第八章 「好きという感情」
その後、僕は何人かと付き合った。
誰のことも、好きではなかったわけではない。
一緒にいれば楽しかった。
会いたいと思った。
相手から連絡が来れば嬉しかったし、関係が終われば悲しかった。
恋人としてすることも、少しずつ分かるようになった。
小学生のころより、相手の都合を考えられるようになった。
返事が遅いだけで、すぐに嫌われたとは思わなくなった。
寂しさをそのまま相手へぶつけることも減った。
たぶん、前よりはまともに人と付き合えるようになっていた。
それなのに、ときどき思った。
好きって、こんなんだったっけ。
目の前にいる相手に不満があるわけではなかった。
林花と比べて、誰かが劣っていると思っていたわけでもない。
ただ、僕の中にある「好き」という感情の最初の見本が、極端すぎた。
少しでも会いたかった。
メールが来ないだけで不安になった。
何度好きだと言っても足りなかった。
大人になったら一緒に住んで、結婚するのだと本気で思っていた。
あれと同じ熱を探せば、ほとんどの恋愛は静かに見えた。
もちろん、小学生の恋と、そのあとの恋を同じ基準で測ること自体がおかしかったのだと思う。
あのころの僕には、学校と家と林花しかなかった。
今より世界が狭かったぶん、一人の人が占められる場所は大きかった。
初めてだったから強く感じただけかもしれない。
終わり方が曖昧だったから、実際よりきれいに残ったのかもしれない。
そう説明することはできた。
説明できても、感覚は消えなかった。
林花のことを、いつも考えていたわけではない。
何かの拍子に思い出した。
白い、ふわふわした上着。
夜の公園。
上着越しの体温。
何の匂いか分からない、懐かしい匂い。
そして、届かなかった返信。
思い出す順番に決まりはなかった。
普段は何年も前の出来事として、自分の中の遠い場所にあった。
それが急に、昨日のことのような鮮明さで戻る日があった。
思い出すたび、懐かしいとは思った。
戻りたいのかと自分に訊くと、分からなかった。
何に戻るつもりなのかさえ、そのころの僕には言葉にできなかった。
付き合った相手のことは、それぞれ違う理由で好きだった。
話していて楽しい。
一緒にいると落ち着く。
優しい。
自分のことを分かろうとしてくれる。
理由を言葉にできる好意だった。
林花への気持ちは、理由より先に存在していた。
好きだから会いたかった。
好きだから言葉がほしかった。
好きだから、未来まで同じ相手がいると思った。
その単純さを、僕はもう持っていなかった。
失ったのが純粋さなのか、幼さなのかは分からない。
取り戻した方がいいものなのかも分からなかった。
だから、誰かを好きになるたびに、同じ問いが残った。
好きって、こんなんだったっけ。
答えが出ないまま、時間だけが過ぎた。
二〇二六年。
Instagramの通知に、林花の名前が現れた。
林花が僕をフォローした。
中学生のときのように、会いたいという文章が届いたわけではない。
名前と、小さなアイコンと、フォローされたという事実だけだった。
そこから僕らは、DMで言葉を交わした。
今度は、送った言葉が届いた。




