第53話:優勝パレード? いえ、浜辺で『海鮮バーベキュー』大会です
世界美食大会の優勝パレード。 本来なら、私が馬車に乗って街を練り歩き、紙吹雪を浴びるはずだった。
だが、私はそれを丁重にお断りした。 「そんな時間があるなら、新鮮な魚を焼いて食べたい」という、至極真っ当な理由で。
◆
夕暮れの浜辺。 波の音が心地よい砂浜に、香ばしい煙が立ち込めていた。
「さあさあ、寄ってらっしゃい! 優勝記念、**『ルネ流・海鮮バーベキュー大会』**の開催よー!」
私が設置したのは、鉄板と金網を乗せた、ドラム缶サイズの特製コンロを10台。 燃料は、ミシェルカの魔法で乾燥させた炭だ。
集まったのは、カイトたちいつものメンバーに加え、ネプチューン皇帝、大会の審査員たち、そして噂を聞きつけた市民たち数百人。 さらには、岩陰からこっそり参加している「お忍び紳士(魔王)」の姿もある。
「むぅ……ルネよ。本当にこれが『宴』なのか?」 皇帝ネプチューンが、高価なローブの裾を気にしながら言った。 「野外で、網の上で直接食材を焼くなど……野蛮ではないか?」
「陛下。野外で食べるからこそ、美味しいんですよ」
私はトングをカチカチと鳴らし、市場(とレオナルドの隠し倉庫)から接収した食材を網の上に乗せた。
ゴツゴツとした拳大の**『サザエ』。 手のひらサイズの巨大な『ハマグリ』。 そして、丸ごとの『イカ』**。
「まずはこいつから!」
炭火の熱で、貝たちがじわじわと温められる。 やがて、サザエの殻の口から、フツフツと泡が出てきた。
「今よ! 必殺、**『魔法の黒雫(醤油)』と『清酒』**を注入!」
私はそれぞれの貝殻の中に、醤油と酒をタラリと垂らした。
――ジュワァァァァッ……!!
その瞬間。 浜辺の空気が一変した。
醤油が熱せられ、少し焦げた香ばしい匂い。 それに酒の甘い香りと、貝の磯の香りが混ざり合う。 それは、人間のDNAに刻まれた「食欲」という本能を、強制的に引きずり出す暴力的な香りだった。
「な、なんだこの匂いはぁぁぁッ!?」 「いい匂いすぎる! 鼻が、鼻が幸せだ!」
さっきまで「野蛮だ」と言っていた貴族たちが、一斉に鼻をクンクンさせている。 岩陰の魔王様も、「ほう……」と扇子で口元を隠しながら喉を鳴らした。
「はい、焼けましたよ陛下! 熱いうちにどうぞ!」
私は軍手をして、熱々のサザエを皇帝に渡した。 皇帝は殻を持ち、中のスープごと、串で身を引き出した。 くるんっ。肝まで綺麗に抜ける。
パクッ。
「ふぐっ……! 熱っ、熱い! ……けど、美味い!!」
皇帝が目を剥いた。
「身のコリコリとした弾力! 噛むほどに溢れる海の滋味! そして何より、この汁だ! 醤油の塩気と焦げた風味が、貝の出汁と合わさって……極上のスープになっている!」
皇帝は殻に残った汁を、ズズッと下品な音を立てて飲み干した。
「くぅぅぅぅ! 酒だ! 誰か酒を持ってこい! 辛口の白ワインだ!」
それが合図だった。 「俺にもくれ!」「私も!」と、参加者たちが網に殺到した。
「並んで並んで! まだまだあるわよ!」
次は**『焼きハマグリ』**。 パカッ! と殻が開いた瞬間に醤油を垂らす。 プリプリの身を頬張れば、熱いジュースが口の中で炸裂する。
さらに**『イカの姿焼き』**。 醤油と生姜ダレを塗りながら焼く。 焼けるたびに立ち上る煙だけで、ご飯が3杯はいける。
「あはは! 美味しいですぅ! ビールが進みますぅ!」 ミシェルカが、ジョッキ片手に顔を赤くしている。彼女は氷魔法でドリンクを冷やす係だが、一番飲んでいるのは彼女だ。
「姉さん、この『ホタテのバター焼き』も最高だぞ!」 カイトは両手に串を持ち、エンドレスで食べ続けている。
「うむ。……悪くない」 いつの間にか輪に混ざっていた黒髪の紳士(魔王)が、イカ焼きを齧りながら呟いた。 「城の料理長にも、この『網焼き』を覚えさせるか……」
日が落ち、浜辺には焚き火とコンロの灯りが揺れる。 波音と、人々の笑い声。そして醤油の焦げる匂い。 かつて食文化が未発達と言われたこの国に、新たな歴史が刻まれた瞬間だった。
◆
宴の後。 私は満腹のお腹をさすりながら、星空を見上げた。
「ふぅ……食べた食べた。これで思い残すことはないわ」 「ルネよ」
皇帝ネプチューンが、すっかり酔っ払った顔で近づいてきた。
「見事な宴であった。余は決めたぞ。 来年から、この『バーベキュー』を建国記念日の公式行事にする!」 「えぇ……(まあ、いいか)」
私は苦笑いした。
「ところでルネ殿。 優勝賞品の『優先取引権』だが……これほどの量の魚、どうやって王国まで持ち帰るつもりじゃ? 氷詰めでも、数日の旅路では鮮度が落ちるぞ?」
皇帝の言葉に、私はハッとした。 そうだ。ここは海。私の店は内陸の王都。 馬車で運べば、どんなに急いでも数日はかかる。 『海神の三叉槍』でつついた食材は腐らないが、一度に大量には運べない。
「……そういえば、そうね」 「ルネさぁん……」
そこへ、飲みすぎて千鳥足のミシェルカが寄ってきた。
「私ぃ……いいこと思いつきましたぁ……。 馬車の中をぉ……私の魔法で『絶対零度』に保ち続ければぁ…… 大量のマグロもぉ……運べるんじゃないですかぁ……?」
ドサッ。ミシェルカはそのまま砂浜で寝落ちした。
――絶対零度の馬車。 つまり、『冷凍コンテナ』!?
「……それだ!!」
私は手をポンと叩いた。 ミシェルカの魔法があれば、現代地球の物流革命「コールドチェーン」を再現できる! そうと決まれば、休んでいる暇はない。
「起きなさいミシェルカ! ガルドーさん、カイト! 明日は馬車の改造よ! 目指すは『鮮度100%輸送』!」
こうして、美味しい宴の夜は更け、私の新たな挑戦(物流改革)が幕を開けるのだった。




