第54話:ミシェルカの悩み。氷魔法の新たな使い道
グラン・メール帝国の港には、異様な光景が広がっていた。
「……えっと、ルネさん。これ、本気ですか?」
ミシェルカが引きつった笑顔で指差した先には、山のように積み上げられた木箱があった。 中身はすべて、皇帝から貰った&市場で買い占めた新鮮な魚介類だ。 マグロ、カツオ、タイ、エビ、カニ、ウニ……。 その数、馬車3台分。
「当たり前でしょ。これが『優先取引権』の力よ」 私は仁王立ちで答えた。
「でも、王都までは馬車で急いでも5日はかかりますぅ。 いくら『海神の三叉槍』があるとはいえ、この量すべてを突き刺して鮮度維持するのは無理ですよぉ……」
「だから、あんたがいるんじゃない」
私はバシッ! とミシェルカの肩を叩いた。
「頼んだわよ、**『人間冷凍庫』**ちゃん」
「ひえぇぇ……やっぱりぃ……」
ミシェルカがガックリと項垂れた。 彼女の目には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
「私……ベイクド・アラスカで自信がついたと思ったんですけど、結局は便利な『保冷剤』扱いなんですね……。 魔導師としての誇りとか、高尚な研究とか、そういうのとは無縁な一生なんですね……」
ミシェルカがいじけ始めた。地面に「の」の字を書いている。 確かに、5日間ぶっ通しで馬車全体を凍らせ続けるのは、魔力も体力も限界を超える重労働だ。ただの冷却係として扱うには、あまりに酷だろう。
「……ミシェルカ。勘違いしないで」
私はしゃがみ込み、彼女の目を見た。
「私はあんたを『保冷剤』なんて思ってないわ。 あんたに求めているのは、もっと高度で、革命的な**『システム開発』**よ」
「システム……開発?」 ミシェルカがキョトンとする。
「いい? ただ冷やし続けるだけじゃ二流よ。 あんたの得意技は何? 『精密な制御』でしょ?」
私は馬車の荷台を指差した。
「馬車の内壁に、熱を遮断する『断熱結界』を張りなさい。 そして、内部の空間だけをマイナス20度で固定し、その状態を魔石で自動維持する『循環回路』を組むの。 そうすれば、あんたが寝ていても、馬車はずっとキンキンに冷えたままでいられる」
「えっ……?」 ミシェルカが瞬きをした。
「断熱……空間固定……自動循環……。 そ、それって……攻撃魔法よりも遥かに複雑な術式構築が必要ですけど……」
「できるでしょ? あんたなら」
私はニッと笑った。
「成功すれば、それはただの魔法じゃない。 内陸の国に、海のご馳走を届ける『奇跡の箱』になる。 あんたは世界で初めて、距離と時間の概念をぶっ壊す魔導師になるのよ」
世界初。革命。 その言葉に、ミシェルカの瞳(エンジニア魂)に火がついた。
「……やります。やってみせます!」
ミシェルカは立ち上がり、杖を構えた。 彼女の脳内で、複雑怪奇な魔法陣が高速で組み上がっていく。
「壁には『風の断熱層』を展開……! 床には『永続氷結』の紋章を刻印……! 魔力供給は、馬車の車輪の回転エネルギーを変換して……よし、いける!」
ブォンッ!
ミシェルカが杖を振ると、馬車の荷台が青白い光に包まれた。 冷気は外に漏れず、中だけが急速に冷やされていく。 私が扉を開けて手を入れると、そこは極寒の冬山のような冷たさだった。
「すごい……! 完璧よ!」
驚くべきことに、ミシェルカは杖を下ろしても、冷気は消えなかった。 魔法が「定着」し、システムとして自律稼働し始めたのだ。
「できましたぁ! 名付けて**『魔導冷凍コンテナ・初号機』**ですぅ!」
ミシェルカがドヤ顔でVサインをした。 鼻血が出ているが、その顔は誇りに満ちている。
「最高よミシェルカ! これで王都まで新鮮なマグロが運べるわ!」 「えへへ……私、もう保冷剤じゃありません。**『物流の女王』**です!」
「その通り! さあ、積み込むわよ!」
ガルドーさんとカイトが、次々と魚の木箱をコンテナへと運び込む。 こうして、世界初(異世界初)の『コールドチェーン(低温物流網)』が完成した。
――数日後。
王都に帰還した私たちは、街の人々に衝撃を与えることになる。 海から遠く離れたこの街で、ピチピチの「生魚」が振る舞われたのだから。
「さあ、店を開けるわよ! 本日の日替わりランチは、『グラン・メール産・特選海鮮丼』!!」
店の前には、開店前から長蛇の列ができていた。 その中には、魚の匂いを嗅ぎつけた猫(獣人)たちや、王城の使いの者たちの姿もあった。
しかし、ここで一つの問題が浮上する。
「……姉さん」 厨房で酢飯を作っていたカイトが、深刻な顔で米櫃を覗き込んだ。
「米が……ねぇ」 「えっ?」 「この前の『痛風丼』と、今日の仕込みで、手持ちの米が底をついたぞ。 パンじゃ寿司は握れねぇ。……どうする?」
寿司屋にとって致命的な、シャリ切れの危機。 だが、その時。 タイミング良く(あるいは悪く)、カイトの鼻がピクリと動いた。
「……匂うぞ」 「え、何が?」 「この風……。東の方角から、炊きたての『銀シャリ』の匂いがする……!」
勇者の鼻は、もはやレーダーと化していた。
「東……? まさか、次の目的地は……?」




