第45話:予選第一回戦。捨てられる魚で作る『黄金のあら汁』
闘技場に、優雅なベルの音が響いた。
「完成だ。審査員諸君、心して味わいたまえ」
先に料理を提出したのは、ライバルのレオナルドだった。 彼が差し出したのは、ガラスの器に注がれた、完全に透明なスープ。
「料理名『天使の涙』。 最高級の真鯛と伊勢海老の身だけを使い、弱火で濁らせないよう丁寧に抽出したコンソメだ」
審査員たち(恰幅の良いグルメ評論家や、帝国の貴族たち)が、スプーンで一口啜る。
「おお……なんと上品な」 「雑味が一切ない。まるで清流のような喉越しだ」 「素材の良さが際立っている。これぞ貴族の味!」
高評価だ。 レオナルドは勝ち誇った顔で私を見た。 「見たか、平民。これが『洗練』というものだ。君の鍋で煮立っている泥水とは格が違う」
私の鍋の中身は、強火でガンガン煮込んだせいで、白く濁り、泡立っていた。 見た目は確かに悪い。だが。
「『泥水』かどうか、確かめてみなさいよ」
私は寸胴鍋を火から下ろした。 ザルで豪快に濾すと、中から現れたのは泥水ではない。 黄金色に輝く、とろりと白濁したスープだった。
「お待たせしました! 料理名**『荒磯の黄金白湯スープ』**よ!」
◆
審査員たちの前に、湯気を立てるスープ皿が置かれた。 具材はシンプルに、刻んだネギと、炙ったマグロの頬肉だけ。 だが、その液体からは、暴力的なまでに濃厚な香りが立ち上っている。
「……む? なんだこの香ばしい匂いは」 「魚のアラを使ったと聞いたが……生臭さが微塵もないぞ?」
審査員の一人が、恐る恐るスプーンを口に運んだ。
ズズッ。
その瞬間。 審査員の目がカッ! と見開かれた。
「…………ッ!?!?」
ガタンッ! と椅子を鳴らして立ち上がる。
「な、なんだこれはぁぁぁッ!!?」
「こ、濃い! 魚の旨味が、津波のように押し寄せてくる!」 「なのに、しつこくない! むしろ後味は甘い!」 「唇がペタペタするほどのコラーゲン! 飲んだそばから肌が若返るようだ!」
会場がどよめいた。 上品にスープを啜っていた審査員たちが、今は器を両手で持ち、ガブガブと飲み干しているのだ。
「ば、バカな!?」 レオナルドが叫んだ。 「あのゴミから、なぜそんな味がする!?」
私はニヤリと笑い、種明かしをした。
「あんたは『臭み』を恐れて身だけを使ったけど、それが間違いなのよ。 私はアラを鍋に入れる前に、直火でガンガンに**『焼き』**を入れたの」
そう。ここがポイントだ。 生のアラを煮込めば生臭くなる。 だが、表面を強火で焦げる寸前まで焼くことで、臭みを消し飛ばし、代わりに香ばしいメイラード反応の香りを纏わせたのだ。
「さらに、強火で沸騰させ続けることで、骨から溶け出したゼラチン質と脂を**『乳化』**させた。 これがあんたの言う『泥水』……もとい、白濁スープの正体よ!」
水と油が混ざり合ったクリーミーなスープ。 それは、日本のラーメン屋が何時間もかけて作る『濃厚魚介豚骨』にも匹敵する、旨味の塊だ。 上品ぶってすまし汁を飲んでいるこの国の人間には、劇薬すぎる味わいだろう。
「うむ! 素晴らしい!」 審査員長が、空になった器を掲げた。
「レオナルドのスープは確かに美しい。だが、飲んでいて『力が湧く』のは、間違いなくこちらのスープだ! このコク、このパンチ力……まさに生命のスープだ!」
《勝者、ルネ・ヴィオラ!!》
実況の声が響き渡る。 観客席からは、「なんだあの娘、すげぇ!」「骨があんな味になるのか!?」と驚きと称賛の声が上がった。
「ぐぬぬぬ……ッ!」 レオナルドは悔しそうにハンカチを噛んだ。 「まぐれだ! 次はこうはいかんぞ!」
「いつでも相手になるわよ。……ただし、食材は大切にしなさいね」
私は親指を立ててみせた。 こうして、予選第一回戦は圧勝。 私の「もったいない精神」と「ラーメン屋の知識」が、美食貴族の鼻を見事にへし折ったのだった。
だが、息つく暇はない。 次の対戦相手は、なんと会場に乱入してきた荒くれ者の海賊だった。




