第六章 「終わり方を知らない」
好きでさえいれば、何度でも仲直りできると思っていた。
その思い込みが通用しなくなり始めたのは、六年生の冬休みだった。
受験を目前にして、林花が塾へ行く日は増えた。勉強しなければならない時間も増えた。
放課後に会える日は減り、メールの返事を待つ時間は長くなった。
理由は分かっていた。
林花が僕を嫌いになったからではない。中学受験をするために、やるべきことがあった。
頭では理解していた。
理解できることと、平気でいられることは別だった。
会えないのが寂しかった。メールが返ってこないのも寂しかった。前なら僕に使ってくれた時間が、少しずつ別のものに取られていくように感じた。
もちろん、受験は誰かに時間を奪われることではない。林花が自分のために使っている時間だった。
十二歳の僕には、そこまで考える余裕がなかった。
僕は寂しさを、そのまま寂しいとは言えなくなっていた。
最初のうちは言えていたのかもしれない。
会いたい。
話したい。
返事がほしい。
けれど、同じことを何度求めてもかなわないと、それは少しずつ別の言葉になった。
どうして返してくれないのか。
僕のことはどうでもいいのか。
前は会ってくれたのに。
僕は、林花が忙しいことを知りながら、忙しくなる前と同じものを求めた。求めたものが返ってこないと、林花に強く当たった。
あるとき、林花が体調を崩していた。
生理によるものだった。
当時の僕は、生理についてほとんど何も知らなかった。どれくらいつらいのかも、同じ人でも日によって違うことも知らなかった。
僕は林花の体調不良を、普段の生活習慣と結びつけた。寝る時間や日頃の過ごし方が悪いからではないかというようなことを、冗談めかして言った。
正しいことを教えているつもりさえあったのかもしれない。
今なら、何が間違っていたのか分かる。
林花が必要としていたのは、原因についての僕の浅い分析ではなかった。つらいと言った相手に、大丈夫かと聞けばよかった。
分からないなら、分からないまま心配すればよかった。
僕はそうしなかった。
知らないことを理由に、相手の痛みを軽く扱った。冗談にしていいかどうかを、傷ついている本人ではなく、言う側の僕が決めた。
無知だったことは事実だ。
でも、無知だったことは、優しくできなかった理由にはなっても、傷つけていい理由にはならない。
メールでも、強い言葉を送った。
画面の中では相手の顔が見えなかった。目の前にいたら言えないことも、文字なら送れた。
寂しかっただけだと言っても、責める文面が責めなかったことにはならない。
僕は、自分の寂しさを林花の落ち度に変えた。
それでも、また仲直りできると思っていた。
今まで何度もそうだったからだ。
少し言いすぎても、謝れば戻れる。好きだと伝えれば、また同じ二人になれる。
僕は、何度でも戻れることと、何度傷つけてもいいことを混同していた。
小学校を卒業したころ、大きな喧嘩をした。
冗談だった、そうは受け取れなかった、という話から、互いの言い方そのものを責め始めた。僕は相手を傷つけるための言葉を選び、最後には別れようと送った。
本当に別れたかったのかは分からない。
たぶん、林花に否定してほしかった。そんなことは言わないで、と返してほしかったのだと思う。
けれど、文字は意図ではなく、書いた通りに届く。
別れようと送った僕の本心が何であっても、林花の画面には、別れようという言葉だけが残った。
その前後には、友達を通して距離を置きたいという意思を伝えられたこともあった。
僕は、もう一度だけ話したいと言った。直接話せば説明できると思った。謝ることもできる。まだ好きだと言えば、以前のように戻れるかもしれない。
断られた。
それで終わったはずだった。
けれど、春になっても僕らはメールをした。
ある日は、六年生のころと変わらない速さで言葉が返ってきた。別の日には、何を送っても距離が縮まらなかった。
中学校に入ってからも、連絡は途切れては戻った。
恋人として話しているのか、昔の恋人として話しているのか、その日によって違うように見えた。
僕は一度、自分たちはいま付き合っているのかと訊いた。
答えを読んだはずなのに、そのあとにもメールは続いた。
僕は、終わったと考える材料より、まだ終わっていないと考えられる言葉の方を拾った。
階段の踊り場で始まった僕らには、最後に向き合う場所がなかった。
アパートの横でも、夜の公園でも、別れのためには会わなかった。
最後に会った日。
最後に恋人として話した日。
最後に好きだと送った日。
どれも、最後になるとは思っていなかった。
僕らの交際には、始まった日がなかった。
終わった日も分からなかった。
気づいたときには、僕らはもう、付き合っていない二人になっていた。
僕は、原因を何度も考えた。
受験で会えなくなったから。
僕が寂しがりすぎたから。
返信を求めすぎたから。
体調が悪い林花に、無神経なことを言ったから。
強い言葉を送ったから。
別れを、相手の気持ちを試すための言葉として使ったから。
どれかひとつではなく、たぶん全部だった。
林花がどう考えていたのかを、僕は最後まで聞き切れなかった。
だから、僕の中にはひとつの文章だけが残った。
僕がもっと優しければ。
忙しいことを受け入れられていたら。体調が悪いと聞いたとき、ただ心配できていたら。返事を待てていたら。あの喧嘩で違う言葉を選んでいたら。
その先も続いたのではないか。
確かめる方法のない仮定は、否定されないまま残る。
僕はそれを、そのあとも長く持ち続けることになった。
僕らは、付き合い方を知らなかった。
それ以上に、終わり方を知らなかった。
だから僕は、終わったあとも、あの恋を終わらせることができなかった。




