第47話:人魚の涙。深海の『真珠貝』を攻略せよ
予選の合間の休憩時間。 私は、火照った体を冷ますために、一人で闘技場の裏にある岩場を散歩していた。
波の音。潮の香り。 ああ、平和だ。……あの鳴き声さえなければ。
「うっ……ううっ……ひっぐ……」
岩陰から、悲痛な泣き声が聞こえてくる。 覗き込むと、そこには上半身は人間の少女、下半身は魚の尾びれを持つ人魚が、岩に突っ伏して泣いていた。
「あら、人魚? どうしたの、そんなに泣いて」
私が声をかけると、人魚はビクッとして顔を上げた。 透き通るような青い髪に、宝石のような涙。
「に、人間……? ううっ、聞いてください! 私の家が……私のお気に入りの洞窟が、魔物に占拠されてしまったのです!」
「魔物?」
「はい……。『鉄の殻を持つ悪魔』です。 岩のように硬くて、近づくと貝殻をバチン! と閉じて指を食いちぎろうとするんです! 数百匹も現れて、怖くて帰れません……」
人魚はわぁわぁと泣き出した。 鉄の殻。バチンと閉じる。数百匹の群生。
私の料理人としての勘が反応した。 それ、魔物じゃなくて……。
「……ねえ、案内して。その『悪魔』とやらを退治してあげるわ」 「えっ、本当ですか!? でも、すごく硬いですよ?」
◆
人魚に案内された入り江の浅瀬。 水の中を覗き込むと、海底の岩場に、直径50センチはある巨大な二枚貝がびっしりと張り付いていた。
【鑑定結果:ギガント・ホタテ(Sランク食材)】 【詳細:筋肉(貝柱)が異常に発達しており、極上の甘みを持つ】
「ビンゴォォォッ!!!」
私はガッツポーズをした。 悪魔? 冗談じゃない。これは『海の宝石箱』よ!
「ガルドーさん! 出番よー!」
私が呼ぶと、休憩中でおにぎりを食べていたガルドーさんが走ってきた。
「おう、どうしたルネ。……なんだこのデカい貝は」 「今日のオヤツよ。その貝、素手で剥がせる?」 「任せろ。岩ごと引っこ抜いてやる」
ガルドーさんは服を脱ぎ捨て(海パン一丁)、海に飛び込んだ。 バシャーン! 数分後。
「とったどー!!」
ガルドーさんが、両脇に巨大なホタテを抱えて浮上してきた。 人魚が悲鳴を上げる。 「ひぃぃ! 悪魔ぁぁ! 食われるぅぅ!」
「大丈夫。食うのはこっちよ」
◆
浜辺にて、即席の『浜焼き』大会が始まった。 焚き火の上に網を置き、巨大なホタテを殻ごと乗せる。
しばらくすると、熱気で貝がパカッ! と口を開けた。
「今よ!」
私は貝の中に、ナイフを入れて身を殻から切り離す。 現れたのは、子供の拳ほどもある分厚い乳白色の貝柱。 そして、オレンジ色の卵巣と、ヒモ。
グツグツグツ……。 貝から溢れ出たスープが沸騰し始める。
「ここへ、必殺の調味料!」
私はアイテムボックスから**『バター』と、第1話で手に入れた『醤油』**を取り出した。
バターを一欠片、熱々の貝柱の上に乗せる。 とろ~りと溶け出し、黄金色の池ができる。 そこへ、醤油をひと回し。
――ジュワアァァァァッ!!!
反則だ。 焦げた醤油とバターの香りが爆発的に広がり、浜辺の空気を支配した。 磯の香りに、暴力的なまでのコクと香ばしさが加わる。
「ごくり……」
岩陰で震えていた人魚が、ヨダレを垂らして近づいてきた。 「な、なんですか、このいい匂いは……」
「ほら、あんたの家を奪った憎き悪魔よ。復讐しなさい」
私は熱々の貝柱を串に刺し、人魚に渡した。 人魚は恐る恐る、フーフーしてから齧り付いた。
ハフッ。
「んんっ……!!??」
人魚の目がハート型になった。
「あ、甘いっ! 何これ!? 繊維がほどけて、噛むたびに甘い汁がジュワッと……! それにこの黒い汁(醤油)と黄色い油! 悪魔的です! 脳がとろけそうですぅぅ!」
人魚は夢中で巨大な貝柱を平らげ、残ったスープまで飲み干した。
「美味しい……! 私、こんな美味しい生き物と同居してたんですね……」 「でしょ? まだ山ほどあるわよ」
ガルドーさんと私も、焼き立てのホタテにかぶりつく。 弾力のある歯ごたえ。濃厚な旨味。 ああ、白米が欲しい。日本酒が欲しい。
「あ、あの……ルネ様」 人魚が頬を赤らめて言った。
「その……もう少し、退治をお願いしてもいいでしょうか?」
結局、私たちは休憩時間が終わるギリギリまでホタテを食べ続けた。 人魚は住処を取り戻し(というか食べ尽くし)、私たちは極上のオヤツでお腹を満たした。 これぞWin-Winの関係だ。
「よし、エネルギー充填完了!」
私はパンパンのお腹をさすりながら立ち上がった。 次はいよいよ準決勝。 ホタテパワーで、次の対戦相手もペロリと平らげてやるわ!




