12.国の生贄と戦鬼の生贄
「アルデュラスもよく言っていたよ、国なんて継ぎたくないって」
「あの方が?」
「……ユーリ、君と同じだよ。彼だって、国の生贄なんだ」
そう言うと、リアムは目を伏せた。
「国の生贄……」
「大国の王となるべく育てられてきて、それ以外の道はない。誰よりも努力し、誰よりも優れていなければならない。その重圧は、計り知れないものだ」
ユーリティスにはその気持ちはよく分かる。むしろ、ユーリティスにならば分かるものと言えるのではないか。
「アルデュラス様が……」
思えば、当然だ。今まで自分だけが悲劇の主人公のように思えていたが、その夫となるべき男は、自分よりももっと重いものを持っているのだ。
そう思うと、ユーリティスは複雑な気持ちが湧き上がってくるのを感じた。
何故、今までアルデュラスの気持ちを考えた事がなかったのだろう。つねに前線に立ち、国を背負っていて。
名高い分、敵も多い事だろう。きっと、心休まる時間なんて、なかなか持てないに違いない。
―――夜が来るのが、常に怖くて。
ユーリティスはいつの間にか自分とアルデュラスを重ねていた。
彼女の手が、小さく震える。
「ユーリ、ありがとう」
「え?」
彼女はリアムの発した言葉に驚きを感じ、反射的に聞き返していた。
リアムは、ユーリティスの震える手を自身の両手で包むと、コツンと額をあてた。
「リ……アム?」
「アルデュラスは、君がそばに居ればきっとどんなことにも負けないだろう。どんな困難も、きっと乗り越えていける」
「そんなこと……」
アルデュラスの―――戦鬼の生贄にはなるまいと思っている自分に言われても困る。
そう、言いたいユーリティスであったが、リアムの祈るような姿に何も言えなくなってしまう。
そのまま黙っていると、リアムがパッと手を離した。
「って、ごめん。今のは―――忘れて」
「忘れてって言われても、」
「そんなことより、俺まだ仕事あるんだった!」
いかにも今思い出したという風に言った彼は、テラスの端に向かうとパチンと片目をつむってみせた。
「ユーリを狙った奴の証言の聞き出し、途中で抜けて来たんだったー」
「ってもう朝だし、リングジルドへの帰路は本日だぞ!?」
思わずそう叫んだユーリティスに、リアムは『また馬上で寝るから大丈夫~』と言いながらテラスの下へと消えていった。
後を追って覗き込んだユーリティスの目には、すでに彼の姿は映らない。
「ったく、素早いやつめ……」
そう呟いた彼女は、また馬上で眠るであろうリアムを想像して、笑いが込み上げてくるのを止められずにいた。
「ユーリ、どう……したの?ふぁぁ……」
眠い目をこすりながらマリクが起きてくるまで、ユーリティスはしばらく笑い続けていた。
行きと同じ時間をかけて帰ってきたユーリティス達は、身支度を整えた後、王への報告のために謁見室を訪れた。傍らにはもちろん、リアムもいる。
「ユーリティス・ランディール、任務を終えてただいま戻りました」
「同じくシーグラス・ミンガイル戻りました」
頭を垂れるユーリティスは、王の側近ガルデラの姿を確認する。
今回、奴の思い通り、ファーランをロードグランの軍で蹴散らせたのだ。さぞかし鼻高々であろう。
「お初にお目にかかります、今回ロードグランから隊を率いてまいりましたリアム・カートライトです。出立の際にご挨拶出来なかった事をお詫びします」
「いやリアム殿、よくぞ参られた。此度の功績、誠に感謝している。さすが大国ロードグランの英傑よ」
「恐れ入ります、陛下」
リアムの挨拶が終わると、シーグラスが今回の報告の詳細を読み上げる。
今回、長年の悩みの種の一つであったファーラン国との問題が片付いた事は、ロードグラン―――いや、アルデュラス王の力が大きいだろう。
やはりあの方はすごい方なのだ、と改めてユーリティスは思う。
存在だけでも、なんと大きい事か。
彼と彼の黒龍が降り立った時の、あの威圧感。自分とそう年の変わらない人間が、ああも振る舞えるものか。
『彼だって、国の生贄なんだ』
不意に、リアムの言葉がよみがえった。
国の生贄である戦鬼と、その戦鬼の生贄。
同じ、人間なのだ。
―――けれども、あの無機質な目が忘れられない。
ユーリティスを見ても、なんの感情も現れなかったあの瞳。
リアムの事は、この数日の付き合いで信用における人物だと思えた。しかしアルデュラスには、それを感じる事は出来ない。
―――やはり私は、
報告を終え、謁見室を後にしても、ユーリティスの心はずっとその事にとらわれていて、晴れなかった。




