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 憲司は戦中、豚の世話をしていた

  その夜のマコトの自宅。


お膳の上には熱燗(アツカン)と灰皿が・・・。

憲司が寛(クツロ)いで酒を飲んでいる。


台所で洗い物をしている道子。


マコトは憲司の話を聞いている。

タバコの煙が天井の蛍光灯に吸い込まれて行く。

驚くマコト。


 「えッ! 本当?」


憲司は熱燗の徳利(トクリ)から猪口(チョコ)に酒を注ながら、


 「本当だ。・・・片っ方(ポ)しか無(ネ)え」


マコトは小声で、


 「背中の傷がそう?」


憲司の背中の右側には大きな傷があった。


 「そうだ」


マコトは憲司の顔を見詰めて心配そうに、


 「・・・タバコなんか吸ってだいじょうぶなの?」

 「大丈夫だ」

 「・・・なんで無いの?」

 「兵隊ん時に取っちまった」

 「ヘイタイ? 父ちゃん戦争に行ったのッ!」

 「行かねえ」


憲司は猪口の酒を一気に飲む。

そしてまた徳利の酒を猪口に注ぎながら、


 「あれは中野の通信隊に入隊して長野で再編された時だ。そこで出征前の身体検査があったんだ。・・・全員、胸のレントゲンを撮った」


憲司はまた猪口に注がれた酒を空(ア)ける。


 「・・・そん時の写真で病気が見つかったらしい」

 「らしい?」


また徳利から猪口に酒を注ぎながら、


 「・・・ただ、沢山の兵隊がレントゲン検査を受けたから誰の写真かは、分からねえ。だいたいオレは、咳(セキ)なんかした事はねえしな」


マコトは驚いて、


 「ええッ! そんなんで肺を取られちゃたの?」

 「そうだ。でも、片肺取って命拾いした。行ってたら多分、靖国神社だ」

 「ヤスクニジンジャ?」


憲司はまた、猪口の酒を飲み干し、


 「死んでたって事だ」

 「へ〜え。それで家に帰って来たの」

 「いや、・・・帰りたくっても帰れねえ。村中で万歳されたからな」

 「えッ? じゃ、どこに居たの?」

 「終戦まで爺さんの家で『豚の世話』をしてた」

 「え〜え! ブタの世話? 父ちゃんブタの世話してたの?」

 「・・・うん」


マコトは声を張り上げ台所に立つ道子に、


 「母ちゃん知ってたの?」


道子は台所から居間を覗いてニッコリと笑い、


 「知らないよ」


マコトは小声で、


 「何で警官に成ったの?」


憲司はまた、猪口に酒を注いで、


 「うん? ・・・最初は郵便局に勤めたんだ。でも、あれはダメだ。戦争中なのに自分の家に手紙を配達しに行かなくちゃならねえ。母ちゃんや父ちゃんに見つかったら大事(大変)だ」


憲司は灰皿からタバコを摘まみ一服吸って、


 「・・・一週間で辞めた」


マコトは驚いて、


 「父ちゃん、郵便屋だったの? 母ちゃん知ってた?」


道子がまた台所から居間を覗き、


 「知・ら・な・い」


マコトは小声で、


 「それで警官になったの」

 「うん?・・・うん。爺さんが新聞の募集欄を見せてくれてな。そこに『警察官募集!』って書いてあったんだ。戦争中だし若い者が全部兵隊に取られちまったからな。爺さんも『警官になれば格好が付く』と俺に勧めてくれたんだ。それに、もし家に戻っても適当な事を言えるしな」

 「へえ・・・。面白れえなあ。で、何で『ケイジ』に成ったの?」

 「刑事? そりゃあ、手柄を立てたからだべえ」

 「テガラ?」

                         続く

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