14.ユーリティスの決意
次の日の朝、早々にリアム達はロードグランに戻るということで、ユーリティス達リングジルド騎士団も勢ぞろいで見送りする。
リアムはギリギリまで『帰りたくないよー!』と粘っていたが、西の砦で捕らえたユーリティスを狙った者たちの移送と報告の責務がある為、ファリドに半ば引きずられる様にして国へと戻っていった。
リングジルドに、いつもの平穏が戻ったかのように思えた。
けれど、シーグラスはユーリティスが時折、窓辺から見えるロードグランの山々を眺めている事に気が付いていた。
いつも通り執務室で書類に目を通していても、ふとした瞬間にぼんやりとしている事もあった。
「ユーリ」
「シグ、書類ならもう少しで……」
そう言って手元に目を落としたユーリティスの前に、シーグラスは皿にのった菓子を置く。
「少し休んだらどうだい?甘いものは疲れに効く」
「ーーー私は、疲れてなど、」
「疲れているだろう?先ほどから、同じ書類を延々見ている」
「そんなはずは……」
言われて手元を見ると、判を押した書類が一枚もない事に気付く。読んではいたつもりだが頭に入ってこず、何度も同じものを読んでいたようだ。
「……すまない。少し、外の空気を吸ってくる」
ユーリティスは席を立つと、心配げに自分を見るシーグラスを置いて執務室を出た。
執務室をでた彼女は、何処へともなく歩く。
やがて北側の山が見える窓辺に立つと、遠く高き山の向こうを眺めた。
『この山の向こうに、ロードグランがある』
金眼の黒龍を操り漆黒の鎧をまとった王、戦鬼アルデュラス。
許嫁である自分を見ても、感情のひとつも見せなかったあの冷酷さ。
ユーリティスは生まれてから20年間、アルデュラスの妻となるべく、また大国の王妃となるべく男同然の知識と力を学ばされ、ここまで生きてきた。
だから自信があった。例え騎士団長という地位がガルデラによって用意されたものだとしても。いくら裏で『戦鬼の生贄』と言われようとも。
だが初めてアルデュラスと対峙したあの時、あの感情をもたぬ目の向こうに見えた噂の数々が真実だとしたら―――
そう思って、背筋を凍らせたあの一夜を思い出すと……。
自分はこのままでいていいのだろうか、と思った。
このままただ今の地位に甘んじて、いつかはあの男と婚姻を結ぶ。そんな未来をだた待つだけで。
「良いわけがない」
我知らず、呟いていた。
けれどそれは、自身の身の内から出た本当の声だった。
「そうだ、私は『戦鬼の生贄』なんかじゃない」
その時、ユーリティスの心の中はすでに決まっていた。
ーーー自分の意思で、必ずアルデュラスに会う、と。
リアムがロードグランに戻って一ヶ月後、事件の調査に右往左往する彼の元に一通の手紙が届いた。差出人はユーリティスだった。
『アルデュラス王に謁見をするにあたって、リアムの協力を仰ぎたい。
ついてはこの手紙を出した後にリングジルドを出発するので、到着次第そちらの騎士団を訪れる予定だ。
その時はどうか宜しく願う』
「ーーーえ」
「どうするんだ?」
手紙を手に固まったリアムに、彼にそれを手渡したファリドが問う。
「……どうしようね?」
問い返したリアムを見て、ファリドはやれやれといった風に首を振った。
「よしよし、いい子だ……少し休もうか」
新緑の森の中、水辺を見つけたユーリティスは馬を止める。ひらりと馬から降りた彼女は、手綱を引いて馬を誘導した。
馬が水を飲む間、彼女は近くの切り株に腰掛ける。荷物の中から皮水筒を取り出すと、自身も水分を取る。それから干した果物を口にした。
風がユーリティスの頬をなでた。心地よい風に吹かれながら、彼女は昨日の事を思い出していた。
「ーーーえ?明日の朝、ロードグランに向けてたつ!?」
驚いて声を上げたのは、シーグラスだ。当然と言えばそうだろう。突然、ユーリティスが国を出るというのだから。それもたった一人で。
「そうだ、思い立ったが吉日というからな。とはいえ準備もあるから出立は明朝だ」
「ユーリ、落ち着くんだ。君は今この国の騎士団長なんだよ?君が不在の間、この国はどうするんだ」
「その点は大丈夫だ。私が不在の間はシグ、君を騎士団長代理に任命する旨を、すでにガルデラ様から陛下に伝えてもらい、許可は頂いた」
「ーーーなっ!?」
シーグラスは開いた口が塞がらないといった風に固まっている。
「もちろん副団長代理も、厳選して既に任命しておいた。ファーランの事も片付いたしな。『アルデュラス王にぜひとも私自身の口から礼を伝えに行きたい』と言ったら、あっさりロードグラン行きを許されたよ」
「し、しかし単独で行くなんてーーー」
「一人の方が気楽でいい。表向きは『お忍び』というやつだからな」
「お忍び……」
ユーリティスはそういって得意げにするが、いくらお忍びとはいえ彼女は先日命を狙われた身だ。シーグラスは考えた結果、彼女に護衛をつける事にした。
「ユーリ!ここを下ると村があるみたいよ!」
ユーリティスに声をかけたのはマリクだ。
彼女は地図と合わせて、双眼鏡で集落と思われる場所を見ている。
シーグラスが護衛につけたのはマリクだった。彼女なら友人だし、同じ女性なら部屋も一緒に出来るという事で、ユーリティスも快諾した。
「そうか。それじゃあ、今晩はそこで宿を取ろう」
すでにここはロードグラン領なのだが、城下町まではかなりの距離がある。時間的には少し早いが、今日はその村で一休みして道中の食料などを調達するのが良さそうだ。
二人は自分たちの馬が草を食んでいるのを眺めながら、しばし心地よい風に吹かれた。




