13.交差する心
「……」
薄暗い鉄格子の向こう、男がひとり石床に座り込んでいる。手足にはかせをつけられていた。
その鉄格子を挟んだ反対側には数人の見張りの兵士と共に、黒衣の男がひとり立っている。
「……そろそろ、話しておいたほうがお前の為になるんだがな。本国に帰った方がひどい目に合うかもしれんぞ」
男は冷たい目で、石床の上にいる彼を見下ろしている。
「俺は何か難しい事を言っているか?お前がただお前に命じた奴を吐けば、それで済むのに」
「……虎の威を借る狐」
「ん?」
「お前なぞ、しょせんあの王の威光を借りているだけに過ぎない」
「……ふはっ」
牢の中からの言葉に、黒衣の男は思わず笑いをもらす。
「王の威光かぁ〜。んなもん、クソ喰らえだね!」
「なっ!?」
「で?そのクソみたいな威光にビビってるお前さんは、どんだけ崇高な使命を背負ってるっつーの?」
「……あの王さえいなければ、国はもっと大きくなるだろう」
「……はぁ」
黒衣の男がついたため息に、牢の中の男がビクリと身体を揺らす。
「ロードグランはとっくに大国なんだよ!お前らこそその大国の威光を借りたいだけだろ?そんな事のために、ユーリティスを狙ったのか!」
「あ、あの女はただの脅しの材料に過ぎない!」
「―――材料、だと?」
低い、声が響いた。
ゆら……と、男から怒りの揺らぎの様なものが見えた気がした。
思わず、その場にいた兵たちも男の方を見る。
「……今度、同じ事をするならば、一族を根絶やしにされても文句は言えんな」
「お……お前、」
「続きは、本国で聞こう」
そう言うと、黒衣の男は靴音を響かせながらリングジルドの地下牢を出ていった。
王宮の庭園に、白い花と青い花が模様を描くように丸く植えられている。その中心に、白い団長服を来たユーリティスが立っていた。
彼女はまるで、一つの絵のようにその場に溶け込んでいる。
『ずっと、ここにいてくれたらいいのに』
シーグラスは眩しいまでのその光景に、今この瞬間に時が止まれればと切に願う。
誰のものにもならず、永遠にここに。そうすれば、自分は永遠に彼女の片腕としていられるから。
彼女の一番近くで。
「……ユーリ。疲れているだろうに、部屋に戻らないのかい?」
「シグか」
花園の中心にいた彼女は、憂いた表情をしていて。
「確かに、疲れているのかもしれない。今日は、いつもより花が綺麗に見える」
そういって、ユーリティスは少し笑った。
今にも消えてしまいそうな彼女の儚い笑みに、シーグラスは思わず抱きしめたい衝動にかられたが、その気持ちをグッと押し込める。
「良ければ部屋までエスコートしようか?」
代わりにそう言って手を差し出すと、そこには一輪の青い花が握られていて、ユーリティスはいつものシーグラスの調子に、思わず吹き出して花を受け取った。
「では、この花と部屋に戻ることにする」
「ああ、今日もお疲れ様。団長殿」
「副団長殿も、良く休んでくれ」
ユーリティスは花を団長服の胸元にさすと、ヒラヒラと手を振りながら庭園を後にした。
「いい夢を、ユーリ」
シーグラスは聞こえないほどの小さな声で、そう呟いた。
ユーリティスが自身の部屋へ戻ると、彼女の部屋の前に黒衣の男が静かに壁にもたれて立っていた。
「―――リアム」
彼女が声をかけると、リアムは閉じていた目を開けて笑った。
「やぁ、ユーリ。青い花が良く似合うね」
「どうした?私に何か用があるんじゃないのか?」
「んー、ちょっと顔が見たくなっただけ」
そう言うリアムがいつもと違う感じがして、ユーリティスは彼に近付くと、リアムの長めの前髪をかきわける。
「ちょ、ユーリ?」
「うん?リアム、すいぶん疲れた顔をしているな」
「そ、そう?」
「よし、私の部屋でお茶でも飲んでいけ。お気に入りの茶菓子も用意してやろう」
「え?ちょっと!?」
リアムの戸惑いを気にすることなくユーリティスは彼を部屋に引き入れると、部屋付きのメイドにお茶とお菓子を持ってくるよう頼む。
そして、自身は花瓶に水を入れると、先ほどシーグラスにもらった花を活けた。
「リアムは、そろそろロードグランに戻るのか?」
温かな湯気を上げるお茶と、美味しそうなクッキーをのせたテーブルを挟んで、リアムとユーリティスはソファに座っている。
お茶を一口含んで、リアムは考え込むように目線を落とす。
「んー、そうなるかな。今回の任務は終わったわけだし、一回報告に戻らないとね」
「それもそうか。そうすると、寂しくなるな」
「え?」
「弟が出来たみたいに思ってたのに」
「弟……」
ユーリティスの言葉にリアムががっくり肩を落とすと、彼女は不思議そうに彼を見た。
「まぁ、いいけどね。弟でも」
「はは!」
「……今はね」
最後にリアムが付け足した言葉が理解できず、ユーリティスは首をかしげる。
そんな彼女にいたずらっ子のような笑みを見せたリアムは、クッキーをポイポイッといくつか口にほうり込むと、流し込むようにお茶を飲んで『ごちそうさま!』と席を立った。
「もういいのか?」
いつもはもっとないのかとせがむのに、と言いたげなユーリティスの表情を一瞬真顔で見つめたリアムは、
「おやすみ、ユーリ」
そう言って彼女の手を取り、その手の甲に軽く口付けた。
「えっ、リアム!?」
焦りと驚きに顔を赤くしたユーリティスを満足そうに見たリアムは、『またね』と手を振りながら部屋を出ていった。
相変わらずの様子の中に疲れが見えなかった事にホッとしながら、ユーリティスはお茶の続きを口にする。
「おやすみ、また明日」




