第十一章 「返ってこない」
付き合い始めたころ、僕らは普通に楽しかった。
林花が映画の券を取り、僕らは一緒に観に行った。会えば話は続いた。酒がなくても、どうでもいい話で笑えた。
昔のことを話さなくても時間が埋まった。
それは、かなり大事なことのように思えた。
ある夜、林花が言った。
関係をどうするか話す前の方が、距離は近かった気がする。
僕にも思い当たるところがあった。付き合うと決めてから、触れることにも、言葉にも、かえって意味が増えていた。
僕は、少し緊張しているのだと説明した。
まだ会った回数も少ない。これから慣れていけばいい。
林花は、もう六回会っていると訂正した。
僕は片手で数えられるくらいだと思っていた、と返した。林花の家では片手で数えられるのは五までだと言われた。
そのまま二人で笑った。
深刻な話になるはずだったものが、いつもの会話に戻った。
僕は安心した。
同じ失敗はしないつもりだった。
寂しさを怒りに変えない。相手の都合を考える。違和感があれば、勝手に結論を出す前に話す。
小学生の僕にできなかったことを、一つずつやればいいと思っていた。
ただ、僕が好きだと言う回数に比べて、林花の方からその言葉が出てくることは少なかった。
夜中に、好きだと送る。
返事は別の話題だったり、翌朝の挨拶だったりした。
抱きしめたいと送る。
それにも、同じ言葉が返ってくるわけではなかった。
無視されたわけではない。会話は続いている。
だから、一つずつ取り出して問題にするほどのことではなかった。
林花は、好きとはあまり言わない方なのだと、付き合う前から話していた。僕は、それを知ったうえで付き合った。
理解していることと、平気でいられることは別だった。
一度、僕が体調を崩して、会う予定を取りやめた。
林花は、いったん予定をなくして、ゆっくり休むように言った。
しばらくして、林花の方から体調を訊いてきた。前に流れた予定を立て直したいとも言った。
僕はもう大丈夫だと答えた。
すると後日、林花は、治ったなら一言連絡してほしかったと言った。
言うかどうか迷っていたらしい。角が立つかもしれないと思った、と書いていた。
僕は謝った。
次からは連絡する。言いにくいことを言ってくれて嬉しい、と返した。
長く付き合いたいし、仲良くしたい。
そのときの僕は、そう書いた。
林花は、分かった、と返した。
その後も、林花は出かけたい場所を調べ、僕の予定に合う日を探した。遠くの店へ行く話も、展望台へ行く話も、食べるものの話もした。
一緒に行くはずの場所は増えていった。
僕らは、確かに恋人だった。
だからこそ、僕は自分の違和感をうまく説明できなかった。
会う約束はある。
返事も来る。
心配もされている。
それなのに、ときどき、自分だけが関係の温度を上げようとしているように感じた。
林花に治ったと知らせるより前、まだ風邪を引いていた夜、僕は連絡の頻度について訊くことにした。時計は午前三時を過ぎていた。
どのくらいのペースが心地いいのか。無理のない形でやり取りしたいから、気軽に教えてほしい。
責めているように見えない文章を作った。
何度か読み返してから送った。
翌日、林花から返事が来た。
必要な連絡だけでも、毎日連絡するのでも、どちらでもいい。特にこだわりはない。
そういう意味だった。
僕は、分かった、マイペースにしようと返した。
それが一番正しい答えだと思った。
林花にとって、連絡の少なさは気持ちの少なさと同じではない。毎日話さなくても、関係は続いている。
僕はそう理解した。
理解したあとも、どちらでもいい、という言葉だけが残った。
僕にとって連絡は、用件を運ぶものではなかった。
相手が今日も自分と話したいと思っていることを知るためのものだった。
毎日でなくてもよかった。
ただ、どちらでもいいとは思われたくなかった。
それから僕は、自分から送る回数を数えるようになった。
林花から始まった会話の数も数えた。
こんなことをしても何もよくならないと分かっていた。
試すようなことはしたくなかったから、僕から送った。
送れば返ってきた。
返ってくるたびに安心した。
同じ回数だけ、不安になった。
小学生のころの林花は、僕と話すために鉛筆を削った。塾まで少ししか時間がなくても、学校の向こう側から会いに来た。
今の林花にも、僕と会おうとする行動はあった。
違っていたのは、有無ではなかった。
僕がそれを、どれくらい必要としているかだった。
僕が欲しかったのは、質問に対する正しい回答ではなかった。
訊く前に、相手の方から漏れてくるものだった。
返ってこなかったのは、返信ではない。
僕が送った熱だった。




