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DIGNITY  作者: 紫ようか
第一章 帰還
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2、子望月

あの幼女を預かって5日が過ぎた。


診療所に来た時は重湯を口に含ませる程度しか食事ができなかったが、今は煮豆などをすり潰した食事が摂れるようになっていた。


幼女の母は毎日畑仕事を終えた後に必ず見舞いにきている。

「少しずつ食べられるようになってきているよ」


「ありがとうございます。ありがとうございます」

幼女の母は畳に額を擦り付けるように何度も頭を下げた。

「あの…家には帰してもらえるんでしょうか?」


サナトの表情は晴れず、返答に少し間を置いた。

「…もう少しうちで、預かってもいいだろうか?」

食事が少しずつ摂れ始めてきていても、栄養が充分ではない。


食べられることと、生き延びれることは必ずしも同じではない。


「心の臓の負担はまだあるようだ」

足の浮腫みが引いていなかった。


「少し食べられるようになったからと言って、また油断はできない。今は体がやっと食べ物を受けつけ始めた、といったところだ」

サナトは幼女の母に今も状態は厳しいことと、これからを話していた。


サナトはこういった場面にリヒトを必ず同席させる。

リヒトは、幼女をじっと見ていた。


心の臓のあたりの氣の流れが極端に鈍くなっている。

(うちに来た時と、あまり変わってないな)


リヒトは人の氣の流れを感じ取れる能力があった。

見えるわけではない。ただ、感じ取れることができるだけだ。


敵意、緊張、恐怖、体の異常。


サナトは患者の体に触れると感じ取れるという。

なぜ自分にそんな力があるのか、リヒト自身もわからなかった。


「父さん、あの子…良くなるのかな…」

幼女の母が帰る背中を見送りながらリヒトが言った。

「…どうしてそう思った?」

「あの子の胸元にある違和感が、ずっと昔からある気がして…」

サナトは黙っていた。


それは、幼女の体に触れていた時に気がついていた。

もしかしたら、生まれつき心の臓に病を抱えていたかもしれない。

それが長い期間の栄養不足で急激に悪化した可能性がある。

それを幼女の母に伝えても、あくまで推測なためいらない不安を与えるだけだ。

幼児の母は体調不良は風邪と栄養失調が原因と思っているだろう。

今できる対処を行なっていくしか手立てはない。


しかし、リヒトは不思議な能力を持っている。

幼い頃から側で診察を見せてきたが、患者の異常を、ほとんどいい当ててきた。


(人の体の違和感を感じることは、医師として向いている。しかし、本人は医師ではなく剣士の夢を持っている。命と向き合う医師の仕事を中途半端な気持ちでさせるわけにはいかないか…)

十四歳の少年の心の内をサナトは見定めかねていた。


*


街中を緩やかに一本の水路が流れている。


川を挟んだ両側は夜だというのに行灯が並び、人が往来し賑わっている。


その水路を、荷を積んだ船が何艘も行き交っていた。

ゆっくりと流れに反して進んでいく船の船頭が荷物の影にいる人物に声をかけた。

「もうすぐで船着場だよ」


荷物の裏から、十歳前後の少女がひょっこりと顔を出した。


少女は、隣にいる頭巾を目深に被った人物を揺すり起こした。

「…ずいぶんと賑やかだな」

目深に被った頭巾を少しあげて、喧騒の先を見た。


酒に酔った者が多く、ところどころで黄色い声が聞こえる。


「ここらは、昼も夜も賑わってる。昼は商人の街、夜は飲み屋街だ」


船頭は器用に船を横付けた。


少女は身支度を始め、頭巾の人物は刀を支えにしてゆっくりと立ち上がる。長い外套の間から異国の服が見えた。


(異国人の剣士か?…声からして女だが、ずいぶんと背が高い)


船頭は船を固定しながら頭巾の人物を見やった。


ここ数年、この島国にも異国人が増えたため、とくに不思議ではない。

言葉が流暢なため、異国から帰ってきたこの国の人間かもしれない。

「お前さん、早く宿に行ったほうがいい。こんな時間に子どもを連れてふらつくと碌なことがない。裏路地なんかにゃ入らんことだな」

「そうか」

頭巾の女は先に船から降りて、そっと少女に手を差し伸べた。


「世話になった。船賃だ」

懐から小さな巾着を取り出し、船頭の手のひらに乗せた。

ずしりと重い。


頭巾の女は明るい夜の飲み屋街に向かって歩き始めた。

少女はぺこりと船頭に頭を下げて後を小走りで追っていく。

船頭が渡された巾着の中身を見ると、三日働いた分の船代が入っていた。

もらいすぎだと声をかけようにも、二人の姿はもう見えなかった。


巾着の重みを手に感じながら、下流の河岸問屋での二人の姿を思い出した。船に乗せて欲しいとしばらく頼みまわっても、誰も乗せようとはしなかった。


この船頭にも少女と同じくらいの娘がいる。

頭巾の女についてまわる少女の姿が、自分の子どもと重なった。


(人に優しくすると、いいことがあるもんだな)


顔をほころばせながら見上げた空には、子望月が光っていた。

船頭は月に向かって手を合わせた。


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