怒り
まだ先生に連絡が入る前のお話。 順番ずらした方が良かったかな……
指定された場所へと到着しバイクを慌てて降りれば、そこには何やら部員たちが言い合っている姿が。
全く……“上位種”が居るというから慌てて来てみれば、何をやっているのだろうか。
もう解決したというならまだいいが、未解決なら言い合っている場合では無いだろうに。
「本当に、あの子達は……」
「苦労するね、部長さんも」
そんな言葉を交わしながら二人で近づいていくと。
急に二階の窓から人影が降って来た。
「なっ!?」
上空から人が振ってくるという光景は、私にとってトラウマなのだ。
以前とは違って高さがあるわけではないが、本当に勘弁してほしい。
「天童先輩!」
「分かってる!」
あの時の様に、急に現れて助けてくれる存在はいない。
だが、すぐ近くに頼れる人がいるのだ。
この安心感は、“たいぶ違う”。
天童先輩もアレから随分変わった。
俊君ほどとまではいかなくても、かなり身体能力が高くなったのは何度も目にしている。
落ちてくる人影に向かって駆けだした先輩だったが……結果から言えば徒労に終わった。
別に天童先輩がキャッチ出来なかったとか、落ちて来た本人が華麗に着地を決めて見せたとか、そう言う訳じゃないが。
「アレは……」
「“ブギーマン”?」
いつぞやの馴れ馴れしい怪異が落ちて来た人物を包み込み、ゆっくりと地面に下ろす。
正直普段なら信じられない行為だ。
他の“上位種”から誰かが触れられた事はあったが、“助ける為に”触れてくる事は今まで無かった。
あったとしても“獣憑き”となり、誰かを救う事くらいだろう。
アレが可能なら、今後茜さん辺りに頼めば空中浮遊が可能になりそうだ。
絶対やらないけど。
「なんて、馬鹿な事考えている場合じゃないですよね」
「走り出した俺の活力は何処に向ければいいのかな。 あと、話には聞いてたけど“アレ”は大丈夫なヤツ?」
「まだわかりません、なので一応警戒して下さい。 それと活力はこの後に生かしてください、期待してますよ」
それだけ言ってから、私は皆の元へ歩み寄る。
誰も彼も目の前で起こっている事の対処に精一杯の様で、私達に気づいている様子はない。
まあいいんだけどさ、これでも急いできたんだよ?
「……はぁ、なんの騒ぎですか」
音叉を構えながら後ろから歩み寄れば、全員が一斉にこちらに振り返った。
それは良いんだけどさ、ブギーマン。
お前やっぱり“こっち側”だったの?
ある程度予想はしていたけど、渋谷さんか上島君辺りだよね?
言いづらいのは分かるけど、ちゃんと報告しようよ。
後で説教してやる。
というか、これでオカ研に関わる“上位種”が二体になった訳だ。
神様とやらも含めれば更に数は増えるけど。
「えっと。 あの、部長? 早いですね?」
「余計な言葉は要りません、現状を報告しなさい眼鏡」
戸惑いの声を上げた彼の方を睨めば、気まずそうに視線を逸らされてしまった。
そもそも連絡してきたのはココに居る皆なんだから、説明くらいしなさいよ。
浬先生じゃないけど、もしかして私嫌われてる?
なんて事を思い始めた矢先、目の前に“ナニか”が振って来た。
その瞬間、酷いノイズが“耳”に響く。
「はぁ……怪異っていうのは何故こうも空気が読めないんでしょうね。 いくら“上位種”だからってあまり調子に乗っていると――」
降って来たソレに視線を向けながら言葉を紡ごうとしたが、それは中途半端に止まってしまった。
だって、そこに居たのは。
「……なんの冗談ですか?」
見知った黒いセーラー服の少女が、ブリキの人形の様にぎこちない動きで立ち上がった。
その動きはまるで“烏天狗”に操られた女性達の様で、その瞳にはいつもの光が無い。
見ているだけで嫌悪感を覚える様な醜悪さに、思わず舌打ちを溢した。
間違いなくいつもの彼女ではない。
見るからに見慣れた“怪異”、私達の敵。
「鶴弥ちゃん離れて!」
歯噛みする私を他所に、背後から叫び声が聞こえたかと思えばすぐ隣を誰かが走り抜ける。
「“茜さん、止まって!” 何してるんだアンタは!」
天童先輩の“声”に従ったのか、眼前に迫って来ていた茜さんの動きがピタリと止まる。
そして、その口元だけがピクピクと微かな動きを見せた。
ホント、何が起こっている?
『逃げテ……』
最初、何を言っているのか分からなかった。
声は聞こえた、でも頭が付いて来ない。
もし彼女を蝕んでいる存在が居ると言うなら、私達がソレを取り去れば良いだけだ。
それで彼女は元に戻る、はずだ。
だというのに彼女は、私達に“助けて”ではなく、“逃げて”と言ったのだ。
訳が分からない、なんて呆けている数秒後、その答えが上空からやって来た。
クアァッ!
その鳴き声が聞こえた瞬間強い風圧を正面から受け、私達は文字通り“吹っ飛ばされた”。
何故“お前”が私達を攻撃する?
というか、宿主はどこへ行った。
「ぐっ……! 渋谷!」
「徹!?」
「一花! 一緒に左に飛んで!」
「は? ちょ、キャアァァ!」
色んな声が交差する中、私も皆と同様に吹っ飛ばされ、真っすぐ後ろに吹っ飛んでいく。
これ、物理的に結構不味いんじゃ……なんて思った私の体を誰かが抱き留め、空中で前後が入れ替わったのが分かった。
そして数秒後には抱き留めてくれたその人から、鈍い衝突音が響き渡った。
「がっ……ぐ……鶴弥ちゃん、平気?」
やけに苦しそうな声が聞こえる。
せき込みそうになるのを抑えながら、その人は声を掛けてきた。
眼を開けば、至近距離に見知った笑顔。
でもいつもとは違い、随分と無理をしているような作った笑顔。
そして彼の背後では、彼のバイクが勢いよく道路に倒れる、というか吹っ飛んでいく光景が目に移った。
「天童……先輩? 大丈夫なんですか?」
どうやら吹っ飛ばされた所を天童先輩に拾ってもらい、更に彼のバイクに激突したらしい。
コンクリートの壁とかではなかったからまだ良いのかもしれないが、それでも衝撃を殺せたとはとても思えない。
そしてそのダメージは、彼一人が請け負ったのだろう。
なんたって中型バイクが吹っ飛ぶ勢いだというのに、私は怪我ひとつしていないのだ。
とてもじゃないが、コレでノーダメージなのは浬先生くらいなモノだと思う。
「大丈夫だよ、まだ戦える。 だから――ゴホッ!」
むせ込んだ彼の口から、赤い液体が飛び散って私の体に掛かった。
「え?」
朱く、紅い生暖かい液体。
その数滴が私の顔に掛かり、僅かに鉄臭い香りが漂ってくる。
そして“耳”に響いてくる、彼の異常な鼓動。
ドクン、ドクンと聞こえてくるその心音が、普段よりずっと早い。
というより、体に異常があったとしか思えない程の早さで脈打っている。
ソレを聞いた瞬間、私の中で何かがキレた。
「……少しだけ、待っていて下さい。 すぐ救急車を呼びますから」
「まっ……鶴弥ちゃ、ゲホッ!」
彼の腕から離れ周囲に視線をやれば、どこも酷い状態だった。
天童先輩ほどではないにしろ、間違いなく大なり小なり怪我はしているだろう。
失態どころではない、もう何て言うか……ね。
「確認します、俊君はこの場に居ないんですよね? そして今のは“八咫烏”からの攻撃って事でいいんですよね?」
「……えぇ、そうみたいです。 僕らにもまだ状況が把握しきれてなくて」
渋谷さんを庇ったらしい上島君が、苦しそうな顔をしながら答えてくれた。
状況が把握しきれていないのも、判断がつかないのも当たり前だ。
なんたって相手は“茜さんと八咫烏”なのだから。
でも、私は緊急の連絡を貰って呼び出された。
そして環さんは間違いなく、相手は“上位種”だと言ったのだ。
君たちはどこまで知っていたのかな?
知った上で、私に報告を上げなかったのかな?
自分達だけで解決しようとして、結局最後の最後で私を呼んだのかな?
その上で、こんな状況に陥っているのかな?
やり場のない怒りと、八つ当たりの様な感情が渦巻いていく。
「部長、その……」
「言い訳はいいです。 私が対処しますから、早く救急車を呼んでください」
声を上げようとした環さんの言葉をピシャリと切り捨ててから、音叉をもう一度構え直した。
何でもっと早く頼ってくれなかったのかとか、何で茜さん達が私達に牙を向いているのかとか。
色々聞きたい事はある、分からない事も沢山ある。
あるのだが……今はとりあえず、どうでもいい。
全部後回しだ。
「茜さん、それから“八咫烏”。 私は今から貴方達を“敵”と認識します、構いませんよね? それだけの事をしたんですから。 特に“八咫烏”、お前だけは……」
茜さんの元へ舞い降りた巨大な三本足の烏に音叉を向けながら、グリップに取り付けられた“赤い石”を押しこんだ。
そして窪みも押しこみトリガーに指を掛ける。
手加減なんて、絶対にしてやらない。
「磨り潰してやるから覚悟しておけ」
――クアァァッ。
その鳴き声がやけにこちらを煽っている様な、舐められている様な感覚を覚え、私は本気で音叉を叩き、そしてトリガーを引き絞ったのであった。





