がナイ。
その声だけは、はっきりと耳に残った。
――――
「草加さん……アンタ早くこの中から嫁さん選んでやりなよ。 可哀そうだろ?」
見覚えはあるが、名前は知らないおばちゃんが呆れた様な顔で串焼きを頬張っている。
その隣では旦那さん、なのだろうか? おっちゃんがビール片手に、七輪で焼いたシイタケを齧りながら盛大に笑っていた。
「あれかい? にいちゃんは朴念仁ってやつかい? 俺が若い頃なら、全員モノにしちまうけどねぇ」
誰なんだろうか、何かめっちゃ絡んでくるんですが。
やけに「俺は昔モテてたんだぜ」的なアピールをしてくるが、その度におばちゃんに引っ叩かれ、「私が拾ってやったんだろ、感謝しな」とか怒鳴られている。
「なんだか、賑やかになっちゃったわねぇ。 大家さんも来てるし」
俺におかわりのお酒を持ってきてくれた椿が、周りを見渡して小さなため息を溢しながら隣に腰を下ろした。
そう、賑やかなのだ。
さっきの夫婦だけならまだしも、視界を動かせば結構な人数が飲み食いしている。
密集住宅地とかなら、多分周りから苦情が殺到していた事だろう。
幸いなのは、大声で叫び散らしたりする人が居ない事だろうか。
その辺はアレだね、皆分かって楽しんでいるんだね。
そして何より、今集まっている皆がウチのアパート住人だっていうから驚きだ。
流石に住人全員が参加している訳ではない様だが、結構な人数が集まっている。
誰こいつ等、俺知らないんだけど。
「皆食材持ってきてくれるからいいですけど、いつの間にかバーベキューになっちゃいましたね。 はい、草加先生。 おかわりのお肉です、野菜も食べてくださいね?」
完全に料理番と化した早瀬は、俺だけではなく皆に料理を配っている。
そんな子供みたいな注意されなくてもちゃんと食べるさ、おっさんだもの。
俺が苦手な野菜と言えば、アボカドくらいだ。
アレって野菜なんだろうか? フルーツっぽい見た目はしてるけど、味はそうでもないしなぁ。
「とはいえまぁ、もう少ししたら落ち着くでしょう。 そろそろ食材も切れますし、皆さんのお腹も満たされて来た頃合いでしょうから。 ……っと、すみませんちょっと失礼します」
会話に混じってきた黒家が、エプロンからスマホを取り出して人のいない方向へ踵を返す。
「彼氏から電話か?」
「おや、という事は先生からの連絡でしたか。 今この場で聞きましょうか?」
いたずらにからかってやろうとしたら、おかしな返しをされてしまった。
いつから俺はお前の彼氏になったんだよ。
未成年とそんな関係になったら社会的に死ぬわ。
高校生じゃなければセーフなのか? その辺りは良くわからん。
「アホな事言ってないで、さっさと行ってこい」
「えぇ、行ってきます。 ちなみに弟からですから、ご心配なく」
なぁにがご心配なく、だ。
アイツも大学生になって、男の扱いを覚え始めたのかね。
最近事あるごとに何かしらひねくれた返しをされている気がする。
なんて事を考えながらため息交じりに見送れば、両サイドから疑いの眼差しが飛んできた。
「草加先生、最近巡と仲いい……のは昔からですけど、距離感近いですよね」
「そうか? 大体早瀬と一緒にウチに来るんだから、二人共似たようなもんだろ」
距離感という意味では、今現状早瀬の方が物理的に近い気がするんだが。
真隣りに座ってるし、コンロと七輪は放っておいていいのかね。
「草加君、まさかとは思うけど手を出したりしてないわよね? いくら大学生になったからって、最近まで高校生だった子なのよ? 無責任な行動取ったりしてないわよね?」
椿からなんとも心外な言葉浴びせられる。
貴様らは世の中のおっさんという生き物を舐めているだろう。
おっさんは社会的に弱い生き物なんだぞ? 電車とかで若い子の近く居るだけで冤罪を掛けられてしまう可能性があるんだぞ?
そんなか弱い生物が、無責任な行動など取れる訳が無いだろうに。
どれくらいか弱いかと聞かれれば、下手したたピク〇ンよりも社会的には弱いんだぞ。
日々周囲を警戒しながら生きているわ。
「してねぇよ。 というか彼氏彼女だの、結婚云々って話なら年齢的にお前の方が候補に挙がるだろ。 そういう意味でもすぐすぐ男の家に泊まろうとすんじゃねぇよ、ちょっとは警戒しろ」
椿には割と本気で注意を促したつもりだったのが、聞いた本人はポカンと間抜けな表情を浮かべていた。
そして数秒後にはほんのり赤くなり、ニヘラッと間抜けな笑みを浮かべてやがる。
ダメだコイツ、全然わかってねぇ。
ていうかもう酔っぱらってるのか? 相変わらず酒に弱い。
「え、何々? 草加君ちゃんとそういう対象として私の事見てたの? えー、どうしよっかなぁ。 今度一人で泊まりに来ちゃおっかなぁ」
「うっせぇ酔っ払い。 酔いつぶれて介抱されたくなきゃ、もうちっと自衛しろ」
などと会話をしている内に、黒家が戻ってくる姿が見える。
周囲の連中も今では料理を摘まみながら酒を飲んでる程度だし、そろそろ終わりかな?
まぁ十分騒いだ、飲んだし食ったし皆満足して帰ってくれるだろう。
なんて思って立ち上がった瞬間、今度は俺のスマホが振動した。
珍しい、更に言えば表示されている名前も珍しい。
「おっすー、どした? なんかあったかぁ?」
画面をタップして気楽な声を上げてみたが、なかなか向こうから返事が返ってこない。
本当にどうした? なんかあったか?
ちょっと心配になって来て眉を寄せた頃、電話の向こう側から震えた声が返って来た。
『……草加先生。 お願いです、助けてください……』
その声を聞いた瞬間、一気に酔いが醒めた気がした。
コンテストの関係上”カクヨム”の方に一本お話を上げようかと考えております。
向こうでも小説読んでいるよーって人がどれくらい居るのか分かりませんが、お話が完成次第投稿する予定なので、よろしければそちらもよろしくお願いいたします。
予定としては、また怪異モノです。





