第55話:お土産を持って魔王城へ。魔王と『手巻き寿司』
王都に戻った私たちは、店を開ける前にどうしても行かなければならない場所があった。 そう、人類の敵にして、ウチの店の裏・最重要顧客(VIP)。 魔王城だ。
「よく来たな、ルネ・ヴィオラよ」
謁見の間。 玉座に頬杖をついて座る魔王グラトニーは、不機嫌そうに指先でコツコツと肘掛けを叩いていた。
「余は待っていたぞ。 あの大会で、余の愛するパフェに埃をかけた愚か者どもを始末してやった……その『礼』をな」
「分かってますって。約束通り、最高のお土産を持ってきましたよ」
私はアイテムボックスから、ミシェルカの冷凍コンテナで運んできた「グラン・メール帝国の極上鮮魚セット」を取り出した。
ドン! ドン! ドン! 大理石のテーブルに並ぶのは、大トロのサク、透き通ったイカ、黄金色のウニ、そして輝くイクラ。
「ほう……。悪くない眺めだ。 で? これをどうするのだ? 厨房で握るのか?」
「いいえ。今日は陛下に『仕事』をしてもらいます」
私はニヤリと笑い、さらにある物を取り出した。 パリパリの**『焼き海苔』。 そして、お櫃に入った、ほんのり温かい『酢飯』**だ。 (※これが本当に最後の在庫だ。失敗は許されない)
「今日のご飯は、**『手巻き寿司』**です。 自分で好きな具を、好きなだけ乗せて、自分で巻いて食べる。 それが一番美味しい食べ方なんですよ」
「……何? 余に自炊させると申すか?」 魔王が眉をひそめた。 側近のダークエルフが「不敬な!」と声を上げようとしたが、私は無視して説明を続けた。
「自炊じゃありません。『創造』です。 トロとウニを合わせるも良し、イカとイクラで親子にするも良し。 このテーブルの上で、陛下だけの『最強の組み合わせ』を作れるのは、陛下だけなんです」
「……創造、だと?」
魔王の瞳がキラリと光った。 男(特に王様タイプ)は、こういう「カスタム」とか「最強」という言葉に弱いのだ。
「よかろう。余の美的センスを見せてやる」
◆
手巻き寿司パーティー、開幕。 参加者は私、カイト、そして魔王様だ(ガルドーさんとミシェルカは城の兵士たちに振る舞っている)。
「まずは手本を見せますね」
私は海苔を手に取り、少量のシャリを薄く広げた。 そこに大葉、イカ、梅肉を乗せ、くるりと円錐形に巻く。 醤油をちょんとつけて、パクッ。
「ん~っ! 最高! イカの甘みと梅の酸味が海苔の香りとベストマッチ!」
「なるほど……。では、余の番だ」
魔王様が海苔を手に取った。 その表情は真剣そのもの。世界を滅ぼす魔法を編む時よりも慎重だ。
「まずはシャリだ。……ふむ、土台は強固でなければならん」
彼はシャリを海苔の全面に、隙間なくミッチリと敷き詰めた。 (あ、それ巻ききれないやつだ……)と思ったが、黙っておく。
「そして具材だ。 余は魔王。全ての頂点に立つ者。ならば具材も『全部乗せ』が相応しい」
魔王様は、大トロの切り身を3枚ドーン! その上にウニを箱半分ドバァッ! さらにイクラを山盛りにし、隙間にカニの身をねじ込んだ。
もはや海苔巻きではない。海苔の上にそびえ立つ『海鮮のバベルの塔』だ。
「ふッ……完成だ。名付けて**『魔界統べし漆黒の螺旋』**!!」
魔王様がドヤ顔でそれを巻こうとした。 が。
パリッ……ビリリッ!
当然、海苔が悲鳴を上げて破けた。 シャリが多すぎ、具が重すぎたのだ。 溢れ出したイクラがテーブルに転がる。
「ぬぉっ!? 崩壊だと!? 貴様、なぜ巻かれぬのだ!」 魔王様が慌てふためく。
「欲張りすぎですよ。……ほら、こうやって食べるんです」
私は破けたそれを、お皿代わりにして差し出した。 魔王様は不服そうに、箸で崩れた塔を口に運んだ。
モグッ。
「…………ッ!!!」
魔王様の動きが止まった。 口いっぱいに広がる、大トロの脂、ウニの濃厚さ、イクラの塩気。 それらが口の中でカオスな、しかし極上の融合を果たしている。
「……美味い」
魔王様が震えた。
「見た目は美しくない……だが、味は破壊的だ! 口の中で、海の魔獣たちが戦争をしている! そしてそれを、酢飯が優しく仲裁している! これが『手巻き』の真髄か……!」
「学習しましたね。次はもっと上手く巻けますよ」
「うむ! 次だ! 次は『赤身とアボカド』の組み合わせを試す! いや、その前に『サーモンマヨ』か……! 悩ましい! 余をこれほど悩ませるとは!」
魔王様は袖をまくり、夢中で次の海苔を手に取った。 そこにはもう、威厳ある魔王の姿はない。ただの「食いしん坊な若者」がいただけだった。
◆
1時間後。 用意したネタは綺麗さっぱりなくなり、お櫃も空っぽになった。
「ふぅ……満足だ。余は満たされた」 魔王様が玉座で腹をさすっている。
「それは良かったです。……ですが陛下、重大な報告があります」 「ん? なんだ?」
私は空っぽになったお櫃を逆さにして見せた。
「これで、私の手持ちの『米』は、一粒残らずなくなりました。 次にこの手巻き寿司が食べられるのは……未定です」
「な、なにぃ!?」
魔王様がガバッと起き上がった。
「ならぬ! 余はまだ『卵焼きとウナギ』の組み合わせを試していないのだぞ! 米がないなら探せ! 世界の果てまで行ってでも手に入れるのだ!」
魔王様は指をパチンと鳴らし、一枚の古びた地図を空中に投影した。
「東だ。 遥か東の海に浮かぶ島国**『ワ・ノ・クニ』。 そこに、黄金色に輝く穀物……『コシ・ヒカリ』**なる秘宝があると聞いたことがある」
「ワ・ノ・クニ……!」 カイトが反応した。
「やっぱりあるんだ! 侍と忍者の国! そして米の聖地!」
「ルネよ、行くがよい」 魔王様が尊大な態度で命じた(口元に海苔がついているけど)。
「余の食卓のために、その『コシ・ヒカリ』を持ち帰るのだ。 さすれば、褒美として……そうだな、城の宝物庫から好きな魔道具を一つやろう」
「交渉成立ですね」
私はニヤリと笑った。 米のためなら、世界の果てだろうが、鎖国国家だろうが行ってやる。 だって私は、日本人(の魂を持つ料理人)だから!
「待っててね、白いご飯! 次なる冒険は……**『お米探しの旅』**よ!」
こうして、第4章は幕を閉じる。 海鮮を手に入れたルネ一行は、最高のパートナーである「白米」を求めて、東方への旅路につくのだった。




