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最終章 「昔の僕ら」

別れよう、と入力した。


送る前に、その上へ長い説明を書いた。


林花(りんか)が悪いわけではないこと。


僕も我慢して続けたくはないこと。


好きではなくなったから別れるのではないこと。


書いているうちに、別れたいのか説得したいのか、自分でも分からなくなった。


ほとんど消した。


残したのは、このまま恋人でいるのは難しいということと、別れた方がいいと思っているということだった。


送信した。


画面の上には、少し前まで話していた予定が残っていた。


一緒に行くはずだった郊外の店。


雨で延期した展望台。


何時の電車に乗るか。昼をどこで食べるか。天気が悪ければどうするか。


未来は、別れようと送っても自動では消えなかった。


林花から返事が来た。


長い文章ではなかった。


「私も、それがいいと思う」


引き止める言葉も、条件を変えて続けようという提案もなかった。


僕は画面を見たまま、少し待った。


もう送るべき説明は残っていなかった。


「ありがとう。楽しかったよ」


それを送って、話は終わった。


最初の別れとは違った。


誰かを間に挟まなかった。


終わったあとで、もう一度だけ話したいと頼む必要もなかった。


僕は言いたいことを言った。


林花の言葉も読んだ。


それでも、送った文を読み返すたびに、もう少し待てたのではないかと思った。


答えは出なかった。


ただ、付き合い続ければ、僕はまた林花から返ってくるものを数えるだろう。その自分は、簡単に想像できた。


そこへ戻りたいとは思わなかった。


別れたあと、僕は昔のメールを開いた。


最初に探したのは、好きだと書かれたメールだった。


好き。


大好き。


愛してる。


会いたい。


ずっと一緒にいたい。


同じ意味の言葉を、僕らは何度も送り合っていた。


僕からだけではなかった。


林花の方から始まっているやり取りもあった。会えなくて寂しいと書いたのも、未来の話をしたのも、僕一人ではなかった。


記憶の中で作り上げた恋ではなかった。


昔の林花は、僕を好きだった。


少なくとも、残っている言葉をそのまま読めば、そうとしか思えなかった。


それを確認したかったのだと思う。


安心したかった。


けれど、読み進めると、好きという言葉だけでは済まなくなった。


春には、もう謝らなくていい、メールも送らなくていいという意味の言葉があった。


初夏には、僕がもう一度付き合ってほしいと頼んでいた。


秋には、付き合うのは無理だと、かなりはっきり書かれていた。自分より好きになれる人ができる、とも言われていた。


それで終わったはずだった。


その次の月には、今日会わなければしばらく会えない、という話をしていた。


さらにあとには、林花から「好き」と一言だけ届いていた。


冬には、僕からメールが来ると嬉しい、と書いてあった。


僕を好きなわけではないと思う、と続いた。


その翌日には、少し好きかもしれない、に変わっていた。


春になっても、またいつでもメールして、と言われた。


夏には、会いたいというメールが届いた。


僕の返信は、そこだけ届かなかった。


僕は長いあいだ、最初の別れを一つの出来事として考えていた。


自分がもっと優しければ、あの日に別の言葉を選んでいれば、そのまま続いていたのではないか。


実際の記録は、もっと不格好だった。


僕らは一度壊れたあとも、何度もつながり直していた。


好きではないと言ったあとで、好きと送った。


付き合えないと言ったあとで、会おうとした。


終わらせる言葉と、終わらせない行動が、同じ受信箱に残っていた。


あの恋に終わった日がないのは、最後の会話をしなかったからだけではなかった。


僕ら自身が、何度も終わりを取り消していた。


幸せだった。


同じくらい、不安定だった。


純粋だったと言えば、そうだったのかもしれない。


未熟だったと言えば、それも正しかった。


どちらか一方に決める必要はなかった。


あのころの僕らは、未熟なまま、本気で好きだった。


僕は、林花ともう一度付き合えたら、あの恋の続きが始まるのだと思っていた。


戻ってきた林花は、小学生の林花ではなかった。


当たり前だった。


僕も、あのころの僕ではなかった。


現在の林花を好きではなかったわけではない。


話していて楽しかった。


また会いたいと思った。


可愛いと思った。


一緒に行くはずだった場所を、楽しみにしていた。


それも全部、本当だった。


それでも僕は、現在の林花の向こう側に、昔の林花を見ていたのだと思う。


僕を好きだという気持ちを隠せなかった林花。


短い時間でも会おうとした二人。


言葉がいくらあっても足りなかった二人。


取り戻したかったのは、彼女一人ではなかった。


あのころの僕らだった。


そう考えると、一番説明がついた。


それがすべてだったのかは、今でも分からない。


林花が何を取り戻そうとしていたのかは、もっと分からない。


僕らは、互いに同じ過去を見ていたのかもしれない。


まったく違うものを見ていたのかもしれない。


ただ、今の二人が昔の二人にはなれないことだけは確かだった。


僕らは昔の僕らを愛していた。


昔の僕らは、もうどこにもいなかった。


最初の恋には、終わりを示す言葉がいくつもあった。


それでも、終わった日はなかった。


今回は違う。


僕が別れた方がいいと送った。


林花がそれを受け入れた。


予定は残った。


迷いも残った。


好きだったという事実も残った。


それでも、二人とも、終わったことだけは知っていた。


その日、僕は初めて、自分の恋が終わるところに立ち会った。


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