第46話:海賊の宴? 謎の『黒いリゾット』
予選第二回戦。 私の対戦相手は、会場の空気を一変させる荒くれ者だった。
「ガハハハ! 貴族の遊びは終わりだ! 俺たち海の男の料理を見せてやるぜ!」
上半身裸にベスト、腰にはサーベル。 現れたのは、近海を荒らす『荒波海賊団』のコック長、バロッサだ。 なぜ海賊が大会に? と思うが、この国では「美味い飯を作る者は正義」らしい。寛容すぎる。
「おい、そこの嬢ちゃん! さっきは骨のスープで勝ったらしいが、俺には通じねぇぞ! 男の料理ってのはな、こういうもんよ!」
バロッサがドカッ! と調理台に置いたのは、巨大な『槍イカ』の山だった。
「豪快! 直火焼きだぁぁぁ!」
彼はイカを串に刺し、調味料もつけずに強火で焼き始めた。 ワイルドだ。素材の味勝負だ。 そして、彼はイカを捌く際、ある部分を無造作に足元のバケツへ捨てていた。
「……ねえ、バロッサ」 「あぁ? 命乞いなら聞かねぇぞ」 「そのバケツの中の『黒い袋』……いらないなら貰っていい?」
私が指差したのは、彼が捨てた**『墨袋』**だ。
「はぁ? イカスミだぞ? あんなモン、苦いし臭いし、服に付いたら落ちねぇ厄介者だ。毒みたいなもんだろ」
海賊たちもゲラゲラと笑う。 「嬢ちゃん、墨汁でもすする気か?」「腹壊すぞ!」
どうやらこの世界では、イカスミはただの汚れ扱いのようだ。 ……しめしめ。またしても独占市場だ。
「いいわよ。その『毒』で、あんたたちを中毒にさせてあげる」
◆
調理開始。 私が作るのは、見た目のインパクト最恐、味は深海級の旨味を誇る**『イカスミのリゾット』**だ。
まずはオリーブオイルで、みじん切りにしたニンニクと玉ねぎをじっくり炒める。 香ばしい香りが立ち上がったら、生米を投入。 米が透き通るまで炒めたところで――。
「投入!」
バロッサから貰ったイカスミを、白ワインで溶いて鍋に流し込む。
ジュワァァァ……!
一瞬にして、鍋の中がドス黒い闇に染まる。 観客席から悲鳴が上がった。 「うわぁっ、真っ黒だ!」「泥? いや、コールタールか!?」
見た目は確かに最悪だ。地獄の沼のようだ。 だが、煮込んでいくうちに、漂う香りが変化していく。 ニンニクの食欲をそそる香りと、イカスミ特有の濃厚な磯の香り。それが白ワインと混ざり合い、芳醇な海のアロマへと昇華される。
米がアルデンテ(少し芯が残る状態)になったら、バターとチーズを混ぜ込み、コクをプラス。 仕上げに、真っ赤なトマトと緑のパセリを散らして彩りを添える。
「完成! **『暗黒のイカスミリゾット』**よ!」
◆
審査員たちの前に、漆黒の皿が並んだ。
「こ、これを食べるのかね……?」 「見た目が……その、食欲を減退させるというか……」
審査員たちが尻込みする中、対戦相手のバロッサが鼻を鳴らした。
「ケッ! 俺様の『丸焼き』の方が美味そうだろうが! そんな黒いドロドロ、食い物じゃねぇ!」
バロッサは私の皿を奪い取ると、「毒見してやるよ!」とスプーンですくって口に放り込んだ。
パクッ。
「んぐっ……!?!?」
バロッサの動きが止まった。 彼の脳内で、ビッグバンが起きた。
見た目からは想像できない、優しく、深い味わい。 イカスミに含まれるアミノ酸の旨味が、お米一粒一粒に染み込んでいる。 ニンニクのパンチと、トマトの酸味。そして後から追いかけてくる濃厚なコク。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!?」
バロッサが叫んだ。
「苦くない! 生臭くない! まるで深海の底にある宝箱をひっくり返したような、濃密な海の味だ!」
彼はスプーンを止めることができず、ガツガツと黒い米をかき込み始めた。 それを見た審査員たちも、恐る恐る一口食べる。
「!! 美味い!」 「目が覚めるような旨味だ!」 「見た目とのギャップに、脳がバグりそうだ!」
あっという間に全員が完食。 そして――。
「ぷっ……あはははは!」 「なんだその顔は!」
顔を見合わせた審査員とバロッサが、互いに指差して笑い出した。 彼らの口の周りと歯は、イカスミで真っ黒に染まっていたのだ。
「お歯黒だ!」 「強面の海賊が、間抜けな顔になってるぞ!」
会場中が爆笑に包まれる。 美味しい料理と、楽しい食卓。これぞ食事の醍醐味だ。
「……負けたぜ、嬢ちゃん」
バロッサは真っ黒な歯を見せてニカッと笑った。
「捨ててたもんが、こんなご馳走になるとはな。 どうだ? 俺たちの船に乗らねぇか? 略奪品の宝石、山分けにするぜ?」
「遠慮しとくわ。船酔いするし」
私は丁重にお断りした。 こうして、予選第二回戦も突破。 イカスミの美味しさを知った海賊たちが、翌日から「黒い唇」をトレードマークにして海を荒らし回る(そしてイカを乱獲する)ようになるのは、また別の話だ。
さあ、次は準決勝。 ……の前に、ちょっと休憩。 海岸で何やら泣いている人魚を見かけたのよね。また新しい食材の予感?




