11.冷酷な瞳
「……アルデュラス様」
つぶやいたユーリティスの声に、漆黒の兜越しの眼がジッとを彼女を見た。
冷たく、感情を持たぬようなそんな眼だった。
ユーリティスがそれ以上何も言えないでいると、アルデュラスはマントをひるがえして彼の黒龍へと乗り上がる。
バサッ
黒く大きな翼が広がり、風が砂を巻いて舞い上がる。
その場にいた誰もが砂から目をそむけたその間に、黒龍は空高く飛び上がった。
そしてその姿は、みるみるうちに夜の闇へと溶け込むように消えていってしまった。
「あの方が……アルデュラス王」
戦鬼の生贄と呼ばれるユーリティスにとって、これがアルデュラスとの初の出会いとなった。
アルデュラスが去って、呆然自失のユーリティスの目の前を、誰かの手がヒラヒラと動いて、彼女はその手の主を認識する。
「―――リアム」
リアムはいつもの軽い調子で『大丈夫?』と聞いてきた。
『大丈夫だ』と、ユーリティスも答える。
気付けば、彼女の側にはシーグラスやマリク達も心配そうに立っていた。
無理もない。
自身の許嫁に、人生で初めて会ったのだ。
―――戦場で会えば命は無い、と言われる男に。
「シーグラス」
ユーリティスは自身の腹心である男を呼び寄せる。そして、怪我人を砦に運んで治療するように命じた。それは敵味方関係なく全ての者を、との事だった。
シーグラスは彼女からの命を受けて、即座に実行に移す。
それを見送ったユーリティスは誰にともなく、『部屋で少し休んでくる』といって、砦の門の中に消えていった。
彼女の後を、マリクが急いで追いかける。
そんな彼女の後ろ姿を、リアムは何か言いたげに見ていた。
部屋に戻ると、ユーリティスは無造作に鎧を外す。そしてそれを床に放置したまま身体をベッドに投げ入れる。
目を閉じると、脳裏にあの無機質な目がよみがえった。
あの目で、幾人の兵を倒してきたのだろう。
いくつの戦場を焼き払い、いくつの兵団を消してきたのだろう。
そう考えると、背筋を冷たいものが走る、そんな気がした。
「ユーリ」
彼女の剣や鎧を片付けたマリクがユーリティスに声をかけたが、返事がない。
寝ているわけではなさそうだ。
マリクは彼女をそっとしておく事にし、部屋を出た。
人の気配がなくなった後、ユーリティスは深く深く眠った。
目を開けると、隣のベッドではマリクが眠っていた。窓辺のカーテンをめくってみると、すでに外は早朝の霧につつまれていた。
ユーリティスのベッドの傍らには、多分マリクが用意してくれたであろう食料がおいてある。パンに野菜や干し肉を挟んだ、簡易的なものだ。
彼女はトレイにのせられたそれを手に持つと、上着を羽織ってテラスへ出た。
冷たい風が、頬をなでる。トレイを近くにあったテーブルに置くと、ユーリティスはテラスの端に向かって歩きだす。
ふと、ユーリティスはカッサルでの夜の事を思い返していた。
眠れなくて夜空を見上げていると、現れたあの男の事を。
今は、朝だけれど。
「……リアム」
「あ、ばれてた?」
ユーリティスの呼びかけに、あの邪気のない笑顔の男がひょいとテラスの下から上ってきた。
「ったく、どこから出てくるんだ、君は」
「まーどっからでも出てきますよ、俺は」
そういって、2人は小さな声で笑いあう。
『食べるか?』といって差し出した食料を、リアムは遠慮することなく口にする。彼が食べるのを見ていると、自身も空腹を覚えてユーリティスもそれを口に運んだ。
「リアム、君はアルデュラス王とは親しいのか?」
先程の王とリアムのやりとりを思い出しながら、ユーリティスは聞いてみた。
「んー、親しいというか、兄弟みたいなもんなんだよ。幼い時から一緒に剣も、学習も、遊びもしてきた」
「遊び?……あのアルデュラス王が?」
「王だって子供の頃はあるさ。当然だろ?」
「それもそうか……でも、想像つかないな」
ユーリティスの脳裏に過るのは、あの鎧の奥にある冷たい目だけだ。
「ユーリは?子供の頃、どう過ごしてきた?」
逆に聞かれて、ユーリティスは考え込む。
戦鬼の―――アルデュラスの伴侶となるべく育てられてきた彼女は、ロードグラン含め他国の歴史や風土についての学習、それに加えて淑女教育、いざという時のための護身術など、毎日勉強に追われていた記憶ばかりだ。
それが嫌で始めた剣術からの騎士への道が、唯一の自由だったといえる。
思えば、マリクやシーグラス達と騎士への訓練をしていた時が一番楽しかったかもしれない。他愛ない会話と、たまに抜け出してのサボり。
何度も繰り返す訓練は厳しかった。
それでも、
―――『戦鬼の生贄』と呼ばれるよりはマシだ。
そう思って、生きてきた。
そう話すと、リアムは少し複雑そうな顔をした。




